北の細道   その5      音威子府

hokkaido201702_14304音威子府take1b

   宗谷本線 音威子府   2017年2月






ある意味天気予報は要らないのかもしれない。

春を思わせる陽光は俄かに掻き曇り、白いヴェールに覆われた後、雲間に再び星が瞬く。

そんな日々の繰り返しが、音威子府の長い冬だ。






hokkaido201702_14320音威子府 take1b


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[ 2017/03/23 21:15 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(2)

北の細道   その4      北星

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    宗谷本線 北星    2017年2月






吾輩は駅である。名前は無い。無論毛織物屋でも無い。


という風情の北星駅舎はホームからも離れた雪原にポツリと建っている。

農機具小屋然ともしているがちゃんと時刻表とベンチを備え、近年まで汲み取りながらトイレまで隣接してあったというから立派に駅である。


1959年、当初より無人駅として開設。

団塊世代の通学等々なのか、こんな場所に駅を作らせる程の需要があったかと驚くが、

はなから有人駅にしないあたりは国鉄も渋々だったのかも知れぬ。


何より目を引くのはこの大看板「毛織の北紡」である。

かつて旭川に存在した毛織物メーカーであることは判明しているが、既に会社そのものが失われた今、その設置の経緯など知る由もない。

ささやかな待合小屋と言えど国有鉄道、国民の共有財産である。一民間企業の大看板の設置が公式に認められるとは信じ難く、謎は謎を呼ぶ。





hokkaido201702_14510北星駅take1b





高度成長期に全国津々浦々に貼り巡らされたこの手の「琺瑯看板」には様々な伝説がある。

板壁、土塀、それこそ都会も田舎も無く、当時の建物という建物に所狭しと張り付けられた様々な生活用品の看板。

琺瑯看板の権化と言うか、その枚数とバリエーションにおいて最大規模を誇り、

今も盛業中の大メーカーの人間と以前付き合いがあったので、ズバリ聞いたことがある。

「あれだけの膨大な量の看板を一体どうやって全国に貼り巡らしたのか。」

それは社内に今も語り継がれる伝説だそうだが、答えは「勝手に貼ってまわった。」


モーレツサラリーマンの時代である。大量の看板を軽トラックに積み、全部貼り終わるまで帰って来るなと送り出されたらしい。

一応農家を訪ねて頭を下げ貼り付けの許しを請うのだが、許可が下りる事など滅多にない。

切羽詰まった挙句、夜陰に乗じて納屋の壁あたりに勝手に打ち付けて帰ってくるのだという。

社名商品名が大書してあるのだから当然怒り狂った抗議が来る。

そうなったらすぐに謝罪に向かい、大量のサンプル品を差し出して詫びを入れれば大概はそれで収まったとの事だ。

日本の片隅にまでマスプロ生産の商品が行き渡り始めた時代の、荒っぽくもダイナミズムに溢れた遺産と言えなくもない。

「北紡毛織」もそんなモーレツ営業が生んだ「遺産」なのか。いや国鉄にセーターを持っていっても許してくれないだろう。







hokkaido201702_14533北星 take1b







風太郎の見立てはこうだ。

国鉄は木張りの簡素なホームを作るだけで精一杯、駅舎など作らなかったのだが、

困った地元住民有志が自分の土地に半ば手作りで駅舎を建てた。

開拓者魂に溢れた昔の入植者は建物のひとつ位自分で建てられるのだ。

「北紡毛織」は何かの縁でそのプロジェクトのスポンサーだったとすれば。

国鉄がどうこう言う筋でもなかろう。


真相はどうであれ、駅と看板はそれから数十年の歳月を重ねた。

汽車に乗り降りする人々を風雪から守り続けたささやかな駅舎は、いつしか此の地に欠かせぬ風景になったに違いない。

北星駅は今存続の危機にある。駅が出来る前、広大な原野に還る日はごく近いかもしれないのだ。



昭和30年代位まで北海道の農家では2~3頭の羊を飼う事がよくあったらしい。

羊毛を刈り、毛糸を紡いで手作りのセーターやマフラーを編むのが、開拓時代の色を残す当時の主婦に必要なスキルだったと聞く。

用が済んだ羊は食っちまったらしいが。北海道のジンギスカン文化はそこから来ていると知って成程と。

その後やってきた「近代化」はやがてそれらも工業製品へと変えていくのだが、

「北紡毛織の駅」に佇めば、この酷寒の地の暮らしにささやかな潤いを与えたに違いない、暖かなセーターの感触がふと蘇る。






hokkaido201702_14515北星駅take1b






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[ 2017/03/21 20:27 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(6)

