DD51を作っています。  着手

DD51201611_11956b.jpg






プラモデルの常として箱が完成品の体積の数十倍にも及ぶのは常識ながら、

置物状態になっている「アオシマDD51」の巨大過ぎる箱をいよいよ始末しなければという、切実な状況もあって。

しかし部品総点数1200点、これは重すぎるぜ、D子ちゃん・・・。


経験上、こういう超大物を最後まで投げ出さない為には技術云々以前に「モチベーションの維持」が鍵を握る。

その秘訣は「小さな完成を積み重ねる事」にある。

幸いな事にこの模型、エンジン、台車、キャブ内部などが独立して完成させられる造りになっているから、

それぞれを塗装やディティールアップを含め順番に完成に持ち込んでモチベーションを加速させ、

その勢いに乗り最後の総組み立ては怒涛の寄りで一気に決着をつける、というメンタル戦略で何とかなるかとココロが決まるまでにひと月かかった。


次に大事なのは「道具」である。

エコーモデルの阿部さん曰く「模型製作に一番大事なもの? そりゃあ切れるヤスリだ。」というのはさすがに製作現場の実情を熟知された至言と思う。

猿の尻のようにツルツルなヤスリ程モチベーションを損なうものは無いのだ。

しかしあまりに長いブランクを経た風太郎の道具はおよそ心許ないものがあり、

長年愛用したニッパーは行方不明、ヤスリはツルツル、接着剤はシンナー分が飛んでドロドロ、エアブラシもほとんど固着しているとあっては。

足りないものを買い揃え、再整備にまたひと月。一体いつになったら実作業が始まるのか。長丁場になりそうである。








( 写真展漫遊録 )



shashinten_15277b.jpg





行きあたりばったり、良く言えば写材との一期一会の偶然を頼りにする身からすれば、

周到な準備と演出に基づく写真は何処か近寄り難い異世界ではあるけれど。

CG・合成一切無し、全部本物の生花と野生の花々の饗宴のなかに艶やかな女性モデルをブチ込んだ、

その精緻かつ絢爛たる作り込みには茫然となる程だ。(あるカットは5千本のバラを配したという。)

絵画の「オフィーリア」も連想させるが、花と女性に共通して内在するエロティックは泉が滴るような命の象徴でもあるか。

いずれにしても一人の写真家の情念のみで実現するものでもなく、モデルやスタイリスト、メイクアップ、フラワーコーディネート等々、

チーム全体がひとつの美意識を共有する事から生まれるエネルギーに圧倒されるのだ。


ネットを始めとする写真の発表手段の多様化は、リアルな空間としての「写真展」の在り方にも変化を促すとされる。

ただ単に写真を並べるだけでなく映像やサウンド、ディスプレイなど、ある種のインスタレーション的な空間演出こそ写真展のみの特権であると。

メイキング映像から実物のフラワーディスプレイ、果ては写真から飛び出したような白いドレスの美女による写真集販売という徹底した演出にはやられました。

メイキング映像がドキュメンタリータッチでまた格好いいんだなあ。風太郎がまた写真展をやる事になったら、誰かメイキング映像を撮ってくれないかしら。

いやヨレヨレに髪の毛を振り乱した撮影現場ではとても人様にお見せできないかあ。


このハガキ一枚では勿体ない程全体の世界観が伝わりません。見て感じてナンボの超写真展。

新宿リコーイメージングスクエアで5月1日まで。






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[ 2017/04/26 20:05 ] 怪しい模型のお部屋 | TB(0) | CM(0)

旅のたまゆら   三十六

信越本線201601_7504take1b

    信越本線 米山    2016年







一人きり旅するなら北国の冬に限る。

肌に触れるいろいろな温もりの愛おしさに気付くからだ。









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[ 2017/04/24 21:40 ] 旅のたまゆら | TB(0) | CM(2)

旅のたまゆら   三十五

七谷の夏 側道の親子1 55mm 198406 take1b

    蒲原鉄道  七谷   1984年








揺れる陽炎に過去への入口を覗くような。









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[ 2017/04/22 20:02 ] 旅のたまゆら | TB(0) | CM(2)

