C56 160

C56 七尾線26 1988年2月 16bitAdobeRGB原版 take1b

   七尾線 七尾   1988年








C56160号機本線上から引退の報せを聞いて。

ご承知の通り「現役」に間に合わず、「復活」を素直に受け入れられない風太郎が反応するのも珍しいが、

そうだあれがあったと思い立って。


1988年冬、七尾線を走った 「冬の北陸ときめき号」 である。

だいたいよお、重い重い蒸気機関車の質感と 「ときめき号」 なる軽ノリを重ねる神経が分からねえやと、

あくまでブー垂れているのを員数合わせか仲間に引き込まれて。


12系客車を牽いた 「走り」 は適当に流してやる気の無さ炸裂の写真が残っているが、

七尾機関区での折り返し運転前整備が始まれば一転、おんやあと。

今なら遠巻きにロープが張られ近づく事も叶わないのだろうが、この時はロッドが鼻先に来るまで寄れた。

撮る人間が圧倒的に少なかったのである。


燃える石炭と機械油の匂い。冷たい鉄の肌の質感。吐息のように流れるスチーム。

人間達のちょっとチープな脚色をよそに、その圧倒的な存在感は真実であったろう。

不肖風太郎、生まれて初めて生きてる蒸気機関車を真近に感じた瞬間でもあった。


第二の人生さえ幕を下ろそうとする蒸気機関車。

造られたものが必ず迎える滅びの時、そのごく自然な摂理を改めて噛みしめる。








C56 七尾線30 1988年2月 16bitAdobeRGB原版 take1b


七尾線C56 3 冬の北陸ときめき号 1988年2月 16bitAdobeRGB原版 take3b2








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模型のような

上田交通1 198年 月 日 16bitAdobeRGB原版take1b2

   上田交通  八木沢    1982年






いかにも地方私鉄な、独特な形態の駅舎である。そのまま「地鉄電車」のジオラマになりそうな。

この駅舎は今も残っているようだが、妙にスッキリした最近の写真を見れば変わっていないのは駅舎だけというのに気付く。

農家の納屋の裏側を見るような、この愛しきゴチャゴチャ感。






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夏雲の下

大井川鐡道 塩郷1 1988年8月 原版take1b

   大井川鐡道  塩郷     1988年







情けない水量の大井川も、夏休みの水遊びにはちょうどいいのかもしれない。

真夏の光溢れる水辺の駅。ボテッと厚塗りのスチール車両も懐かしい。








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奥大井の煙

大井川鉄道 SL1崎平 1988年月日 16bitAdobeRGB原版take1b

   大井川鐡道  崎平     1988年







いかにもな奥大井の風景を一望出来るいいポイントと思うけれど、

最近ここで撮った写真をあまり見かけないのは、木が伸びてというパターンか。

また例によってELの補機付ながら、これ程の煙も最近見ない気がする。

この頃は焚き方が違ったのだろうか。








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温泉電車

uedakotsunakashioda1198209b.jpg
   上田交通  中塩田       1982年





かつての国鉄は山間の温泉場にレールを伸ばしてくれるほど親切ではなかったから、

国鉄駅から分岐して温泉場に向う「温泉電車」は全国津々浦々にあった。

温泉巡りが庶民のレジャーの王道だった時代ならともかく、歴とした地方鉄道を一温泉場の需要の為に維持するのは、

旅館の主人が株主とはいえ難しく、その後の淘汰のスピードも早かった。

その雰囲気からして最後の温泉電車に思えた上田交通別所線も、度重なる近代化で生き残りを図り、

様相が一変しているのは周知の通りである。





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