北の細道   その3      東六線

hokkaido201702_14616東六線take1b

   宗谷本線 東六線   2017年2月  








「東六線」 という駅名、碁盤の目の六本目だからという素っ気なさ。

でもそれがかえって無人の荒野に里が切り拓かれた北海道の歴史を語る気がして。

初めて立ってみれば広大な田畑の真ん中の何の変哲も無い小駅であるけれど、

線路の両側に広がる防雪林のお蔭もあって、周囲から独立したどこか不思議な空間でもある。


夜が始まる頃、再び白いものが舞い始めた。

降り積む雪の音さえ聞こえるような。









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[ 2017/03/19 19:52 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(6)

北の細道   その2      宗谷本線

hokkaido201702_14791東六線take1b

   宗谷本線 東六線    2017年2月






利尻など到底望めぬ天気とあれば、「先端部」はあっさり捨てて、今まで手薄だった序盤~中盤部を重点的に攻めようかと。







hokkaido201702_14559東六線take1b

   東六線


hokkaido201702_13933北星take1b

   北星
  

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   剣淵


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   音威子府








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[ 2017/03/17 22:01 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(4)

北の細道   その1      此処に道在りき

hokkaido201702_14678東六線take1b

    宗谷本線  東六線    2017年2月







道北にやって来ました。

かつて当たり前のように道内交通の幹であった「本線」さえもが「独力では存続困難」とされる昨今である。

道は此処に途切れるか。北辺の「今」を追う。








hokkaido201702_14362雄信内take1b

    宗谷本線  雄信内



hokkaido201702_15121真布take1b

    留萌本線  真布







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[ 2017/03/15 20:19 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(8)

寒波

津軽鉄道 五所川原駅ホーム4 1984年1月 X970 AdobeRGB 16bit 原版take1b

   津軽鉄道 五所川原    1984年






寒波に荒れるは、待合室のストーブの油も尽きてしまうのだろう。

じっと息を潜めるように、今日の一日が過ぎて行く。







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屋台の味

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    博多 中州   2017年2月






どちらかと言えばA級よりもB・C級グルメの方が旨く感じる安上がりな風太郎としては、

中州界隈の屋台ラーメンを食わずに帰れるかという事で。

博多ラーメン700円。 もちろんトンコツだがスッキリ系。







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この界隈は屋台というより仮設店舗と言った方が実態に近い。

しかし深夜に営業終了すれば翌朝には何事も無かったかのように店が消滅するのがこの手の商売の節度というもので、

毎日繰り返される「店舗設置・解体」「店舗設備保管」の代行業が商売として存在している由。

地元っ子は近くのちゃんとした店に行くとの事だが、出張族で今宵も盛況である。

路上ステージに響くアコースティック兄ちゃんの歌声が川面に流れて消える。

やっぱり地元だけに皆「長淵 剛」に聞こえるな。






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超マイナーながら長淵が駆け出しの頃の「帰り道」とかが好きだな。 長淵流「神田川」。

♪ 大切なのは今生きている事

「八甲田」や「佐渡」の長い一夜に頭の中をグルグル回っていたのを思い出します。







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[ 2017/03/11 19:26 ] 街歩き | TB(0) | CM(8)