北の細道   その17      帰る場所

hokkaido201702_14503take1b2.jpg

    知恵文   2017年2月






もう30年も昔だけれど初夏の雄信内駅を訪ねた際、待合室に置かれたノートを手に取った事がある。

その当時から「秘境駅巡り」はあったらしく旅行者のヨタ話が殆どの中にあって、珍しく地元出身の女性の書き込みがあった。

今は旭川の会社に勤めて故郷を離れたが地元の成人式に出るために帰郷したという。

果たして自分は大人になりきれているのか、此処に戻るたびにひと回り大きくなっていたいという呟きと共に、

私は雄信内が好き、此処の良さは離れてみると分かります、と閉じられているのが心に沁みた。


何故ならその当時でさえ、駅周辺はゴーストタウンさながらだったからだ。







hokkaido201702_14357take1b.jpg

   雄信内駅


hokkaido201702_14348雄信内take1b

   雄信内 







国道40号線を北上すればまるで西部劇に出て来る荒野の町のように時折現れる集落はあるものの、

それを外れれば荒涼とした廃墟の風景が広がっている。

一億の民の多くが第一次産業に依拠して暮らしていた時代、そして大陸や樺太からの引き揚げなど取り敢えずも食べるための土地が必要だった時代に

此処に暮らしの礎を定めたのは国家的な入植政策の過ちばかりではなく、時代が求めた止むに止まれぬ必然というものもあったように思う。

しかしその後急に過ぎた産業構造の変化は、驚く程の早さでそのささやかな暮らしの記憶を歴史の彼方へと送ってしまったようだ。

都会のように再開発など考えられぬままそこに遺棄された生活の痕跡。それは「風葬」の言葉を連想させる。








hokkaido201702_14325take1b.jpg

   佐久


hokkaido201702_14355雄信内take1b

   雄信内


hokkaido201702_14364take1b.jpg

   雄信内






北へと伸びる鉄路の脇には、バイパスの名を借りた高規格道路が将来の高速道路化を目指して建設が進む。

そこを走る高速バスは忘れ去られたような集落に停まる事は無い。


お盆にはまた此処に帰る、その頃には雪も消え暖かくなっているでしょうと、ハタチの女性がノートに書き込んでから30年の月日が流れた。

彼女は再びこの北の細道を踏んで、あの待合室へと帰って来るのだろうか。




( 北の細道  おわり )







hokkaido201702_14544北星take1b

   北星   






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[ 2017/04/20 22:03 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(4)

北の細道   その16      恵比島峠

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   留萌本線 峠下   2017年2月







ほとんど平坦地を走る深川~留萌間にあって雨竜山地を横切る恵比島峠は、

主たる需要が羽幌・留萌炭田の石炭という超重量輸送であった事を考えれば、それは険しい峠越えの道だったようだ。

時は流れその峠越えの記憶は、パーミルを緩和するために設けられた馬蹄形の特異な線形に残るのみである。

行ってみればその馬蹄形部分は防雪林に囲まれ見通しが利くポジションの発見は容易では無く。

このあたりのご苦労とこの峠道の詳細は、Wonder+Graphicsさんのブログに詳しいのでご一読を。

昨今のヘタレな風太郎は無謀なラッセルに突入する程の気力も無く、峠下から徐々に高度を上げていくこの築堤周りで誤魔化す事にする。

今は単行キハが軽やかに駆け抜ける人跡薄い峠道は、静寂だけは昔のままか。

D61の本務機に9600の後補機という石炭列車の咆哮を、幻聴でも聞いてみたいと耳を澄ませる列車待ちである。









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[ 2017/04/18 22:15 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(0)

