秋の翳り

55mmkanbara_17496 秋の土倉ホーム1 原版take1b2

    蒲原鉄道 土倉   1982年





早や傾いた秋の陽に、翳りは山裾の小駅も包んだようだ。

マチから帰った降車客が、三々五々に家路を辿る。







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[ 2017/09/15 21:24 ] 昔の旅 蒲原鉄道 | TB(0) | CM(4)

サミットへ

kanbara55mm_17100東加茂ホーム発車 take1b3

   蒲原鉄道 七谷   1985年







春が近づけば。

駅員が居て除雪が行き届いたホームやポイント周りは黒い地肌が顔を覗かせるのだった。

それでも山峡に分け入るサミットはまだ雪深く。







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[ 2017/08/08 20:09 ] 昔の旅 蒲原鉄道 | TB(0) | CM(4)

此処に鉄道在りき

蒲原鉄道 高松~大蒲原 ハザ木 1 1983年2月 16bitAdobeRGB原版take1b

    蒲原鉄道 大蒲原    1983年







全てが動きを停めたような白い季節。

此処に鉄道在りきと微かに轍を刻む音。










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[ 2017/07/15 21:22 ] 昔の旅 蒲原鉄道 | TB(0) | CM(6)

凝視

蒲原鉄道 大蒲原  55mm原版_7027take1b

   蒲原鉄道  大蒲原    1984年







子供はいつだって奇特なものに正直だ。

雨が初雪に変わりそうな底冷えの日に。









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[ 2017/06/11 18:01 ] 昔の旅 蒲原鉄道 | TB(0) | CM(6)

価値あるもの

蒲原鉄道 大蒲原駅 吹雪とED1 3 1983年2月 16bitAdobeRGB原版 take1b2

   蒲原鉄道 大蒲原    1983年







黎明期の古典電気機関車に造詣がある方なら、昨今の東芝経営危機のニュースには複雑な想いもあるのではないか。

米企業 「ウエスティングハウス」である。


かつて電気機関車をはじめ産業の世界に電気動力という革新的な技術を持ち込んだウエスティングハウス (以下WH)の歴史は、

それまでの産業動力の主流であった蒸気機関に代わるものをもたらしたし、それは第二の産業革命を担っていたとも言えよう。

時は流れ、原発という現代の巨大インフラをも手掛けるメーカーになっていた事は今回の一件で初めて知った。


日本の鉄道におけるWHといえば、大正末期から昭和初期にかけて輸入された独特な凸型形状の小型電気機関車のイメージが強い。

上の写真がそれであると言いたいところだが、この蒲原鉄道ED1は1930年日本車両製の歴とした純国産機関車である。

しかしその形状と言えば正真正銘のWH製で今も現役の弘南鉄道ED22に細部まで酷似している。

WHのパクリかと言われる由縁だが今も昔も知的財産権にはうるさいお国柄であろうし、そのあたりの事情はよく分からない。

いずれにしても真似を通じてその構造を一から学んだのだろうと思う。国産電気機関車の師でもあった訳だ。

思えば東芝も名だたる電気機関車メーカーである。

その礎を学んだ会社を逆に傘下に入れるとは弱肉強食の資本の論理でしかないが、結果的に一蓮托生の破綻を被る事になるとは皮肉という他ない。


げに恐ろしいのは「企業価値」という見えざるものである。価値とはその製品の手触りと重さで確かめられるものばかりではないらしく。

人が財産、信用が財産という無形の価値を重んじる企業理念は昔からあった。

しかしそれらも全て株価という市場の評価に内包され、ひいては企業価値として絶対数値化されるのだという。

絶対価値を定める市場という奴は、それ程に神の如く万能で明察なものなのだろうか。


今も昔も限定少量生産の鉄道車両は、試作機だの発注流れだのいわくつきの品が時折出る事があり、

経営の苦しい田舎の鉄道が飛びついて安く買い叩くというのも往々にあったらしい。

このED1も試作機をちゃっかりお得にゲットしたという事情だったのだろうか。

しかし全身を武骨なリベットで固めた「製品」はこの雪深い越後の地を70年にわたって走り続け、除雪に貨物輸送に奮闘してその終焉まで経営を支えた。


価値とはそういうものではないか。




今は文化財としてこの地に眠る。

kanbara201509_4362take1b.jpg

kanbara201509ED1マスコン_4387take1b






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[ 2017/05/18 21:42 ] 昔の旅 蒲原鉄道 | TB(0) | CM(2)