日出谷細雪

bansai1983 55mm_16886 日出谷ホーム1 原版take1b

   磐越西線 日出谷   1982年







音もなく降る雪は変わらず。

谷間に身を寄せ合う様な家々もまた。

一枚の写真が閉じ込める、変わるものと変わらぬもの。







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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2018/01/08 17:07 ] 昔の旅 東北の国鉄・JR | TB(0) | CM(10)

明けましておめでとうございます

奥羽本線 峠5 1990年1月 16bitAdobeRGB原版 take1b

   奥羽本線 峠   1990年






伸びましてというか、明けましておめでとうございます。


新年を迎えるにイケた写真が無いなー、と思っていたらそうだ戌年だしと。

今は無きスイッチバック時代の峠駅、確か最後の冬の撮影である。夜明けの時間は、もう歯の根も合わぬ位に寒かった記憶がある。

外は吹雪ならともかく雪晴れだったりするとつい油断も入るが、本当に寒いのはむしろそういう時だったりする。

峠の力餅の売り子さんに纏わりつくようなワンコ達でさえ、この寒さには音を上げていたようだ。






奥羽本線 峠11 1990年1月 16bitAdobeRGB原版 take1b

奥羽本線 峠2 1990年1月 16bitAdobeRGB原版 take1b






今年も寒修行で心と体を鍛えましょう。 本年も宜しくお願いいたします。






一緒にストーブにあたる。

奥羽本線 峠の犬2  1990年1月 16bitAdobeRGB原版 take1b




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[ 2018/01/01 00:00 ] 昔の旅 東北の国鉄・JR | TB(0) | CM(14)

雪雲の狭間

米坂線14 1990年1月 16bitAdobeRGB原版 take1b

   米坂線 羽前沼沢?   1990年








白い闇の様に雪のヴェールに覆われた写真ばかりの中で、辛うじて写っているのは雪雲の狭間だったのだろうか。

深雪に籠ったエンジン音が、低く響いて消える。









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[ 2017/12/28 22:36 ] 昔の旅 東北の国鉄・JR | TB(0) | CM(4)

梅雨空に

磐越西線 徳沢2 1988年6月4日 sRGB 16bit 原版 take1b

   磐越西線  徳沢    1988年







そぼ降る雨に駅を囲む緑はまた濃くなってゆく。

夏への扉。







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[ 2017/07/07 20:20 ] 昔の旅 東北の国鉄・JR | TB(0) | CM(6)

別れの流儀

日中線 熱塩駅のホーム7 1984年2月 日 16bitAdobeRGB原版take1b2

   日中線 熱塩   1984年






今夜は訳の分からない写真と風太郎のおセンチな話に付き合って頂こう。


廃止路線や廃駅との切ないというより、騒々しい別れが繰り返される昨今である。

それまで冷たい扱いしかしなかったマスコミは、絵になる絵になると手のひらを反して騒ぐし、

ある種の劇場なのか、応援ボードならぬありがとうボードの乱立やら、最後の絶叫やら、大音響のBGMやら、地元ゆるキャラの見送りやら。


でもそれは風太郎にとってはどこか30年前のデジャビュでもある。

国鉄再建の名の許に、途方もない数のローカル線が全国津々浦々で一度に失われた時代があった。

あまりに数が多過ぎてマスコミも追い切れなかったのか、大した報道も無かったような気がするが、

それでも各地で派手なサヨナラ列車が出て、もともと単行すら持て余していた路線に7両編成がスシ詰めで走ったり。


地元には地元の想いもあるだろうし、お祭り騒ぎで送り出したいなら優先権は彼らにある。

葬式鉄に群がる人達の理解も難しいが、他人の趣味嗜好をどうこう言うのも天に唾するようなものだから止めておこう。

しかし本来のローカル線のかたちは、淡々と、静謐に、その土地の普段通りの時間の流れと共にあるものだ。

そんなだから廃止になってしまうというのも真なりであるが、それに惹かれていたから遠い旅を重ねてやって来る価値があったのだ。

せめてその鉄道が本来の姿かたちを留めているうちに、一人そっと別れを告げたい。

あれ程好きだったのだから、別れに自分の流儀があってもいいじゃないか。


日中線の廃止は1984年3月31日。

それは風太郎の流転の学生生活がとうとう終わり、翌日から長きにわたるサラリーマン生活が始まる日でもあったのは何かの符丁だろうか。

抗えぬひとつの時代の終わりに自分らしく幕を下ろしたく。それは喧噪とも無縁な廃止のひと月前には終えたかった。


熱塩駅に停車した客車の最後尾デッキに立てば、暮れなずむ雪原に終端標識がぼんやり灯るのが見えた。

やがていつものようにホイッスルが響き、ガタンと動き出す客車。

事実上の回送だった夕刻の上り列車に、乗客は自分一人ではなかったかと思う。

ゆっくり遠ざかっていくX字形の灯りが次第に滲んだのは、舞い上がる雪煙のせいばかりではなかったろう。

それが今を生きている熱塩駅を見た最後。


あれから33年か。思えば遠くへ来たものだ。








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[ 2016/12/22 23:34 ] 昔の旅 東北の国鉄・JR | TB(0) | CM(10)