旅の重さ

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毎年夏になると思いだす映画。

1972年公開だから風太郎はまだ子供で、高校生位になってからテレビで見たと思う。

じわっと沁みる映画だったので忘れずにいたらDVDが出た。 早速買ったら初めて見たあの頃に戻るような。

ポスターやコピーだけ見ると「にっかつロマンポルノ」風だが、至って真面目な映画である。


高校生の少女が家出して、一人で真夏の四国をヒッチハイクで旅する。

典型的なロードムービーなのだが、その途中で大人達のドロドロに翻弄されたり優しさに助けられたりしつつの、自分探しの旅。

女子高生が野良小屋で寝泊まりしつつヒッチハイクというのにリアリティがあるやというのはともかく、

目に沁みるのは山・川・海・田畑という全てを癒すような日本の田舎の美しさ、真夏の光、そしてとびきり自由な旅の解放感だ。

主人公と同年代の風太郎の脳天を直撃したのは、そういう旅に憧れ始めていたハートにまさにジャストミートだったからだろう。

鉄的には陽炎の向こうから181系の「特急しおかぜ」や58系の「急行うわじま」とかがタイトルバックから出て来て、おやと見入ってしまう。

鉄道は旅や地方の象徴として画面に入れたかったのだろうが、それが時代の象徴にもなるという事を製作者は気付いていただろうか。

もちろん時代の象徴は鉄道だけではない。旅芸人の一座とか、魚の行商人とか、少女の心の旅と絡みつつ、50年前の日本がそこに生きている。






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主演は無名の新人、高橋洋子。 苗字も名前も平凡過ぎて印象に残らないが、その後NHK朝ドラの主役に抜擢されたり、

小説を書けば芥川賞も取り沙汰されたりという才媛であったらしい。

でも何といっても衝撃的だったのは作中でいきなりスッポンポンになる事だろう。

男性客向けのサービスショットなのか、当時の女優の禊のひとつだったか知らないが、

ストーリー上あまり必然性が無いところでちょっとだけ裸というのはこの時代の映画によくあった。

しかし彼女の場合ロケ時点で18歳未満だったのではという疑惑すらあり(実際には19歳)、

それも時代だがドッキリは何十年経っても変わらない。


旅に何かを学んだ、見つけたという映画なのだろうが、結局何を見つけたのかは曖昧模糊である。

魚の行商人の許に居ついてしまい、夫婦の真似事みたいな事を始めるラストも意味を問えばよく分からない。

でもその時点で意味など分からない事が青春の旅なのだろうと思う。

無理やり分かり易い答えを出さなかったところに、この映画が残し得た余韻があるような気がする。


そして何と言っても忘れちゃいけないのが、あまりにもハマった吉田拓郎が唄う主題歌「今日までそして明日から」だろう。

夜行列車の中、真夏の草いきれの中、風太郎の80年代の旅の途中、いつもフンフンと鼻を鳴らしていた歌である。










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[ 2020/07/09 21:28 ] 日々雑感 | TB(0) | CM(4)

ああアサヒカメラ

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「アサヒカメラ」誌が今月発売の7月号をもって休刊との事。

ニコンサロン大縮小に続く突然かつ衝撃のニュースだ。


最近毎年のように「撮り鉄特集」が組まれるのは、風太郎が言うのもなんだがちょっと苦々しくさえ思っていた。

「撮り鉄」が今や馬鹿にならない写真マーケットであることは承知しているが、写真雑誌の「保守本流」たるアサヒカメラにあっては

そういうブームに媚びて欲しくないなあという想いもあったのだ。

それでも買っちゃうんだから世話は無いし、それが売れる企画だからだよ、売れてナンボだろよという事情通の言も聞けば、

この世界も気位だけでは生き残れない状況になっていると痛感せざるを得なかった。

主たる読者の高齢化はボディブローのように効いたのだろう。 また広告出稿の減少が痛かったとも聞く。

今後は朝日新聞社系のWEB配信で写真・カメラ情報の発信は継続するとの事だが。


創刊94周年というそれこそカメラの黎明期から写真文化を牽引してきたと思えば、またひとつ時代が終わる感は否めない。

アサヒカメラの口絵を飾る写真家になる事が多くの若手の目標であったなら、その高みを失ったという事でもある。

長年にわたる人気企画の「新製品診断室」も、そういう情報をメディアが独占してきた時代は終わり、

ネットクチコミを始めとするユーザー評論家が結構信用されている時代に、その存在意義は一気に縮小したという事だろう。







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広告と言えば大手メーカーのカラー広告はともかく、有象無象の中古カメラ屋によるモノクロ広告もごっそり減ったな。

昔は楽しみだった。 米粒のような文字を老眼鏡無しで拾えたのも若さゆえだったろう。 (立ち読みで数字を頭に叩き込んで帰るというのも含め)

大体中古カメラ屋の店頭など日々変動しており、広告の品など残っている訳が無いのだが、それでも「相場観」の把握には役に立ったし。

相場と言えば「カメラ買取名人」なる相場師の顔入り大広告も懐かしい。

希望価格を申告して店主の腹にある値段と一致したら1万円などという、怪しげな「ピタリ賞」なんぞ現実にはやっていないし、

一見さんに対してはあまりに高飛車な態度に、こんな店二度と来るもんかい、と大喧嘩もしたな。

あんな商売が成立したのも「古き良き時代」だったのだろう。 その広告も消えたようだ。


高尚な写真芸術論から機材のメカニック、いかがわしさも含んだ商売まで、広範なカメラワールドを詰め込んで歴史を刻んだ雑誌だった。

コロナ騒動は直接の原因では無いにせよ、これまで何とか堰き止められていた変化の潮流を、それが一気に決壊させた気がする。

何かが生まれるためには滅びも必要なのだろうとは思う。 でも写真という心に訴えるメディアを粗雑なデジタル消費の具にはしてくれるなと願う。




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[ 2020/06/09 20:28 ] 日々雑感 | TB(0) | CM(0)