北の細道   その15      明日萌こと恵比島

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   留萌本線 恵比島     2017年2月







突然のように天下の全国放送、それも視聴率30%近い国民的番組の撮影が始まるとは、ささやかな集落もさぞやど胆を抜かれた事であろう。

1999年放送、NHK朝ドラ「すずらん」の舞台である。鉄にとってもSL「すずらん号」が走るという余録があったからご記憶の方も多いかと思うのだが、

勤め人の風太郎としては朝ドラと縁を作るのは難しく、また鉄道へのテンションも最低の時期だったからあまり見た記憶が無い。

ストーリーとかを知るにつけ、見ときゃ良かったとちょっと後悔もある。 (スピンオフした映画版はずっと後になって見たが)

駅のベンチに置き去りにされた赤子の母親探しと、それを養子として引き取った駅長、そして戦前から戦後にかけた北海道の片田舎の盛衰を描く物語。







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ロケ現場は留萌本線恵比島駅そのものと駅前周辺。

既に不粋なダルマのヨ駅舎になっていたのだが、木造駅舎はダルマのヨ駅舎を覆うように建てられ (つまりは外見だけ、内部はスタジオ撮影だったという事か)、

駅前には町並みのセットが多数作られた。内部まで備えた駅舎が本格的に再現されたのは、観光資源化を当て込んだ地元の意向によるもので後の事である。

残念ながら冬季は非公開のようで、外から窓越しに見学。





hokkaido201702_15171b.jpg



振り返れば目が合ってドッキリ。萌ちゃんですね。



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駅長さんもいらっしゃいます。橋爪功に似てるかな。



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ドラマの設定そのままの、石炭産業という時代の盛衰をまさに体現した土地である。

1971年まで「留萌鉄道」の大規模なターミナル駅だった。最盛期の年間旅客輸送量は45万人に達したという。

駅舎の向こうには広大なヤードが広がり、鉱山関係者もいれば一攫千金を夢見る山師や様々な商売人もこの駅前を賑わした事だろう。

今、深閑と雪に埋もれた駅前にその残滓すら見つける事は難しい。


国鉄からの払い下げなんぞ当てにせず、当時しては最新鋭の気動車を何両も自社発注した羽振りの良さはまさに黒いダイヤの為せる技だが、

その後の閉山補助金政策は産炭地の事業意欲を急速に失わせ、雪崩を打つようにヤマの灯は消え鉄道もまた運命を共にした。

まだ車歴の浅かった「新鋭気動車」たちは海を渡って茨城交通(現ひたちなか海浜鉄道)に引き取られ、

故郷を遠く離れた関東の地でつい最近数奇な生涯を終えたのは周知の通り。


此処がロケ地に選ばれたのは、幸か不幸か駅前に大規模な町並みのセットを作り得る程の大きな空地があったからではないか。

そのぽっかりと口を開けた空白こそがこの土地を通り過ぎていった歴史のうねりを黙して語るのだ。

元駅前旅館の古い建物だけはセットでは無い。時代の証人の如くひとり此処に在って、まだ遠い春を待っている。







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[ 2017/04/16 19:46 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(2)

