ミャンマー ・ レイルサイドストーリー  その20   ミャンマー余聞 ②

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  ミャンマー国鉄 マダヤ線  2019年8月



①タナカ


ミャンマー人が顔一面に塗り付けてる黄土色のものは何? というのは写真を見た人のほとんどから聞かれる。

これは「タナカ」という一種の化粧クリームで、肌を整えたり日焼け止めや防虫など、万能の効果があるそうだ。

昔の写真でも塗っているから昨日今日の流行りものでは無い事は確かだ。


柑橘系の「タナカの木」の樹皮を摺り下ろして手作りするのが一般的らしい。 下の写真が「タナカ屋」さん。

基本的に女性と子供が塗るが、イミグレーションの女性係員や空港カウンター嬢、TVキャスターなど公的な職業や華やか系の女性は塗っていない。

スマホも普及して否応なしに「美の世界標準」みたいなものが入る今、廃れ逝く風習かと寂しい気もするが、

チャーミングなお姉さんだったりすると残念感も強いから、まあ複雑なところだ。






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②スナップシューター


成り行き上買わされた帽子一杯のモンキーバナナと共に。


メイン機にしているD850はおよそ欠点の見つからないカメラだと思うが、

デカイ、重いは車移動ならともかく海外の歩き主体では寄る年波に堪えるのも事実。

今後の含みもあって「PEN」の本格実戦投入も今回から。


もとよりスナップシューターとして可能性を感じるカメラだし、ミラーレスならではの撮り方をいろいろ試す。


①モデルさんに正対して顎の前でカメラを構え、モニターをチラ見して構図・露出・ピント位置を確認したらそのままホールド。

②ファインダーは覗かず相手の表情だけ見ながら「ジオライパー!(笑って!)」とか、「ラパーリー!(美人だねえ!) 」とか、

 いい加減な事を言いつつノーファインダーでパシャパシャやる。


という具合。

ミラー一眼のファインダーはどうも「狙撃」みたいで、こちらの笑顔も見えた方が相手の表情も緩むというものだ。

結構うまくいったし、広角系の単焦点中心という事もあろうがレンズのキレには驚く。

何よりこの軽さにはついフラフラ行きそうだ。 うーん、悩むな。






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[ 2019/09/30 20:06 ] 海外写真 | TB(0) | CM(4)

ミャンマー ・ レイルサイドストーリー  その19   ミャンマー余聞 ①

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  マダヤ線 オーボー  2019年8月





ちょっと脱線気味に彼の国で見聞きした、あるいは風太郎自身のこぼれ話をいくつか。


①辻の水甕

上の写真、これは遠方信号機の体裁である。 しかしどう見ても動くようには見えないから単なる注意標識?

いや本題はその下にある二つの甕である。

これは何か? 実はこの中には飲料水が入っていて、コップも備えてあり、通りすがりの人が自由に飲んでいい事になっている。

町の辻々の他に駅のような人が集まる施設の傍らには必ずあって、ミャンマー人は結構気軽に飲んでいる。

素焼きの甕なのだが、実はこの材質に秘密が隠されているのだ。

小さな気泡が沢山含まれているのか、表面に水が染み出して常に「汗をかいた」状態になっている。

下の写真で表面に水ゴケが生えているのはそのためだ。

これは染み出した水分が蒸発する際の気化冷却で中の水の温度を一定に保つという、なかなか考えられたものなのだ。

実際コップですくって手で受けてみたら、炎天下にもかかわらず結構冷たい水だった。

高温多湿の当地ではいわば「命の水」。 行き倒れが出ないよう遥か昔から誰かが水を注ぎ続けているのだろう。

これもまた素朴な「共生」の風景である。


しかし。 賢明な諸兄はお察しの通り、この水はヤワな外国人の胃腸には厳しそうだし、とても手を出す気にはなれない。

ミャンマー人でさえペットボトル持参の方が一般的だから、生活習慣もまた変わりつつあるという事か。






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②ポケトーク


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ミャンマー国内に入ったが最後、日本語は一切使えないと思った方が良く、英語が通じたらラッキー、という世界だ。

