江の川紀行 その10   88年目の桜

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  三江線 川戸   2017年10月







江津にもほど近い川戸駅は1930年4月、三江線最初の着工区間の終着駅として誕生、故に線内では最も古い駅のひとつである。

多分江の川水運の川港として栄えたのだろう町並みと共に、趣のある木造駅舎が残っている。

今は使われなくなった対向ホームの先には、開業記念に植樹された桜が87年の歳月を重ねた枝振りで鎮座している。

駅を行き交う人々に季節の移ろいを伝え続けたであろう老木に、既に始まりつつあるのはひと足早い紅葉。

来年3月末の廃止と同時にこの駅の歴史も閉じられる。88年目の花は、その今際に間に合うだろうか。








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[ 2017/11/18 21:55 ] 最近の旅 西日本 | TB(0) | CM(8)

江の川紀行 その9   忘れられたレール

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   三江線 口羽    2017年10月   







1975年開業の鉄建公団建設部分は、気前良く奢られた鉄橋やトンネル、高規格線路を利した高速運行が行われている。


今、三江線を利用する地元民はほぼ皆無という。

それはご多聞に漏れぬ話ながら、ローカル線の主役とも言える通学高校生の姿さえ疎らなのは。

沿線の公立高校自体が生徒数の減少で存亡の危機にあるところが多いのだが、

近隣校同志生き残りを賭けた生徒の奪い合いさえ起こっており、その際の決め手が「スクールバス」らしく。

駅までの送り迎えさえ不要なスクールバスを導入すれば一気に生徒が流れる実情にあって、三江線は高校生からも忘れ去られたという事だ。

単行でさえ持て余していた三江線の列車に最近2両編成が多いのは、廃止のニュースが報じられて以降、

乗り鉄さんで溢れているからだという。皮肉に過ぎた話である。







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   信木



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   長谷






今から30年前、国鉄改革の先兵として全国津々浦々まで伸びたローカル線が次々と廃止になっていった。

でもそれらは昼間の運行こそガラガラなれど、朝夕は満席になる程の通勤通学客がいた。

それが細やかながら地域の生活を支えていると思えたからこそ良き被写体にもなり得たのだが。

現代に生き残っているローカル線よりも遥かに乗客の影が濃かったように思うのもまた、歴史が与えた苦い皮肉だろう。



めぼしい観光資源もない沿線に運命を打開する策は尽きたか。三江線の冷徹な現実である。






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   香淀






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[ 2017/11/16 20:11 ] 最近の旅 西日本 | TB(0) | CM(4)

江の川紀行 その8   宇都井駅

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    三江線 宇都井   2017年10月





これは日本の「珍百景」に数えられるべきだろう。

1975年の全通時に開設された宇都井駅である。

高さ20mという橋梁上に作られた駅。これが本当の「橋上駅舎」だ。

老朽化した団地の様な建物の中にはエレベーターが収められているなどと勘違いしちゃいけない。

全部で116段あるそうだが、6階分位ある階段をエッチラオッチラとひたすら登るのだ。(途中で「あと何段」と励ましてくれる)

バリアフリーなど糞食らえである。

もう暫くすると駅全体がイルミネーションで飾られるそうで、これには周辺に最近目立つという熊もビックリだろう。






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この珍奇な駅はどういういきさつで生まれたのか。秘密はこの周辺のダム計画にあるらしく。

宇都井の集落全体が水没するようなダム建設構想が当時存在し、付け替えの無駄を省くつもりだったのだろうが、

線路は極力高い位置に敷設されたそうで。

宇都井はそこそこの集落なので駅のニーズはあったというより政治的な匂いもするが、

谷間にあるそこに駅設置となればこういう構造は必至だったようだ。

周到なようで何か順番が違いませんかというのは後出しジャンケンの戯言だろうか。






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やがてこの駅も「遺構」に変わる。

いや道路や施設を跨いだ構造物は危険防止の観点から撤去が原則だそうだから、その痕跡さえ残らない可能性がある。

ある時代を黙して語るモニュメントとして残したい気はするけれど。







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[ 2017/11/14 21:24 ] 最近の旅 西日本 | TB(0) | CM(4)

