ポートレート

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  只見線 大白川  2018年






シングルAFを是とするか、コンティニュアスAFを是とするか未だに悩んでいる。

比較的静的な写真が多いのでシングルAFを長年愛用してきたのだが、こういう写真を撮るとなるとねぇ。

これでコンティニュアスに切り替えた後、次のショットで勝手にAFが動いてガッデム!と気付けば良いが、気付かなかったりしたら萎える。

コンティニュアスを基本にAFロックを習慣にする? もうこの齢でフォームの矯正は自信が無い。

いやそれよりも、コンティニュアスで追い続けたい程の「顔」が乏しくなった。











_DSC3956b.jpg




写真が大阪から帰って来ました。

普段は毛布やら枕やらコンビニ弁当の殻やらが散乱して生活臭フンプンの風太郎ロケ車も、片付ければちゃんと納まるんです。

しかしコレに我が家を占領させる訳にも。 ついてはパネルを廉価にて販売いたします。

A0サイズが20万円、A1サイズが10万円です。 1~2枚売れると本展の投資を回収できます。

ウソです。タダであげますよ。





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残照

上田交通 上田原夕景1 198年月 日 16bitAdobeRGB原版take1b

  上田交通 上田原  1982年






今は大型ショッピングセンターが建っているという上田原構内。

再訪したなら浦島太郎の如く彷徨うばかりだろう。

空を染める夕暮ればかりは同じなのだろうか。







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町の香り

赤谷線 東赤谷乗客1 1983年2月 16bitAdobeRGB原版 take1b2

  赤谷線 東赤谷  1983年








東赤谷はスイッチバックの終端駅として知られていたが、鉄鉱石を産した赤谷鉱山の搬出駅でもあった。

有数の豪雪地でもあったから、駅本屋前には高さ2mはあるような雪の回廊が掘られているのだった。

駅周辺には鉱山関係者の社宅が多く、転勤による町からの移住者が多くを占めていたのか、

山深い駅にしては何処か町の香りを纏った利用者が多かったようである。


ホームに通じる階段を降りるご婦人。

雪国で特に年寄りともなれば綿入りの 「どてら」 あたりが普通で、洒落たコートはそれだけで目を引いた。

隣駅まで列車通学が必要だった小学生。

ワンピースのようにも見える可愛らしいコートも他ではあまり見た事が無い。


1年後の赤谷線廃止と共に山を下りたはずの人々にあって、

深雪に閉ざされた山峡の日々はどんな思い出に生きているのだろう。










赤谷線 東赤谷乗客2 1983年2月 16bitAdobeRGB原版 take1b2






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C56 160

C56 七尾線26 1988年2月 16bitAdobeRGB原版 take1b

   七尾線 七尾   1988年








C56160号機本線上から引退の報せを聞いて。

ご承知の通り「現役」に間に合わず、「復活」を素直に受け入れられない風太郎が反応するのも珍しいが、

そうだあれがあったと思い立って。


1988年冬、七尾線を走った 「冬の北陸ときめき号」 である。

だいたいよお、重い重い蒸気機関車の質感と 「ときめき号」 なる軽ノリを重ねる神経が分からねえやと、

あくまでブー垂れているのを員数合わせか仲間に引き込まれて。


12系客車を牽いた 「走り」 は適当に流してやる気の無さ炸裂の写真が残っているが、

七尾機関区での折り返し運転前整備が始まれば一転、おんやあと。

今なら遠巻きにロープが張られ近づく事も叶わないのだろうが、この時はロッドが鼻先に来るまで寄れた。

撮る人間が圧倒的に少なかったのである。


燃える石炭と機械油の匂い。冷たい鉄の肌の質感。吐息のように流れるスチーム。

人間達のちょっとチープな脚色をよそに、その圧倒的な存在感は真実であったろう。

不肖風太郎、生まれて初めて生きてる蒸気機関車を真近に感じた瞬間でもあった。


第二の人生さえ幕を下ろそうとする蒸気機関車。

造られたものが必ず迎える滅びの時、そのごく自然な摂理を改めて噛みしめる。








C56 七尾線30 1988年2月 16bitAdobeRGB原版 take1b


七尾線C56 3 冬の北陸ときめき号 1988年2月 16bitAdobeRGB原版 take3b2








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模型のような

上田交通1 198年 月 日 16bitAdobeRGB原版take1b2

   上田交通  八木沢    1982年






いかにも地方私鉄な、独特な形態の駅舎である。そのまま「地鉄電車」のジオラマになりそうな。

この駅舎は今も残っているようだが、妙にスッキリした最近の写真を見れば変わっていないのは駅舎だけというのに気付く。

農家の納屋の裏側を見るような、この愛しきゴチャゴチャ感。






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