足裏三昧

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贔屓にしている店から「営業再開」のお便りが来た。

風太郎の趣味のひとつが「足裏マッサージ」。

「日本一痛い足裏」の看板を掲げる店も含め、一時期は究極の一店を求めて足裏放浪していた。

宗谷本線天塩中川近くの町営温泉の出張マッサージが意外に究極だったりして。


痛い順番に並べると中国式、台湾式、英国式となり、結局台湾式に行き着いた感がある。

マイルドな英国式については実際にイギリスでそう揉んでいる訳では無く、

「英国貴族はこういう優雅な揉み方をするに違いない。」が根拠だというからいい加減なものだ。

やはり揉み手は女性より男性の筋力が勝るが、女性の細い指は時にツボを直撃する事もあるから侮れない。


ちなみにミャンマーでは、怪しいマッサージ付きでもなければ1時間1000円も掛からない。

日本の3分の1から5分の1位だからこれは天国だ。 足裏三昧で過ごせばそれだけでモトが取れそうだ。

「PUSH, PUSH, MORE HARD」でちゃんと調節も可。






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「オリンパスギャラリー大阪」はまだ見た事も無いので、展示プランもほとんど手つかずだ。

挨拶がてら下見に行かねばと思っている。 これは当然急を要する用事だからね。

秋の夜長の大阪で開催期間中どう過ごすかも考えなくちゃ。


これは偏見と言われそうだが、大阪商人がよく「自粛」を守ったなと。 串カツはまともに食べられるのだろうか。

「維新」は、いょっさすがはナニワと投げ銭を飛ばしたいようなエンタメ政党と思っているが、

パフォーマンスだけではなくちゃんと終息させてよね。




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[ 2020/06/05 20:32 ] 日々雑感 | TB(0) | CM(2)

ああニコンサロン




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これはショッキングなニュースだ。


つまるところ、銀座・大阪のニコンサロンを閉館(銀座についてはサービスステーションも)、よってニコンのギャラリーは全国に新宿一ヶ所となる。

その新宿も銀座分のSSスペースが割り込むのか、ギャラリーは半分のスペースになるようだ。

新宿のギャラリースペースについては2年前位に新装したばかりのはずだから急転直下にも見える。

何といっても日本の写真文化を牽引してきたはずのニコンサロンをここまで失うとは。

このコロナ騒動で各カメラメーカーのSS・ギャラリーは軒並み一時休業を余儀なくされており、

一等地でもあるから家賃負担も軽くないという事情は当然あって、その影響は否めないものと推察する。

いや以前からのカメラ事業そのものの苦境とも無関係では無いだろう。

以前「コニカミノルタ」のギャラリーが閉鎖の時は、もうカメラメーカーじゃないし止むを得んかという納得もあったものの、

カメラメーカーの雄たるニコンの決定は、あのニコンさんでさえという波紋も呼びそうで不安になる。






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風太郎にとってのニコンサロンと言えば4年前に新宿で開いた個展である。

「旅のたまゆら 1981-1988」は、何といっても1980年代の古い写真という根本的な弱さもあったし、

まさか選ばれるとは思っていなかったので、決まった時にはワクワクを抑えきれなかったものだ。

まあ写真展は究極の道楽、大空間で自分の写真をしみじみ眺められるだけでも満足なのに、

12日間の開催で2700人もの来場者を迎えたのは、やはりメーカーギャラリーの権威やら集客力やらの賜物と言えた。

終わってしまえば後に残るものが無い写真展だが、大勢の来場者とお話出来、そのご縁は今も続いている。

写真道楽の愉悦ここに極まれり。





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スマホカメラに押されて利幅の大きいコンデジが売れなくなったという。

若い女性が写真の画質云々のウンチクを語るのでおやと思ったらスマホの画質だったというのが、もはや世間の常識なのだろう。

スマホじゃ絶対撮れない写真があるという事。大空間の展示だからこそ語れるストーリーがあるという事。

何よりいつかはここで個展という目標が写真家を育てるという事。

写真文化の醸成を一企業に寄り掛かるのは難しい時代になったのだろうか。






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[ 2020/05/26 20:12 ] 日々雑感 | TB(0) | CM(0)

世界は変わらずそこに




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Booking.comからのお便り。

世界中がこういう情勢ではこの業界も大変だろうね。

実はコロナ騒ぎが始まる前、GWにミャンマー弾丸ツアーを計画していたのだ。

写真展を迎えるにあたり、あれも撮っときゃなー、という心残りもあったので。

しかし早々予約していたヤンゴン行きANAはウヤ、ミャンマー入国の際には2週間隔離じゃ手も足も出ませんって。

Booking.comで予約していたホテルも当然キャンセルだ。


日本中がコロナに閉じ込められ鬱屈が溢れているのか、ネットを眺めても敵をこしらえては口汚い罵詈雑言ばかりが横行する。

おいっ「中日スポーツ」よ。

ドラゴンズの試合が無いからって毎日 「衆愚の王」 みたいな老人のアホツィッター丸写しで紙面埋めてんじゃねえよ。

と怒っても仕方が無いし、こっちまでイライラしてどうする。


「世界は変わらずそこに」

そうだな、いい旅は偏狭な価値観や歪んだ正義感、幼稚な自己顕示が浅ましく馬鹿馬鹿しいものである事を教えてくれる。

それを知って人はもっと優しく賢くなれるのだ。


また行きたいね、いい旅に。






 ミャンマー 2018年 2019年


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[ 2020/05/22 19:47 ] 日々雑感 | TB(0) | CM(0)