江の川紀行 その7   紅の甍

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   三江線 江平   2017年10月





しっとり潤った紅色の甍。

石州瓦の家並みは、本場島根県はもとより広島県側に入り込んだ集落まで、肩寄せ合って在る。

行政区界などお上の勝手な線引きで、住まいの文化もまた川という一本の線で繋がっているのだ。

歴史を重ねた家が多い。重い瓦は三江線など形を成さない頃、川舟が運んだのだろうか。







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   信木





線路と家々が接近しており、軒先をかすめる感じがいい。

もとより狭い川べりを新参者の三江線は頭を下げて分けてもらった、というところか。

親に先立つ何とやらだが、家々は三江線の誕生から終焉までを見届ける事になった。

時代から取り残されたような山深い国境にあって、ひっそりと積み重なった暮らしの日々。

その聲と匂いを感じたく。






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   宇都井






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[ 2017/11/12 23:09 ] 最近の旅 西日本 | TB(0) | CM(6)

江の川紀行 その6   夜神楽

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   石見都賀 松尾山八幡宮   2017年10月






とっぷりと辺りが闇に包まれる頃、夜神楽が始まった。







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相当に修練を積んだ演者に見えるのでいわゆるプロの公演かと思っていたのだが、地元の保存会の様な団体のボランティアと聞いて驚く。

厳かな「神降ろし」から始まり、出し物は「戻り橋」「悪狐伝」「八岐大蛇」のような古来伝統の神話物。

竹灯籠が闇に揺らぐ境内に響く夜神楽は日付が替わるまで続く。






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風太郎は神楽なるものを実際に見るのは初めてで、何やら難解な取っつき難さを覚悟していたのだが、これが結構面白い。

ストーリーは無辜の民を苦しめる怪物をヒーローたる若武者が退治するという肩の凝らないもので、

その単純明快さは演者には失礼ながらチャンバラ劇でもあり、どこか「◯◯戦隊ショー」をも思わせる。

いや「◯◯戦隊ショー」こそが神楽の舞台演出を真似たというのが正解だろう。

民はハレの日に娯楽とカタルシスを求める。それはまた地に根を下ろした神々と喜びを分かち合うものでもあろうと。







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「怪物」は庶民を苦しめる圧政者を模していたのかも知れないし、文化は庶民の心根に寄り添い日々の暮らしに潤いを与えてこそ生き残り伝わるもの。

石見の国といえば神楽の本場ではあるが、その伝承は江の川伝いに広まったという。

大河は人と物の流れと共に、土着の文化をも運んだという事だ。


明日の朝駆けを考えれば日付が変わるまでとはいかず、灯篭揺れる境内を後にする。

闇に黒々と沈む山々に、尽きる事の無いお囃子の響きが溶けてゆく。






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( 暫く留守にしますのでお返事等遅れます。 )





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[ 2017/11/08 22:25 ] 最近の旅 西日本 | TB(0) | CM(4)

江の川紀行 その5   祭りの晩

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  石見都賀 松尾山八幡宮    2017年10月






雨の予報は外れた。順延日の明日は台風迫るなか、三江線の終焉に鎮守の神々はラストチャンスを与えたか。


暮れなずむ頃、境内に続く石段にロウソクの明かりが次々と灯された。祭りの晩の始まりである。

里の鎮守「松尾山八幡宮」は約500年前の創建と伝えられ、御祭神は息長足姫命(神功皇后)。

出雲大社本殿中央の柱「心御柱(しんのみはしら)」は当地より伐り出されたとの事。

広大な境内の森の中に60以上の祠があるとされ、森の神の社でもある。

灯篭はもともと竹を斜めに切った容器を使うのが伝統らしいが、諸般の事情なのかプラスチック製の容器も目立つものの、

深閑とした境内に揺らぐ灯りは殊の外美しい。






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ご多聞に漏れぬ過疎と高齢化の集落ながら、子供達の姿も目立つ。