北の細道   その14      真布

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   留萌本線 真布   2017年2月






真布と書いて「まっぷ」と読む。

留萌本線はこの他にも「きたいちゃん」とか「ちっぷべつ」とか、韻の踏み方がリズミカルなアイヌ語のそれに忠実な駅名が多くて楽しい。

「オ・ペレペレケ・プ」を帯広とか言わなければ鉄道員の滑舌も良くなったろうに。






hokkaido201702_15130真布take1b






元仮乗降場である。1956年開設。

もともと運炭鉄道という純産業用途で作られた留萌本線は、旅客輸送など眼中に無かった風の疎らな駅配置だったのだが、

戦後増え続ける人口はここにも汽車を停車させた。

1両分のささやかなホームしかない割には立派な木造待合小屋を構える。

近隣は北海道でも有数のコメ産地ながらその平坦な地形は風を遮るものがなく、

地吹雪に荒れる土地にあっては、此処に立つ人を風雪から守ってくれる建物は必要だったのだろう。

積雪に対し急傾斜の屋根を持つためか内部は意外に広く感じる。

昨夜の吹雪の名残りも見えるベンチに腰掛ければ、そこに籠るのは古い木造建築独特の懐かしい匂い。

そうだ忘れかけていた嗅覚の記憶を呼び覚ます様な、「田舎の鉄道の香り」なのだ。







hokkaido201702_14843真布take1b





下の写真はやらせである。

上の写真にも写っているように奇跡のように下車する人がいたのだが、これが乗り鉄さんで埼玉の大学生だという。

秘境駅巡りでもあるらしく、一旦ここで降りて30分後位にやって来る上り列車で帰るとの事。

長い旅になると宿泊費が大変でとか言ってるのを聞くと可哀想だなあとは思う。

ボクもキミ位の頃はいろいろ行っていて、利尻に大雪、まりも、泊まれる列車があったからねえと、若いモン相手につまらぬ事を言ってしまったな。


さて上りが来る時間。

「地元民が待ってる風に立ってくれないかなあ。」「いや地元民じゃないんで。」「大丈夫大丈夫、充分見えるよー、地元民に。」

というやり取りの後、なかなか役者な立ち姿を決めてくれた。


ありがとう。いい旅を続けてくれ。






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[ 2017/04/14 20:28 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(4)

北の細道   その13      留萌本線

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   留萌本線 恵比島   2017年2月







もう増毛ないぜー、と言うなかれ。

「残存区間」の深川~留萌間はこれまで手付かずに加え、風太郎好みの渋~い駅舎がまだ結構残っているようで。

北海道の支庁所在地が沿線にある場合、廃線は免れるという暗黙の掟があったと聞くが、

昨今の風潮ではそんな掟は紙風船だから。

「留萌」危うし。あるうちに足跡を付けておかねばと。








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   北秩父別


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   秩父別







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[ 2017/04/12 21:56 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(2)

北の細道   その12      豊ヶ岡リターンズ

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    札沼線 豊ヶ岡   2017年2月








留萌本線くんだりまで下りて来れば、札沼線も結構目の前である。

前回の「豊ヶ岡」は2月初頭で、いい頃合いの一本5432Dが17時47分発は真っ暗になってしまっていた。

うっすらでいいからブルーモーメントが残る時間帯に押さえたい、3週間遅い今回ならと色気を出していたのだ。

しかし雪が無くちゃつまらん所だし再訪は天気次第、躊躇しつつ何となく微妙な具合ながらエイヤとハンドルを切る。


行ってみれば時折晴れ間さえ出る曇天、ホーム上に雪なんぞ無しにはガックリだが、

こういう日は夕暮れと共に雪になるとの読みは当たった。

どんどん降れ降れ、全てを白く覆ってくれ。でも頼む。1分たりとも遅れないでね。

本命の発車時刻は日没の約30分後、ブルーモーメントはさすがに徳俵に足が掛かると思われるからだ。








hokkaido201702_14896take1b.jpg

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宵闇が迫って舞台は整えり。








hokkaido201702_14938take2b.jpg



hokkaido201702_14946take2b.jpg








前回もそうだったが、この駅の夜ってどんなに降っていても列車到着となると不思議と小降りになるんだよね。

降ってた方がいいかどうかは微妙だけど、この非現実感はやっぱりここに住む森の精の仕業かと思うのだ。








hokkaido201702_14976take1b.jpg







前回は飛行機に乗れなくなるので断念した「返し」も今回はOKだ。

闇に漂う駅は、撮像素子に残された幻にも見えて。







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[ 2017/04/10 23:20 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(4)

