秋冷の来てをり 只見線  その8    眠る鉄路

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  只見線不通区間  会津大塩   2017年9月





あの未曽有の大水害から早や6年の月日が流れた。

このまま土に還るかと思われた眠れる鉄路に、復活の槌音が響こうとしている。

誰もが耳を疑った結論もまた政治の産物ではあるけれど。






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   会津大塩


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   会津大塩






新たな故郷づくりか、インフラとしての役割付加か、それとも余暇をローカル線に遊ぶ文化の創出か。

歴史の彼方に消えゆかんとするものを再び目覚めさせる、その理由。


レールの眠れる価値を証明する快挙か、それとも天下の愚行か。

二本のレールはただ黙してその時を待つ。






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    会津蒲生


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    会津蒲生








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秋冷の来てをり 只見線  その7    尻吹峠

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   只見線 会津中川   2017年9月






誰もが撮るお立ち台写真はつまらんと言いつつ、お立ち台はお立ち台なりの良さがあるから結局捨て置けぬ。

尻吹峠という珍妙なネーミングの由来は知らないが、まるで大海に浮かんだ島の様な奇観はなかなか見られない。

川霧が立つような状況下にあればさながらラピュタかと常々チャンスを伺うも、いつものように穏やかな眺めである。

先週の台風直後なら川は茶色く濁っていたろうから、これはこれでいいタイミングだったかも。



( 今週一杯留守にしますのでお返事等遅れます。 )






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[ 2017/10/18 19:56 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(6)

秋冷の来てをり 只見線  その6    朝

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    只見線 若宮    2017年9月






明日の会津地方は朝から晴れ、但し濃霧注意報とくれば、夜明けと共に訪れる天地のスペクタクルを期待しちゃうじゃないの。

まだ暗いうちからスタンバイも、爽やかな夜明けの空気を味わえば眠気も吹き飛ぶというもの。

朝露は光って霧は気温の上昇と共に湧き出し地表を覆う。

後は昇る朝日のひと差しを待つばかりと蓋沼の坂を登り詰めれば、これはもろたの手応えだったのだが。






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   若宮





おい、ここで曇るかあって。

普通は昇陽と共に急上昇するはずの霧は行き場を失って漂うばかり。線路の位置さえ分からなくなって泡を食ったぜ。






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   根岸




これもまた自然相手の宿命、出直すから次まで待っとれ。






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[ 2017/10/16 21:03 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(6)

秋冷の来てをり 只見線  その5    三更集落

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   福島県 金山町 三更集落 (廃村)    2017年9月







朝夕を除けば運行が極めて疎らというかほとんど走らないは現代ローカル線の抗えぬ現実であり。

しかしせっかく与えられた時間に線路際を離れてみるのも味わいだろうとは、あながち負け惜しみでもあるまい。

早戸温泉から只見川を挟んだ対岸にひっそり佇む廃村の跡、「三更集落」を訪ねてみる。







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三更集落の歴史は遠く江戸時代まで遡るという。

川辺の傾斜地で田畑に乏しくどんな方法で糧を得ていたのか定かで無いが、只見川からの幸もあったのだろうか。

最後は10戸あったとされる集落は300年の歴史を重ね、昭和30年代まで続いた。

只見線は開通したが早戸駅は橋も無い対岸であり、さらに冬季は通じる道路すら閉鎖されるため完全に孤立する集落でもあった。

各戸で一艘ずつ持っていたという手漕ぎの和船が唯一の外界との繋がりという、信じられないような生活がその頃実在していたのである。

通学の小学生でさえ、朝霧のなか艪を操って只見川を渡ったという。集落の目の前の峡谷は誰が名付けたか「霧幻峡」。

そのささやかな安寧にあった生活が突如破られたのは、裏山に掘られた硫黄採掘坑道の大崩壊。昭和39年の事である。

以前から危険が指摘されていたため人的な被害は無かったが、もはや此処は住めない土地となり、全戸が下流側に移転、

三更集落はその痕跡を現在に留めるばかりである。





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人の息するところに神仏あり。

苔むして今に残るは神社とお堂、ムラの入口のお地蔵様、そして一戸だけ残された家が全てである。

山と川、大自然の只中にあって、つましく逞しく、此処に生まれ此処に死んだ300年分の息遣いに耳を澄ます。





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廃村の割に全てが自然に還らないのは、移転したかつての住民が保全を続けているため。

当時の渡し舟を復活させ、手慣れた艪さばきで早戸温泉の観光客相手の村おこしに取り組んでいるという。






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[ 2017/10/14 20:30 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(4)

秋冷の来てをり 只見線  その4    夜へ

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   只見線 根岸   2017年9月






家路につく一人きりの降車客を見送れば。

しばしの小紀行にあっても旅空の寂しさが沁みて来るというものだ。

どこか冷たさを含んだ夜風に吹かれつつ。







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[ 2017/10/12 20:14 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(4)