旅の入り口

五能線 窓の景色2 198年 月 日 16bitAdobeRGB原版 take1b2

   五能線  1983年







幹線の夜行急行とかを下車して乗り込むローカル列車。

普段暮らす都会の忙しないリズムやら煩わしいしがらみやらは無意識のうちにも染み込んでいるものだから、

その冗長な時の流れやら聞き取る事さえままならぬ方言やらの中にあって、一人迷い込んだような尻の落ち着かない感じがしばらく続くものだ。

五能線の客車列車のうち支障なく撮影可能なのは昼間の2本だけだったし、オハユニやワムの一両も繋げたそれは貴重なものだったから、

それに乗ってしまうのは勿体ない事でもあったのだが。

でもカーブ毎に軋みをあげる古びた客車にはその土地ならではの時間が濃厚に詰め込まれていて、

そこに身を委ねているうちに次第にその土地の在りように心も体も馴染んでくる気がして。


そこで撮るべきものは何なのか。

おぼろげだったそれが次第に形を結んでくるような、旅の入り口のちょっとした儀式だったようにも思うのだ。







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[ 2017/03/09 20:08 ] 昔の旅 五能線 | TB(0) | CM(10)

「D」の記憶   その8      夜空

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   烏山線 小塙    2017年1月








小塙駅の烏山寄りのカーブは沿線でも屈指のお立ち台らしく。

休日もあって最後を惜しむカメラの砲列は20人分はあったろうか。


やがてとっぷり日が暮れればあっという間に人は去り、ただ一人残される。

それは漆黒に包まれゆく空に一等星が微かに浮かびつつあるのが気になったから。


ディーゼル機関の唸りが溶けていく東の空に昇るのは、巨大なオリオン。



(  「D」の記憶  おわり  )









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[ 2017/03/07 21:16 ] 最近の旅 関東 | TB(0) | CM(10)

「D」の記憶   その7     落陽

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   烏山線 小塙   2017年1月







冬の陽は大きく傾いて家路へと誘う。

築堤をゆく列車は最後の光を受けて返した。







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    小塙



















( 写真展漫遊録 )



津軽b



なにより風太郎としては撮影年代に吸い寄せられる。

1984-1988 と来れば「たまゆら」ともろに被るし、同じような土地を撮っている訳だし。

武者絵の凧揚げ、軍鶏の闘鶏、小さな学校の卒業式、そして駅。

今となっては消え失せた風景なのかもしれないが、忍び寄る「地方」の喪失を写真の片隅に見る感じは、

やはり同時代の同じ地域を共に体感した人間のバイアスも掛かっているのだろうか。

かつて北井一夫さんが津軽を撮ったのはこの十年前。「ひと昔」の間に世は移ろう。

しかしその後にやってくる十年の激変に比べれば。

時代の狭間なのか、終焉なのか、微妙なこの時代の立ち位置を改めて。

リコーイメージングスクエアで13日まで。







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[ 2017/03/05 19:16 ] 最近の旅 関東 | TB(0) | CM(4)

「D」の記憶   その6     顔

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    烏山線 小塙   2017年1月







風太郎はヨンマルという車型にもともと特別な思い入れがある訳でもなく、

そのパノラミックウインドゥはローカル列車にそぐわないように思え、

五能線辺りでキハ20系を駆逐するを見ればむしろ舌打ちする存在でもあった。

しかし当時は想像だにしなかったその後の車両デザインの「軽さ」は、ローカル鉄道が公共輸送の重みを失った象徴でもあるようだ。

鉄道車両といえばあらゆる機械のなかでも実質的な償却期間がケタ外れに長いものだったはず。

大切に手入れし使い続ければそれに応えた頑丈な車両は経営を助けるものであると共に、

時を重ねたものだけにある重厚な温もりを宿し、鉄路の抒情をつくるものでもあった。

最新デサインと技術を備えた新型も良い。しかしそれは数十年後も生き残り、時の評価に耐えうるものだろうか。


夕方の列車がやって来る。

こうして陽を浴びる様を見ればいい顔をしているように思う。

明日はダイヤ改正、こいつも今夜限りか。

数十年を走り続けたつわものを敬礼で見送りたい。








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    小塙






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[ 2017/03/03 19:42 ] 最近の旅 関東 | TB(0) | CM(6)