北の細道   その11      塩狩

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   宗谷本線 塩狩    2017年2月







宗谷本線いにしえの名撮影地として何を今更感のある塩狩だが、

風太郎の中では現役最末期に廣田尚敬氏が惜別の念を込めて編んだ写真集(「永遠の蒸気機関車」)の主要部分がここでの撮影だったのが印象深い。

なかにはこの峠の急曲線を利してか「上目名のC62」ばりの「C57正面どアップ」もあって、何か氏自身の過去の作品に対するオマージュのように思えたもの。


いずれにしても線路を歩行して峠道の核心部まで至らなければらしい風景が撮れないのは明らかで、

その当時はともかく、現代においては完全にタブーなのは言うまでもなく。

蘭留近くの国道沿いの丘を登れば峠の入り口付近を俯瞰できるポイントがあるらしいが、時折吹雪く天候下にあっては無闇なバクチも打てず。

結局駅から離れられないとあっては半ば分かっていても寂しいものだ。


ここを訪ね、しかも泊まった唯一の動機は、早朝の上り雪レが収集情報では5時40分位に通過との事、

その時間なら辛うじて夜明けのブルートーンの下で捉えられるとの読みで。







hokkaido201702_14729take1b.jpg






泊まりは駅のすぐ脇にある「塩狩ヒュッテ」。多分思い出深い人が多いはずの「塩狩ユースホステル」のリニューアルで、もちろんユースとしての営業もしている。

というか基本はユースだから相部屋のザコ寝がデフォルトなのだが、朝が早い風太郎は同室者の迷惑を考え個室ユースで申し込めばこれが結構高い。

同業者の利用も多いらしく、あー雪レね、とオーナー。念のため通過時刻を確かめたら何と「5時3分」との事。

げええっ、さすがに真っ暗じゃんと一気に萎えるがもはや後には引けぬ。成せば成るってか。


夜明け前の駅は森閑と佇む。

かっきり5時3分に雪レ、静かに通過。ここに常駐の保線係員、呆れたのか、かえって尊敬に至ったのか、妙に親切だったのも良し。







hokkaido201702_14749塩狩take1b







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[ 2017/04/08 20:23 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(4)

F2で遊ぶ      実弾発射

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家に籠っていじり回し、ニヤニヤしているだけでは本当にカメラ亡者のジジイになってしまう。