この地に育ち今は離れた人々がこの夜ばかりは子供を連れて帰って来てもいるようだ。

揺らぐ灯りは忘れ難い故郷の灯りでもあるのだろう。


参道をまたぐ三江線を浜原行きが通過する頃にはとっぷりと闇が支配する。

深夜まで続くというメインイベントの「夜神楽」も間もなく始まる時間である。






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[ 2017/11/06 19:50 ] 最近の旅 西日本 | TB(0) | CM(4)

江の川紀行 その4   石見都賀

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   三江線 石見都賀   2017年10月







島根県側に入った石見都賀ではちょうど地元の鎮守 「松尾山八幡宮」 の例大祭の日だった。

この日は来られない山岡山さんの、是非というお勧めもあって訪ねてみた。

昼間に集落内を練り歩く 「楽打ち」 と、陽が落ちてからの夜神楽がメインのお祭りなのだが、

その日に三江線が走るのは今年がいよいよ最後、楽打ちが駅のホーム上で列車を見送るというパフォーマンスも。

地元テレビ等の取材も入り、狭いホームゆえの安全確保という難点はあったようだが、JR職員の立ち会いもあって実現した様だ。

鮮やかな衣装を纏い、何とも緩い調子の掛け声と太鼓の響きと共に練る楽打ちは、この長閑な里の時間の流れに相応しい。







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気まぐれな雨雲は何とかこらえているものの、ひとたび風向きが変われば里を濡らすしぐれ雨。

祭りの夜まで空はもつか。






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[ 2017/11/04 19:31 ] 最近の旅 西日本 | TB(0) | CM(4)

江の川紀行 その3   神出鬼没

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   三江線 潮    2017年10月







土地不案内に加えこの長大路線にたった2日間限りの撮影行、エンジンが掛かるはずの2日目は台風も迫る中、

昼過ぎには撤収必至という鬼日程にあってはショボイ写真しか撮れぬものと半ば諦めていたところもあったのだが、

何とも心強い味方、山岡山さんに2日目をご案内頂けるという幸運に恵まれる。

地元にあって三江線に拘り、クオリティの高い作品で活躍されている山岡山さんの車に同乗させていただき、実に密度の濃い半日を過ごす事が出来た。








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   江平
   




真っ暗な5時過ぎに集合は夜討ち朝駆けを厭わぬ風太郎は望むところだが、沿線を縦横無尽のパワフルな撮影スタイルにはもう仰天致しました。

あの運転本数にも関わらず作品を量産する秘密を垣間見ると同時に、沿線を知り尽くすという事の大事さを再認識、風太郎はまだまだ甘いようです。

秋雨前線の下、雨中の激闘10時間。三江線は神出鬼没のカメラに踊る。






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   粟屋






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[ 2017/11/02 20:08 ] 最近の旅 西日本 | TB(0) | CM(8)

