発車時刻表

宗谷本線 音威子府 時刻表  nx take1b

  宗谷本線 音威子府  1988年









いかに暇を持て余していたとはいえ、時刻表を撮るなどフイルムの無駄にしか思えないところもあったのだが。


1988年1月、天北線在りし頃の音威子府駅である。まだ開通以来の木造駅舎が建っていた。

気動車化される直前の「急行天北」の表示も見えれば、深夜発着する上下の「利尻」、

そしてなんと4時台発の天北線始発列車もまだあったんだなあと感慨深い。

厳寒の夜この待合室に居座り、下り利尻を撮った後、興浜北線に流れるこの始発列車に乗ったのはこの写真の4年前のことだ。


発着のランプの点灯も見れば、朝9時過ぎ位にこの写真を撮り、多分幌延行きの各駅停車に乗ったんじゃないかと思う。

ならば乗車中に撮った写真を見る限り、この日の宗谷地方は白い闇のような猛吹雪に閉ざされていたはずだ。


旅の情報が濃縮された「駅の時刻表」は、消えかけていた記憶の糸に繋がるものであれば、糸同士を再び結び合わせてもくれる。

フイルムの無駄じゃなかったと気付くには、その後流れた長き時間も必要だったようだ。









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ホタテの町から

湧網線 計呂地 1981年8月 16bitAdobeRGB原版 take2b3

   湧網線 計呂地   1981年








オリンピックも終わっちゃいましたが前評判の盛り下がりとはうらはらに楽しませてくれましたね。

しかしカーリングって面白いねえ、と改めて。大トリとも言える銅メダルには風太郎も目頭が熱くなりました。

藤沢以外全員の出身地、常呂町は今は北見市の一部らしいけど、オホーツクとサロマ湖のほとり、

ホタテが特産の小さな町の盛り上がりもさぞやと。

五月チャンをはじめルックスも話題になったが、重さ20キロというストーン ( 時々その重さに放り出したくなるフル装備の風太郎カメラバックの2倍近い重量 )

を片手でひょいと返して裏を拭いたりするのは相当な筋力と思うぞ。

件の五月チャンも普段は北見市の普通のOLとの事。決して恵まれた競技環境とも言えない中での快挙に価値がある。

風太郎がご縁のあった音威子府の高校の卒業生も、スキー競技に二人出場した。 ( ノルディックとバイアスロン女子 )

冬季オリンピック故もあろうが、日本の片隅の北の町に陽が当たるのもいいね。



さて写真は網走から常呂を経由して湧別に向っていた湧網線。計呂地~芭露のサロマ湖脇の区間。

事前情報も何も無く地形図だけ見て此処ならと下車して安直にパチリだし、右側に道路があるのか何とも窮屈な構図だが、時事ネタに免じて。

車内は地元の人はもとより、リュックにラジカセまで抱えた旅の若者で一杯だった。

確か台風が近づいていたと思う。 憂いを含んだ北国の短い夏。








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松音知

_3073天北線 松音知発車する列車 take1b

   天北線 松音知   1988年







天北山地のシンボルといえばピンネシリとマツネシリ、それぞれズバリ男山・女山の夫婦山。

天北線も漢字を当てた敏音知駅と松音知駅が仲良く並んでいた。

最後まで交換駅として駅員が配置されていた敏音知駅と比べ、

松音知駅は停留場に過ぎず早くから無人化されたようでうら寂しさはあったのだが、

築堤にへばりつくように建てられた駅舎は国道からも良く目立ち趣があった。

駅前の木に隠れた山体がマツネシリ、フレームアウトしているが右側の山裾がピンネシリである。

松音知駅舎は天北線廃止後、地元住民に引き取られ保存されていると聞く。



優麗な山容のピンネシリが気の毒なので別カット。山頂からは遠くオホーツクが望めるという。








天北線 松音知駅 冬1 1988年1月 AdobeRGB 16bit take1b 





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歌志内静夜

歌市内線歌志内の夜 55mmF35_11993take1b

    歌志内線 歌志内   1988年







産炭華やかりし頃、セキの群れが埋めていたであろう広大なヤードも、今は闇と静寂に沈むばかりである。

いにしえの活況を見てみたかった気持ちはあれど、時代のエンドマークは瞬く間に消えてしまうものでもあるから、

その刹那に立ち会う事も意味はあったかもしれないと思うのだ。

利尻乗車の時間潰しに往復、ワンカット限りの歌志内駅。夜の冷気が足許からゆっくり這い登った。

この3ヶ月後、雪解けと共にサヨナラ列車が出る。







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手であけてください

北海道 冬の車窓2 1988年1月 原版take1b

    天北線  1988年









おいおいドアを勝手に開けちゃいかんだろ、そもそも手で開くものか?

というのが鉄道に対する基礎知識というものが欠如したまま鉄道を撮る事になった風太郎の、

 「meets ローカル線」原体験だったような気がする。相模線のキハ20だったか。

ドアの前で佇んでいると後ろの高校生が怪訝な顔で開けて見せたり。危うく降り損ねそうになったり。

鉄道車両のドアというのは案外重いものだなと思ったもの。

それは慣れ親しんだ都会の電車とは全く異質なワンダーワールドのドアを開けることでもあったろう。










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