何とかなると言えば何とかなるが、やっぱりミャンマー語で会話出来たら楽しさも違うだろうと、半信半疑なから買ったのがこれ。

最近はやりの翻訳機なのだが、グローバルSIM付きなら世界74ケ国語に対応との事、当然ミャンマー語も入っている。

基本的に翻訳機能はクラウドサーバーに依存しており本体に内蔵されている訳ではない。

従って使えるかどうかは行った先の通信事情に左右されるため、行ってみなければ分からないというリスクは否めない。

結論から言ってミャンマーでは普通に使えたし、なんとか会話に使えるレスポンスだ。

しかし問題はミャンマー語⇒日本語で、国土の広いミャンマーでは結構「方言」が多いらしいのが影響しているのか、変な訳になってしまう。

写真の表示はマダヤ線はオーボーの駅員との会話。 画面表示と共に音声が流れる。

上は風太郎のセリフで、「線路伝いに歩きながら撮るのよ。」と言っているのだが、

駅員はその行動が理解できないらしく、「列車も無いのに何処行くのよ。」と話が噛み合わないの図だ。

まあでも子供達にはウケまくったから持って行った甲斐は多少はあったか。








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[ 2019/09/28 19:55 ] 海外写真 | TB(0) | CM(4)

ミャンマー ・ レイルサイドストーリー  その18   ビルマの竪琴

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  早朝の托鉢   2019年8月






ビルマ僧の褐色系の僧衣に何となく既視感があるのは、映画「ビルマの竪琴」で中井貴一が扮した「水島上等兵」の残像も一因ではないかと思う。

まだ戦後の混乱期の昭和22年に発表された原作小説が知られる事により、

それまで何処かよそよそしかった戦地からの帰還兵に対する視線を変化させたとも聞く。


もっとも原作者の竹山道雄氏は従軍経験は無く、メロディーが共通した日本とイギリスの歌があるという重要なモチーフを着想するにあたり、

イギリスと直接陸戦を交えたのは何処だ、ビルマだ、という事が真相らしい。

それがあまりに生々し過ぎた時代とはいえ、戦闘シーンの描写も何処か牧歌的である。


しかし18万人の日本人が命を落としたビルマ戦線の実相は、様々に残された手記を辿れば涙と怒りを禁じえない。

最も愚かだったインパール戦においては補給路を完全に断たれて弾も食糧も無く、

戦闘などもとより不可能なのだが降伏など許されないから、ただ敵の食糧を盗みに行くだけが目的の「決死隊」が編成され、

それと知ったイギリス軍はエサ代わりの食糧を積み上げ、その周囲をぐるりと機関銃座で囲んだから、「決死隊」は一瞬で全滅したという。

幾万の兵を失う大敗北に真っ当な武人なら腹切って詫びるはずの軍人官僚たちは、「死守」だけ命じて我先に日本に逃げ帰り、

累が及ぶ事を恐れた軍上層部に匿われて終戦を迎える。

降伏も許されぬままビルマの地に捨てられた下級兵士は8月15日まで飢えと病に斃れ続け、その後には「白骨街道」が出来た。



これを「英霊の散華」と美化して祀り上げ、逃げた責任者の歴史改竄と自己弁護の具にして死者の魂は納得するか。

他国の戦争被害をあれはウソだインチキだと頭ごなしに否定する前に、こればかりは「無かった事」には出来ないはず、

英霊賛美の陰で隠蔽された日本人の死に様の、本当の姿をもっと知ったらいかがだろう。

自国民にさえそこまで冷酷になれる組織が、ましてや支配下にある他国民に対しそれほど寛容な紳士だったと信じられるか。



インコを肩に乗せて現れる水島上等兵は、竪琴を奏でて帰国する戦友に別れを告げるのだけれど、

戒律厳しいビルマ僧の世界では楽器の演奏や動物を飼うことなど固く禁じられており、

「ビルマの竪琴」はフィクションにフィクションを重ねたお伽話と言えない事も無い。



しかし。

絶望的な敗走の中でビルマ僧に化けて生き延びた日本兵は実際にいたと伝えられる。

「アジアの解放」を掲げて助けたはずのビルマ独立軍はその真意に気付いて抗日に転じており、

ビルマ人にとっても敵兵となっていたのだが、それと知りつつ匿った僧院側にも知られざるドラマがあったに違いない。

しかしまがりなりにも軍隊という公式の組織から離脱し、ある意味その存在を消滅させて生き永らえた人は、

その後迎えた終戦の後、帰国というバスに乗る事は出来たのだろうか。