実戦派を旗印にする風太郎は当然フイルムを装填して実弾発射してみなければ。

やっぱり似合うのはモノクローム、それに似合うのは昭和の風景という事で、昨秋の足尾に同伴させていた。

大分お高くなったトライX36枚一本勝負で。レンズは全てAisニッコール28mmF2.8。

せっかくだからトリミングなしの完全フルフレームを自分に課してみた。






 全て足尾にて  2016年11月撮影





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   古来の庚申信仰に神社の鳥居が加わり神は救い給う


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   沈殿槽は時折ゴボゴボと音を立てる







正直に言おう。メッチャ使い辛えっというのが本音。

風太郎は普段絞り優先AEを基本にしているので、マニュアルにあっても絞りは固定、SSで露出調整するのだが、

シャッターダイヤルは右手で動かすものだし(この当時の大概のカメラはそうだが)、それがやたら高い位置にあるから

いちいちレリーズボタンや巻き上げから手を離し、左手だけで不安定にカメラを支えながら動かさなければならないのが非常に苦しいのだ。

こんなはずじゃあと思ってハタと膝を打つのは、以前使っていたOM1はシャッターダイヤルがマウント部にあるのが最大の特徴だった事。

つまり左手で絞り・SSの両方を変えられた訳で、レリーズ・巻き上げを担当する右手と完全分業が可能で実に合理的だったのだ。

浮気してゴメンOM1、やっぱりキミは正しかったと再認識するところだが、F2の使い手はそれこそゴマンといるはずだからどこかに秘技はあるのだろう。

俄か使いの風太郎がどうこうは100年早いと言われそうだ。どちらかと言えばSSを固定して絞りを動かすのが「作法」なのだろうか。


それはともかく。

フルフレームで撮るというのは後のゴマカシが利かない分緊張感がある。ファインダーの隅々まで確かめて被写体と静かに対話するような。

もちろん現像代も含めワンカット40円位というとんでもないコストだから、そういう点での緊張感もあるが。








ashio2016111314通洞_12202b

   断熱材代わりの古新聞の日付は1986年


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   鉱山の中級社員の社宅


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   クロームメッキの蛇口だけが妙に朽ちない


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   板壁の紅葉


ashio2016年11月13~14日通洞 _12208take1b

   湧水です。ご自由にどうぞ。






やっぱりこの当時のカメラは妙に優しい昨今のそれと違い俺に合わせろ的な頑固者で、使い手に目を瞑ってもOKというような修練を要求するものでもあるのだろう。

デジタルとどちらがいいかと言えば、情緒的な評価は別としてアナログで撮るメリットはどこにあるのだろうというのが本音ではあるけれど、

ダラダラ撮り散らすのではなく、被写体ときちんと向かい合って一枚一枚を大切に撮るという原点にたまに戻る事も新鮮な体験である。

カシャンとレリーズ、グワシャッと巻き上げる感触は懐かしい。

濃厚な「昭和」がひっそり閉じ込められた路地の隅で、しばし「あの頃」に帰る時間。







ashio2016111314通洞_12206take1b
 
    「生活協同組合売店」跡


ashio2016111314_12215take1b.jpg

    役目を終えた沈殿槽



  



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[ 2017/04/06 20:11 ] 写真道具 | TB(0) | CM(6)

F2で遊ぶ      積年の仇

F2_15225take1b.jpg







北海道編はまだまだ続くので、しばし休題。




先日のニコンサロンの個展の来場者。

珍しくハタチ位の若い男の子が声を掛けて来て、「カメラは何で撮ったんですかあ。」

それは聞いちゃいけない事をと思いつつ、小声で「OM1。オリンパスの。」

(ちなみに心の広いニコンサロンさんは使用機材については一切不問。聞かぬが吉というご配慮もあるのだろう。)


「へええ、OM1。みんなマニュアルで大変そうですねえ。」

「まあ別に昔は皆そうだったから・・・・」 と言いかけて兄ちゃんが首から下げたカメラを見れば・・・・・。




おいっ「バルナックライカ」かい!




カメラの趣味性というのはおよそ合理性というものに背を向けた、偏屈ジジイのように食えないところがあるものだが。

それにしても兄ちゃん、そのクラシックカメラで一体何撮ってんだろ。逆に聞きたいよって。


本題である。

ニコンF2フォトミックA。本当は本当はコレで撮りたかったのだ。1970年代の名機。

風太郎が写真を撮り始めた頃は「F3」に主役は移っていたのだが、妙にスマートに洗練されたそれと違い、

質実剛健というか、機能最優先、機械の都合に人間が合わせろ的なゴリゴリ具合がたまらん。

しかし高かった。元が高い上に割引率が他メーカーより1割は低かったと思うから、レンズ一式も含めとても手が出なかった。


積年の怨念に近いものが籠ったこのカメラも、昨今は投げ売り対象になっているのは周知の通り。これは仇を取らねばなるまい。

本当に程度のいいものは数少なくなっているのだろうが、いくつか吟味した結果、かなりイケてるんじゃないかというのをゲットする。

シャッター精度とか目で見て分からないところは不安があったのでニコンのSSで調べてもらったら、

正常ですとの結果と共に、「大事にして下さいね。」とのお言葉。露出計の精度も試し撮りして見たら実用上は問題なさそうだ。





F2_15226take1b.jpg






カメラがやたらマッチョで重たいのは昨今珍しくも無いが、それと比較すれば小さいボディなのにズシリと来る金属の密度感はこの時代のカメラならではだろう。

いかにも機械ですという感じのダイヤル類をガチガチといじり倒してこそ仇を取った事になるというものだ。

ミラーが戻った際にチーンとスプリング音が聞こえるのは興ざめではあるが、これは鳴り止めになっている内部のスポンジの劣化でやむを得ぬとの事、

しかし気になりだすときりがないので、ミラーボックスの外にあるというそれを修復すべく分解にチャレンジしたのだが、どうしても外れないビスがあって断念する。

調子に乗って壊さないようにしなければ。


( 続く )



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[ 2017/04/04 19:34 ] 写真道具 | TB(0) | CM(4)

北の細道   その10      雪レ! ④

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   宗谷本線 剣淵    2017年2月






暮れなずむ北の大地に祭りの余韻。

明日も吹雪くか。








hokkaido201702_14596剣淵take1b

hokkaido201702_14601剣淵take1b

hokkaido201702_14606剣淵take1b






新型を和寒駅で目撃の報をネットサーフィンに見かけた。

踏切脇からだからウイングは閉じちゃったけど、これが最初で最後になるのだろうか。






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[ 2017/04/02 20:05 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(2)

北の細道   その9      雪レ! ③

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  宗谷本線 歌内   2017年2月






雪レ祭り継続中。  セイヤ!  セイヤ!