江の川紀行 その2   三江線

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   三江線 宇都井   2017年10月







江の川の全長194km、それに寄り添うように走る三江線は、広島最北部の三次から島根との県境を越え、

日本海を臨む江津まで全長108km、大河にも引けをとらぬ長大ローカル線である。

もともと江の川を使った水運がダム建設により阻害される事を踏まえての補償措置という性格から始まったらしいが、

1930年代より三次、江津双方から建設が進められ、1963年にそれぞれ三江南線、北線として一旦完成したものの、

中央部の口羽~浜原間の完成により全通するのは1975年まで待つ事になる。

同時期に全通した四国の予土線と並ぶ、「歴史上最後に作られたローカル線」である。

既に国鉄財政は末期的な惨状を呈し、運ぶ人も貨物も乏しいローカル線の未来は全く展望出来ないにも関わらず、

最新土木技術が注がれて黙々と建設が進められた鉄路。

昔のようで案外最近でもある時代だけに、風太郎でさえよく存じ上げている政治家の名前も見え隠れする、

我田引鉄ローカル線の最後も飾ったという事だろう。







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   乙原






沿線道路の未整備を理由に1980年代の廃止ラッシュも生き延びた三江線だったが、通過人員はこの30年間で10分の1となり、

2018年3月末をもって廃止の運命にある。路線長100kmを超える路線の廃止は、JR化後本州では初めての事である。


雨雲は低く垂れ、谷を流れる。2本のレールは森閑とした県境に伸びる。

密やかに進んでゆくのは、三江線最後の秋。






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   石見都賀







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[ 2017/10/31 20:07 ] 最近の旅 西日本 | TB(0) | CM(10)

江の川紀行 その1   中国太郎

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   三江線 香淀   2017年10月








中国地方最長の大河、江の川は「中国太郎」の名に相応しく滔々とした佇まいである。

雨雲が低く垂れ込めた蒼い時間、見え隠れする前照灯が線路の在りかを示す。


夜明けはまだか。








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[ 2017/10/29 18:09 ] 最近の旅 西日本 | TB(0) | CM(9)

広島

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カープに寝返った訳ではありませんが。  

おい、大阪だってあるのにいいのかー、JR西日本。




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広島にやって来ました。

ご当地はクライマックスシリーズで熱盛なようです。その後の悲劇は誰も知らない。

つくづくCSというのはヤなものだね。広島が14.5ゲーム下の横浜にうっちゃられるとは、1年掛けて築いたものは何だったのかと。

そもそもCSは、10年前にどうしても中日に勝てない巨人にブチ切れたナベツネが得意のゴリ押しで作らせたもの。

その後優勝した巨人がCSで2位の中日にあっさり負け、当のナベツネ、「こんなばかなの・・・」。

腹の皮がよじれるオチも懐かしいが。もうCSなんか止めた方がいいな。


それはともかく。

阪神ファンは道頓堀、中日ファンは栄の噴水池と勝利の水浴びの伝統あり。

広島も川の街、飛び込む場所には困るまいてと近隣のカープファンに水を向けたら、

原爆の記憶を持つ広島では、川は戯れに飛び込む場所ではないという暗黙の了解があるそうで。






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   広島電鉄 原爆ドーム前    2017年10月







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[ 2017/10/27 20:10 ] 最近の旅 西日本 | TB(0) | CM(6)

秋冷の来てをり 只見線  その9    光の穂

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   只見線 入広瀬    2017年9月







行きがけの順光線で見ればちと寂しいかと思われた尾花も、

帰り道、早や傾いた秋の陽を背にすれば穂は光に揺れる。

魚沼コシヒカリは収穫が早いのかほとんど刈田が占める中にあって、

一角だけ残された田んぼもこのワンショットを待っていてくれたか。

季節の移ろいもまた、忙しないつるべ落としだ。

ゆったり大きな弧を描くレールの向こうには、日毎に深まる只見線の秋。





( 秋冷の来てをり 只見線  おわり )





