夏の山線

肥薩線 大畑駅名標 1982年8月 Adobe16bit 原版 take1b

   肥薩線 大畑   1982年







「夏の山線」

烈日が貨車を焼く
燃える道床

査定勾配52両
均衡速度25粁

運転室に煮湯が渦巻き
目ん玉から汗が湧く
機関士と俺は茹る芋だ

突如― 機関車の呼吸が乱れる
牽くものと牽かれるものの断絶
機関士は砂を撒き 加減弁を絞る
逆転機を引き上げる

列車の波動は
風に千切れる 木っ葉だ
撒砂が走行抵抗を増やす
急激に 萎える 速度

南無三―
俺は防毒マスクを被ったまんま

全て価値あるもの 思想も 猜疑も 友情さえも
一緒たくれ
1500度の火室へ 打ち込むのだ

にぶる
圧力計 指針

汗汁に漬る
仕業服

前途はまだ遠い―




人吉機関区の機関助士が書いたというこの異様な迫力を持った詩は、

肥薩線矢岳越えの過酷な労働環境を伝えて余りある。


そして10年の時は流れ、それだけは変わらぬ烈日は真夏の白日夢に誘う。







肥薩線 大畑水盆2 1982年8月 Adobe16bit 原版take1b





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復活の日を

南阿蘇鉄道 立野~ 198年月日 16bitAdobeRGB原版take1b

    南阿蘇鉄道  立野     1988年







この鉄道を訪ねたのは一回きり、大した写真も残っていないが、立野の鉄橋の威容は印象に残っている。

その高さもさることながら、太古から人の手が入っていないのではと思える原始林に吸い込まれる列車は、日本有数の鉄道風景だろう。


熊本震災で南阿蘇鉄道も全面不通が続く。災害は弱いもの程より厳しいものになる現実。

経営基盤が脆弱な第三セクターにとってそのダメージは計り知れないが、復活の日が来ると信じたい。







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10系気動車

島原鉄道 大三東駅ホームの乗客5 1982年8月 Adobe16bit 原版 take1b

    島原鉄道 大三東    1982年








風太郎が本格的に写真を撮り始めた頃は、国鉄線上においては10系気動車の最末期にあたり、

只見線あたりで辛うじて乗車しているだけで、ほとんど写真に残っていない。

しかし地方私鉄においては払下げの同車が主力気動車として活躍している場合が多く、

津軽、南部縦貫、筑波、茨交、加悦、そして島原、全国各地で相まみえたもの。

機械式だのガソリンカー改造だの、怪しい車両がいよいよ置き換えに迫られていたそれらの会社においては、

頼もしい「新鋭車」に見えたのかも知れないし、先を争って国鉄に頂きに行ったのだろう。

しかしその実、戦後の復興から高度成長期の大量輸送を地方から支え続けた10系気動車は、

長年の酷使がたたってボロボロのものが多く、ババを掴まされた会社も多かったと聞く。


島原鉄道には結構な所帯でこの車両が在籍しており、島原半島一円の郵便輸送を担っていた事もあって、

キハユに改造したりとか、なかなか重宝に使ってはいたようだ。

車両そのものにあまり興味が無かった風太郎はそういう珍車を丁寧に記録していないのが悔やまれるが、

島原のネガをひっくり返せばそこかしこに「バス窓」が出て来る。


かつては北から南まで、全国津々浦々のローカル駅に当たり前のように停まっていた顔。

それはひっそり目立たないが紛れも無く「戦後」の顔だったし、都会への人材供給源だった農村の暮らしを支えた生涯は、

文字通り「ニッポンの気動車」だったと、その墓碑銘に刻まれるべきと思うのだ。




暫く留守にしますので、お返事等遅れます。





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駅の品格

吉都線 加久藤駅 夏11988年7月 原版 take2b3

     吉都線  加久藤     1988年







今はえびの駅に変わった「加久藤駅」。

えびの市の中心地だからという理由のようだが、撮影時点でさえ76年の歳月を重ねた伝統ある駅名を軽んじていいのかと小声で言っておこう。

高い天井の大空間と相対的に小さな窓が生み出す陰影、長年の風雪に耐えうる堅固な造り。

駅の品格は人間達の都合程度に惑わされることなく、そこに在る。

はしゃぎが過ぎるランキングも好きではないが、木造名駅舎の上位に常に位置するこの駅舎の年齢は100歳を超えた。









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白い坂道

島原鉄道 不明地点踏切1 1982年8月 16bitAdobeRGB 原版 take2b

   島原鉄道   撮影地不詳       1982年






陽炎揺らぐ猛暑にいささか参っていたのだ。

ささやかな集落には冷えたコーラを並べたよろず屋が、それでもきっとあるはず。

ここらで小休止としますか。海に続く白い坂道を下って。










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