雪の神  鉄の神  今年も本当にありがとう

四つの灯りを雪に立て  除雪列車が風を切る

(以下サビ)

祭りだ  祭りだ  祭りだ  雪レ祭り

ここは一番  雪をこげ






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   雄信内


hokkaido201702_14394雄信内take1b

   雄信内


hokkaido201702_15223佐久take1b

   佐久


hokkaido201702_13922北星take1b

   北星






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[ 2017/03/31 21:27 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(4)

北の細道   その8      雪レ! ②

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   宗谷本線 北星   2017年2月







雪の神 鉄の神 今年も本当にありがとう

白いふんどし引き締めた 除雪列車に雪が舞う

(以下サビ)

祭りだ 祭りだ 祭りだ 雪レ祭り

見ろよ真っ赤な ウイングが


てか。 セイヤ! セイヤ!







hokkaido201702_14386take1b.jpg

   雄信内


hokkaido201702_14418take1b.jpg
 
   歌内


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   佐久


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   佐久


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   北星






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[ 2017/03/29 20:03 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(2)

北の細道   その7      雪レ! ①

hokkaido201702_14420歌内take2b

   宗谷本線 歌内    2017年2月









生活列車原理主義者の風太郎としては撮影対象外・・・とか勿体ない事をしちゃいけませんな。

思えば北辺の除雪列車は生活列車そのものだし。

ましてや車両の老朽化から今年はいよいよヤバイと言われていたが、JR北海道の資金難で生き永らえたとか聞けば。

昼間の上りは途中の交換のたびに暫く停車するので容易に追っかけ可。

雄信内 歌内 佐久 北星。

それでも道中は完全アイスバーンだからゆめゆめ油断召さるな。 法定速度? 怖くてそこまで出せませんって。


正直言って・・・ハマりました。 いやいやこりゃあ参った。雪レ祭りの始まりです!










hokkaido201702_14402雄信内take1b

    雄信内







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[ 2017/03/27 20:17 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(2)

北の細道   その6      筬島

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    宗谷本線 筬島   2017年2月








「ダルマのヨ」駅舎と言えばかつては眉をひそめたものだったが。

こうしてみれば何やら味が出て来たように見えるのは贔屓目だろうか。

夜明けに始発列車を待つは最果ての野辺に立つ道標のような。

今回のダイヤ改正で廃止駅の対象に上がったそうだが、音威子府村の費用負担により存続が決まったと聞く。









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[ 2017/03/25 19:39 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(2)

北の細道   その5      音威子府

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   宗谷本線 音威子府   2017年2月






ある意味天気予報は要らないのかもしれない。

春を思わせる陽光は俄かに掻き曇り、白いヴェールに覆われた後、雲間に再び星が瞬く。

そんな日々の繰り返しが、音威子府の長い冬だ。






hokkaido201702_14320音威子府 take1b


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[ 2017/03/23 21:15 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(2)

北の細道   その4      北星

hokkaido201702_14517北星駅take1b2

    宗谷本線 北星    2017年2月






吾輩は駅である。名前は無い。無論毛織物屋でも無い。


という風情の北星駅舎はホームからも離れた雪原にポツリと建っている。

農機具小屋然ともしているがちゃんと時刻表とベンチを備え、近年まで汲み取りながらトイレまで隣接してあったというから立派に駅である。


1959年、当初より無人駅として開設。

団塊世代の通学等々なのか、こんな場所に駅を作らせる程の需要があったかと驚くが、

はなから有人駅にしないあたりは国鉄も渋々だったのかも知れぬ。


何より目を引くのはこの大看板「毛織の北紡」である。

かつて旭川に存在した毛織物メーカーであることは判明しているが、既に会社そのものが失われた今、その設置の経緯など知る由もない。

ささやかな待合小屋と言えど国有鉄道、国民の共有財産である。一民間企業の大看板の設置が公式に認められるとは信じ難く、謎は謎を呼ぶ。





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高度成長期に全国津々浦々に貼り巡らされたこの手の「琺瑯看板」には様々な伝説がある。