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秋冷の来てをり 只見線  その8    眠る鉄路

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  只見線不通区間  会津大塩   2017年9月





あの未曽有の大水害から早や6年の月日が流れた。

このまま土に還るかと思われた眠れる鉄路に、復活の槌音が響こうとしている。

誰もが耳を疑った結論もまた政治の産物ではあるけれど。






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   会津大塩


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   会津大塩






新たな故郷づくりか、インフラとしての役割付加か、それとも余暇をローカル線に遊ぶ文化の創出か。

歴史の彼方に消えゆかんとするものを再び目覚めさせる、その理由。


レールの眠れる価値を証明する快挙か、それとも天下の愚行か。

二本のレールはただ黙してその時を待つ。






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    会津蒲生


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    会津蒲生








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秋冷の来てをり 只見線  その7    尻吹峠

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   只見線 会津中川   2017年9月






誰もが撮るお立ち台写真はつまらんと言いつつ、お立ち台はお立ち台なりの良さがあるから結局捨て置けぬ。

尻吹峠という珍妙なネーミングの由来は知らないが、まるで大海に浮かんだ島の様な奇観はなかなか見られない。

川霧が立つような状況下にあればさながらラピュタかと常々チャンスを伺うも、いつものように穏やかな眺めである。

先週の台風直後なら川は茶色く濁っていたろうから、これはこれでいいタイミングだったかも。



( 今週一杯留守にしますのでお返事等遅れます。 )






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[ 2017/10/18 19:56 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(6)

秋冷の来てをり 只見線  その6    朝

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    只見線 若宮    2017年9月






明日の会津地方は朝から晴れ、但し濃霧注意報とくれば、夜明けと共に訪れる天地のスペクタクルを期待しちゃうじゃないの。

まだ暗いうちからスタンバイも、爽やかな夜明けの空気を味わえば眠気も吹き飛ぶというもの。

朝露は光って霧は気温の上昇と共に湧き出し地表を覆う。

後は昇る朝日のひと差しを待つばかりと蓋沼の坂を登り詰めれば、これはもろたの手応えだったのだが。






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   若宮





おい、ここで曇るかあって。

普通は昇陽と共に急上昇するはずの霧は行き場を失って漂うばかり。線路の位置さえ分からなくなって泡を食ったぜ。






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   根岸




これもまた自然相手の宿命、出直すから次まで待っとれ。






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[ 2017/10/16 21:03 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(6)

秋冷の来てをり 只見線  その5    三更集落

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   福島県 金山町 三更集落 (廃村)    2017年9月







朝夕を除けば運行が極めて疎らというかほとんど走らないは現代ローカル線の抗えぬ現実であり。

しかしせっかく与えられた時間に線路際を離れてみるのも味わいだろうとは、あながち負け惜しみでもあるまい。

早戸温泉から只見川を挟んだ対岸にひっそり佇む廃村の跡、「三更集落」を訪ねてみる。







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三更集落の歴史は遠く江戸時代まで遡るという。

川辺の傾斜地で田畑に乏しくどんな方法で糧を得ていたのか定かで無いが、只見川からの幸もあったのだろうか。

最後は10戸あったとされる集落は300年の歴史を重ね、昭和30年代まで続いた。

只見線は開通したが早戸駅は橋も無い対岸であり、さらに冬季は通じる道路すら閉鎖されるため完全に孤立する集落でもあった。

各戸で一艘ずつ持っていたという手漕ぎの和船が唯一の外界との繋がりという、信じられないような生活がその頃実在していたのである。

通学の小学生でさえ、朝霧のなか艪を操って只見川を渡ったという。集落の目の前の峡谷は誰が名付けたか「霧幻峡」。

そのささやかな安寧にあった生活が突如破られたのは、裏山に掘られた硫黄採掘坑道の大崩壊。昭和39年の事である。

以前から危険が指摘されていたため人的な被害は無かったが、もはや此処は住めない土地となり、全戸が下流側に移転、

三更集落はその痕跡を現在に留めるばかりである。





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人の息するところに神仏あり。

苔むして今に残るは神社とお堂、ムラの入口のお地蔵様、そして一戸だけ残された家が全てである。

山と川、大自然の只中にあって、つましく逞しく、此処に生まれ此処に死んだ300年分の息遣いに耳を澄ます。





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廃村の割に全てが自然に還らないのは、移転したかつての住民が保全を続けているため。

