阿字ヶ浦 1979

茨城交通 阿字ヶ浦構内1 1979年8月 日 16bitAdobeRGB原版b

  茨城交通 湊線  阿字ヶ浦  1979年







旅心溢れる緻密な鉄道旅行記を次々発表されているhmdさん hmdの鐵たびブログ ローカル線の旅 がひたちなか海浜鉄道に乗り込まれたの受けて、コラボ企画。


1979年盛夏。 風太郎写真事始めの頃の一枚。

阿字ヶ浦駅入り口の踏切上から撮ったと思われるが、構図もへったくれも無く何ともヘタレな写真ではある。

しかし写っているものを子細に観察すればこれはなかなかだ。

左は留萌鉄道から来た「ヘソ気動車」キハ1000形、その隣のキハ58は上野から乗り入れていた「海水浴急行あじがうら」に違いない。


「ヘソ気動車」 は文字通りヘソのような野暮ったい前照灯が何とも魅力だが、

留萌時代は台車の動きと連動して照射方向を変えるというギミックまで備えていた。

羽幌炭鉱鉄道色をそのままパクッたマルーンに白髭と共に何となく愛嬌があって、今なら変な 「猫電車」 にされてしまうところだったろう。

当時は今以上に車両そのものに興味が無い徹底した叙情派だったから、この貴重な車両も軽くスルー、

何の記録も残していないが、後に液体式気動車では一番好きな車両になるというのも間の悪い話で。

悔しいから模型で・・・というのはまた別のお話。


国鉄から乗り入れの 「あじがうら」 は上野を7時過ぎに出て10時位に現地着、

有数の海水浴場だった阿字ヶ浦海岸へのお客を見送った後、夕方に帰ってくるまでのんびり昼寝を決め込んでいた。

しかしいかに「海水浴」が当時の夏のレジャーの王道だったとはいえ、国鉄はなぜ臨時列車まで投入したのだろう。

阿字ヶ浦海岸に何と「国鉄直営 海の家」があったという、うがった見方もあるが。


こじんまりとした駅舎前の広場には「氷」の暖簾も揺れるお店。 

きっと浮き輪とかビーチボールとか水中メガネとかも満艦飾で売っていたに違いない。 青い麦わら帽子の少年も見える。


この時は3泊4日初めての一人旅の最終日で、前夜は郡山駅ホームの待合室でうとうと、

水郡線始発の行商軍団に取り囲まれながらここまで辿り着いた。

確か那珂湊辺りからここまで炎天下を歩き通したのではないか。

疲労と暑さで朦朧となり、今でいう熱中症に近かったのは下手な写真の言い訳にもならないが。

なにはともあれ風太郎17歳、めくるめくような昭和の夏である。







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白い朝

鹿島鉄道 桃浦の朝2 1981年12月22日 Adobe16bit 原版 take1b

   鹿島鉄道 桃浦   1981年







夜明けの冷え込みは本格的な冬の到来を告げる。

昇る朝日と共に霞ヶ浦の水面からは濃い靄が湧き立つのだった。


白い朝。

4種踏切ばかりだから警報音は無い。

小柄な単行気動車のタイフォンだけが、しじまに響いて消える。








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レイルを辿れば

_3051筑波鉄道 常陸小田駅脇の踏切 原版 take1b2

    筑波鉄道 常陸小田   1982年











気の利いた撮影ガイドなど無く、写材は自分の足で探すしかなかったから、線路沿いの小径をあてどなく辿るのだった。

いや余計なものが無かったからこそ、自分だけのローカル線を見て感じ得たのかもしれない。

関東平野はただ冗長に広くて、レイルは淡々と変わり映えの無い景色の中に伸びていた。













筑波鉄道 常陸小田3 1982年5月16bitAdobeRGB原版 take1b8

   常陸小田






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Requiem

秩父鉄道1 1982 55mm_15884原版take1b

   秩父鉄道  上長瀞    1982年










生を急ぎ過ぎたS君に捧ぐ。


35年前のこの時、君はそこに居ただろうか。

思い出せない。












秩父鉄道2 1982 55mm原版take1b






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霞ヶ浦の浜辺

鹿島鉄道 浜 夕暮れ1 Adobe16bit 原版 take1b

    鹿島鉄道  浜   1979年  






暮れなずむ霞ヶ浦の浜辺を行く。

この当時は自分のカメラさえ持っておらず、家にあったクラシックなカメラで撮っているので、

何となく解像にキレがなく、発色も悪いのはカメラのせいという事にしておきたいが、

手前に木(稲架け?)を入れるあたり、初心者なりにオリジナリティというものは意識しているようだ。


まあ大した写真でも無いが、車両はちょっと興味深い。

左は加越能から来たキハ430形、右は国鉄キハ05一族の払下げ改造車は分かるが、これが結構謎だったりする。

この当時鹿島鉄道にはキハ04改造のキハ410形が2両在籍していたのは事実だが、

これは遥か以前に2両固定編成化されていたはず。何かの事情でそれを切り離して使ったのかも知れないが、

総括制御など多分出来ないだろうから、トレーラーとしてぶら下がっていただけなのかも知れぬ。

だとしたら終点鉾田で「機回し」でもやったのだろうか。謎が謎を呼ぶ。


東の気動車王国の名の通り、車両はバラエティに富んでいて、

いずれにしてもどんなヤツが来るのか来て見なきゃ分からない意外性がこの鉄道の魅力だった。

キハ430形はこの後30年近く生き残り、鹿島鉄道廃止の日までラストランナーを務めたのは周知の通り。





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