「D」の記憶   その5     雑木林

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   烏山線 小塙    2017年1月








くぬぎとかナラとか本来の名前はある木々なのだろうが、

どれも同じに見えてしまう程ありきたりな林が、関東平野の冬を象徴するようにも思える。

陽光を返す繊細な枝先の妙。

このモノトーンに枯れた風景にあって「旧国鉄気動車色」がまた映えるのだ。









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    小塙






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[ 2017/03/01 20:14 ] 最近の旅 関東 | TB(0) | CM(4)

「D」の記憶   その4     里をゆく

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   烏山線 小塙    2017年1月







沿線は素朴な里山の佇まいが残る。

なんのてらいもなく繰り返される日々の暮らしが作った風景は、

冬の陽だまりにも似た優しい温もりを宿すようだ。








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   小塙






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[ 2017/02/28 20:01 ] 最近の旅 関東 | TB(0) | CM(4)

「D」の記憶   その3     エッジ

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   烏山線 小塙    2017年1月







凍える夜を残した雑木林に昇る陽が差し込み始めた。

小枝の先端までピシッとエッジが立つような、冷たく乾いた朝の時間が好きだ。

吐く息と共にキハのエグゾーストも白く立ち昇る。








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     小塙








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[ 2017/02/26 23:21 ] 最近の旅 関東 | TB(0) | CM(6)

「D」の記憶   その2     朝

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    烏山線 小塙   2017年1月







金色の朝を迎えた。

霜降る大地は目覚め、轍の響きが凍える大気を震わせる。





まだまだ悟りに遠いと、北辺の地へ寒修行に出ますので暫くお返事等出来ません。





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[ 2017/02/23 00:00 ] 最近の旅 関東 | TB(0) | CM(6)

「D」の記憶   その1     払暁

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    烏山線  小塙    2017年1月    









蓄電池車に全面的に切り替わる烏山線は、列車番号も全て「M」に変わる事になる。

非電化にも関わらず「M」はおかしいじゃないかと突っ込むのは最新鉄道技術への疎さを露呈するばかりだから止めておこう。

かつて蒸気機関車牽引の列車番号「レ」が消え、「D」が増えるたびに迫りくる時代の終焉を感じさせたに違いないのだが、

そのディーゼル機関さえもが非電化鉄道の主役から静かに降りようとしているのか。

烏山線最後の「D」。

その記憶を北関東らしい枯れ野に刻みたく。


気温は-8℃、この冬一番の冷え込みかもしれなかった。

凍えるような払暁に昇るディーゼルの紫煙。

下り一番列車を見送れば日の出も近い。









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[ 2017/02/21 19:52 ] 最近の旅 関東 | TB(0) | CM(6)

手であけてください

北海道 冬の車窓2 1988年1月 原版take1b

    天北線  1988年









おいおいドアを勝手に開けちゃいかんだろ、そもそも手で開くものか?

というのが鉄道に対する基礎知識というものが欠如したまま鉄道を撮る事になった風太郎の、

 「meets ローカル線」原体験だったような気がする。相模線のキハ20だったか。

ドアの前で佇んでいると後ろの高校生が怪訝な顔で開けて見せたり。危うく降り損ねそうになったり。

鉄道車両のドアというのは案外重いものだなと思ったもの。

それは慣れ親しんだ都会の電車とは全く異質なワンダーワールドのドアを開けることでもあったろう。










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画角の気配

蒲原鉄道 大蒲原駅ベンチの老婆2 198年 月 日 16bitAdobeRGB原版take1b

   蒲原鉄道 大蒲原   1984年





故真島満秀氏の急逝直前の書簡というのを読んでいたら。

「28mm~90mmの画角がつくる視界、それがかもし出す四季、人の気配、人の有様を新しい概念にして、心情に素直に鉄道を見る方法もなかなかの目線、一計と感じています。」