当時の渡し舟を復活させ、手慣れた艪さばきで早戸温泉の観光客相手の村おこしに取り組んでいるという。






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[ 2017/10/14 20:30 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(4)

秋冷の来てをり 只見線  その4    夜へ

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   只見線 根岸   2017年9月






家路につく一人きりの降車客を見送れば。

しばしの小紀行にあっても旅空の寂しさが沁みて来るというものだ。

どこか冷たさを含んだ夜風に吹かれつつ。







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[ 2017/10/12 20:14 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(4)

秋冷の来てをり 只見線  その3    稲掛けつくり

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   只見線 会津中川   2017年9月






老夫婦が今時珍しくなった天日干しの稲掛けを製作中。

自然乾燥こそうまいというのは良く聞くところで、多分自家消費用なのだろう。

しかし想像以上に重量と風圧がかかる稲掛けは特にタテ柱に相当な強度が必要らしく、作業は難儀しているようだ。

並んだ自然木をそのままタテ柱に利用した新潟平野の「ハザ木」は理に適っていたと改めて思う。

早く稲を並べて欲しいので暇に任せていっそお手伝いをと思ったが、伝統の工法に手出しは無用かと。







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頃合いを見計れば金色の稲穂が並びつつあり。今年の出来は 「まあまあ。」 との事。

帰れなくなってしまうので列車が来るまで待てないは残念無念。







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[ 2017/10/10 20:05 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(4)

秋冷の来てをり 只見線  その2    瑞穂の国

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   只見線 根岸   2017年9月







大阪の某私立小学校が「瑞穂の國」の名を冠してけったいな民族教育を目論むも、

大言壮語とはうらはらのケチなお粗末が出るやそれまで諸手を挙げて礼賛していた連中が口を拭って掌を返すは、

所詮この手のコスプレまがいと焚きつけ集団の底の浅さが露見するばかりで、世間の笑い者となったのも記憶に新しい。

俄かに湧いてきたような「美しい日本の伝統と文化」礼賛も、それは市井の民が気の遠くなるような時間を掛けて自らの手で生み育てたもの、

したり顔のお上がこれと定めて下々がおし戴くものでも教育されるものでもましてや別の目的に使われるものでも無く、片腹痛い。


島国の過密人口の食を満たすため、この国の民は驚くような場所さえ耕し稲穂稔る土地に変えて来た。

「瑞穂の国」は国威発揚の美名ではなく、とにもかくにも食べて生きるために折り重なった、無名の民の生の記憶である。

しかしその暮らしの衰退と国土の荒廃から目をそむけ、戦前と比較しても食料自給率が半分以下という現状を放置するは、

かまびすしい一国の安全保障の議論が大きな空洞を宿していると思わずにはいられない。



話が大きくなった。

此処に立って会津盆地の美田を見下ろせば改めてそんな感慨が湧くところがある。

金色の田園風景は二年前チャレンジし、これはもろたとほくそ笑むそばから思わぬ運休で茫然の因縁もあったのだが、

一週遅れで既に刈田の不安も一掃するような、まさに完熟の稔りである。







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[ 2017/10/08 20:47 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(8)

秋冷の来てをり 只見線   その1    一週遅れ

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   只見線 大白川   2017年9月







9月のシルバーウィークは2泊3日で只見線 ♪  とテンションUPしていたのに、

全盛期の岩瀬のスライダー並みの軌道を描いた台風は日本列島を縦断すると。

泣く泣く延期を決めるも翌週は土日の2日がいいところで。

風太郎の写真のノリは通常2日目位からだし、結果的に現地での台風は大したことなく只見線も平常運転、

台風前後の天候急変期は写真的には一番おいしいところだったしと嘆いても仕方なく。

せめて稲穂の刈り取り前にと一週遅れのギリギリ勝負は2日で越後湯沢~会津高田間往復の強行軍。

さあ残り物に吉はあるや。








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   只見線 会津西方   






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[ 2017/10/06 21:17 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(4)