板壁、土塀、それこそ都会も田舎も無く、当時の建物という建物に所狭しと張り付けられた様々な生活用品の看板。

琺瑯看板の権化と言うか、その枚数とバリエーションにおいて最大規模を誇り、

今も盛業中の大メーカーの人間と以前付き合いがあったので、ズバリ聞いたことがある。

「あれだけの膨大な量の看板を一体どうやって全国に貼り巡らしたのか。」

それは社内に今も語り継がれる伝説だそうだが、答えは「勝手に貼ってまわった。」


モーレツサラリーマンの時代である。大量の看板を軽トラックに積み、全部貼り終わるまで帰って来るなと送り出されたらしい。

一応農家を訪ねて頭を下げ貼り付けの許しを請うのだが、許可が下りる事など滅多にない。

切羽詰まった挙句、夜陰に乗じて納屋の壁あたりに勝手に打ち付けて帰ってくるのだという。

社名商品名が大書してあるのだから当然怒り狂った抗議が来る。

そうなったらすぐに謝罪に向かい、大量のサンプル品を差し出して詫びを入れれば大概はそれで収まったとの事だ。

日本の片隅にまでマスプロ生産の商品が行き渡り始めた時代の、荒っぽくもダイナミズムに溢れた遺産と言えなくもない。

「北紡毛織」もそんなモーレツ営業が生んだ「遺産」なのか。いや国鉄にセーターを持っていっても許してくれないだろう。







hokkaido201702_14533北星 take1b







風太郎の見立てはこうだ。

国鉄は木張りの簡素なホームを作るだけで精一杯、駅舎など作らなかったのだが、

困った地元住民有志が自分の土地に半ば手作りで駅舎を建てた。

開拓者魂に溢れた昔の入植者は建物のひとつ位自分で建てられるのだ。

「北紡毛織」は何かの縁でそのプロジェクトのスポンサーだったとすれば。

国鉄がどうこう言う筋でもなかろう。


真相はどうであれ、駅と看板はそれから数十年の歳月を重ねた。

汽車に乗り降りする人々を風雪から守り続けたささやかな駅舎は、いつしか此の地に欠かせぬ風景になったに違いない。

北星駅は今存続の危機にある。駅が出来る前、広大な原野に還る日はごく近いかもしれないのだ。



昭和30年代位まで北海道の農家では2~3頭の羊を飼う事がよくあったらしい。

羊毛を刈り、毛糸を紡いで手作りのセーターやマフラーを編むのが、開拓時代の色を残す当時の主婦に必要なスキルだったと聞く。

用が済んだ羊は食っちまったらしいが。北海道のジンギスカン文化はそこから来ていると知って成程と。

その後やってきた「近代化」はやがてそれらも工業製品へと変えていくのだが、

「北紡毛織の駅」に佇めば、この酷寒の地の暮らしにささやかな潤いを与えたに違いない、暖かなセーターの感触がふと蘇る。






hokkaido201702_14515北星駅take1b






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[ 2017/03/21 20:27 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(6)

北の細道   その3      東六線

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   宗谷本線 東六線   2017年2月  








「東六線」 という駅名、碁盤の目の六本目だからという素っ気なさ。

でもそれがかえって無人の荒野に里が切り拓かれた北海道の歴史を語る気がして。

初めて立ってみれば広大な田畑の真ん中の何の変哲も無い小駅であるけれど、

線路の両側に広がる防雪林のお蔭もあって、周囲から独立したどこか不思議な空間でもある。


夜が始まる頃、再び白いものが舞い始めた。

降り積む雪の音さえ聞こえるような。









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[ 2017/03/19 19:52 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(6)