歴史のうねりに翻弄され、そのままビルマの土になった名も無き「水島上等兵」は、きっと何処かにいたはずと思うのだ。









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[ 2019/09/26 20:05 ] 海外写真 | TB(0) | CM(4)

ミャンマー ・ レイルサイドストーリー  その17   マダヤ線 ⑤

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  ミャンマー国鉄 マダヤ線  2019年8月






西の空に陽が沈み、一日が終わろうとしている。






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暮れなずむタウンピョン駅。



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涼しい風が吹き始める宵は憩いの時間でもある。

今日最後の列車を見送る。



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[ 2019/09/24 20:31 ] 海外写真 | TB(0) | CM(4)

ミャンマー ・ レイルサイドストーリー  その16   マダヤ線 ④

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  ミャンマー国鉄 マダヤ線   2019年8月






これはミャンマーの「女性専用車」である。(ウソ)

タウンピョンのお祭り会場に行く人も多く含まれているのだが、商売にしても遊びにしても全ては女性中心に回っている気がする。

男は一体何をしているのかいつも不思議なのだが、女性が元気な国ほどいい国だというから、それはそれで結構な事だ。

ファンキーなおばちゃん二人が掛け合い漫才みたいなのを始めて車内は笑いに包まれる。

「日本人」とか「写真」とかの単語も聞こえてくるから、どうもネタにされていたらしい。






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ささやかな集落の駅を出ると退屈な田園風景が続き、再び木立に囲まれた小駅にゴロリと停まる。 その繰り返し。



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これは車掌の車内検札。 スシ詰めの車内で 結構真面目にやっている。

途上国のご多分に漏れず、物乞いに近い子供とかも乗っているのだが、

当然切符は買えないから検札が来ない貨車に乗っている。

車掌も知ってはいるのだろうが咎めはしないようだ。

庶民の哀歓を小さな車体に詰め込んだ列車は、ただいつも通りの今日を走る。




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列車を外から見たい人もいるかと、マダヤ近くで正調鉄道写真を。

しかし本数は少ないし、風景はこんなだから相当な気合を入れないとショボイ写真になってしまう。

大変ショボイが炎天下にトボトボ歩いてここまでだ。

いいかげん疲れて田んぼのあぜ道にひっくり返っていたら、牛に顔を覗き込まれてびっくり。




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まだ2時位なのだが、この日はガス欠というか、入国以来の飛ばし過ぎが祟って疲労がピークに達しており、

早くホテルに帰りたいと思ってマダヤの駅前でタクシーを探すが田舎町故見つからず。

途方に暮れていたら小太りの兄ちゃんが来て、「車だろ?バイクでどうだい?」と自分の「原付」をポンと叩く。

幾らだと聞いたら10000チャット(約700円)だと言う。 マンダレイまで30kmも無いはずだし、

バイクのケツのくせに目一杯ボリやがってコノヤローと思ったが、他に選択肢も無いので仕方なく。

約束通り10000チャット札を渡したら、「えっえっホントにいいのお、ごっつあんです。」みたいな事を言う。

なら最初からボルなコノヤローと思ったが、そういう何処か憎めないところがミャンマー人に惹かれるところでもある。

多分彼の2日分の稼ぎだったろう。





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[ 2019/09/22 19:46 ] 海外写真 | TB(0) | CM(8)