真島さんといえば超望遠レンズによる圧縮、単純化された絵作りの権化のように感じていたから意外な言葉の様に感じるけれど、

実際シリーズ物としては遺作となった「街と人 東京駅前ストーリー」は28mmのエルマリートを付けたライカ撮りだったそうだから、

氏が最後に帰りたかったのは此処だったかと感慨がある。

カメラに残された生涯のラストショットとされる1枚も神田の夜のガード下を広角で捉えたものだった。


入門書の解説ではないが28~90mmというのは人間が漫然とモノを見る視界から何かに関心を引いた時の少し狭い視界そのものであり、

いわば写真の作為を感じさせない、ごく自然な「見たままの」画角といえる。

私達のごく身近なところで息づいている人々やモノたちが醸し出す気配は、そんな人間サイズの視点のなかに宿ると言われれば素直に頷けるところがある。

しかし残念ながら昨今の鉄道は省力化に対応した標識類の乱立やら、パッチワークのように貼り込まれたポスター類やら、

絵的に見れば余計なものが多くなり過ぎた。

それらを画角の外に追いやるにはいきおい望遠系の切り取りが主体になってしまうのも忸怩たる想いではある。

不肖風太郎も最後には人間サイズの画角に帰りたいと思う。



写真はお祭りのポスターも貼られた大蒲原の夏。

朝市帰りなのか担ぎ屋のおばあさんはうたた寝してしまったようだ。

レンズはズイコー28mmF3.5。

ムラのランドマークをいまだ主張するような高い天井まで取り込んだ画角は、

草いきれに淀んだ真夏の空気や往時の賑わいの気配をも伝えて在るだろうか。







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[ 2017/02/17 20:11 ] 写真道具 | TB(0) | CM(8)

寒波襲来 只見線   その12     明日

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   只見線 新鶴    2017年1月








とっぷりと暮れれば、それが約束だったかのように再び雪は舞い始めるのだった。

これが今回のラストショット。



只見線が再び繋がる可能性が大きく報じられれば、そこを巡る旅もまた違う感慨がある。

復旧費用はもとより上下分離に伴う運行経費の福島県を始めとする地元行政負担。

これまでのローカル線のかたちを大きく変える可能性を秘めて、分断された只見線は復活するのか。


地元での議論も熱を帯びている。

「鉄道での復活を。只見線目当ての外国人旅行客が目立ってきている。」

「地元負担に耐えられるのか。孫子の代まで負担を押し付けたくない。」

「地方ばかりでなく、国の役割と負担は。」


それは平坦な道ではあるまい。少なくとも今一度「使われる鉄道」を目指さなければ。

生活路線として機能するフリークエンシーの確保。今は乗りたくても乗れないのだ。

沿線観光の掘り起しによる需要創出。観光に対する意識の進化はローカル線のありのままを受け入れるはず。

問われるのはむしろ観光を提供する側のホンモノを見極める見識だ。

水害の原因とされるダムの機能不全に対しては電力会社と国を荷主とする浚渫列車を出せないのか。

大量の土砂は磐越西線経由で東北の被災地復興へ。

先人が繋いだレールを今こそ国土の保全に生かすべきだ。


この切なく美しく、愛おしい人々の里を繋ぐ 鉄道に明日があらん事を。




( 寒波襲来 只見線   おわり )








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[ 2017/02/15 19:53 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(10)

寒波襲来 只見線   その11     通学列車

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   只見線  会津坂下    2017年1月







会津坂下名物、登校ラッシュ。会津若松方面からの3両編成は満員御礼だったろう。

この風景だけ見れば少子高齢化も過疎もどこ吹く風かと思うのだが。

昔は近隣からの自転車通学や徒歩通学で生徒が充足されていたのが、

会津若松市など遠方からの通学が一般的になり、列車通学は昔よりむしろ増えているらしい。

いずれにしても絵的には雪が降り過ぎというのが想定外。








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「うへえっ、凄い雪。」

「ガッコ、休みなんじゃね。」

「もう引き返そう、引き返そう。」


雪国に生まれて雪は平気かと思えど、ヤなものはヤなのだろう。

温暖化の影響か、会津盆地も大分雪が少なくなったろうから、免疫も少なくなったか。







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残念ながらガッコはちゃんとやっている。

暮れなずめばまた、駅に賑わいが帰って来る。








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[ 2017/02/13 20:25 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(14)