壊れないカメラを

DSCF0415コッタロb








ニコンの経営不振が伝えられればユーザーとしては心配になる所だ。DLシリーズとか買う買わないはともかく触ってみたかったなー。

風太郎はこのメーカーと関わるようになってせいぜい6年位だから赫々たるユーザー歴を誇る人の足許にも及ばないながら、

相当に使い込んでる事に関しては人後に落ちないと思うからささやかな応援を込めて提灯記事を書く。

ニコンサロンで写真展をやらせてもらった恩義もあるしね。


風太郎の所有するニコン機材は現用本務機がD800E、それ以前に使っていたのがD700なのだが、両者に共通するのはとにかく頑丈な事だ。

先日の北海道の帰り道、バックアップ用に持ち歩いているD700を空港の石貼りの床に1m位の高さから落下させれば。

「着地」の瞬間、火打石みたいに火花が散るを見れば、完全にイッたと天を仰いだのだが。

昔の真鍮ボディならベッコリだろうが、マグネシウム合金のボディはわずかに傷が付いた程度で変形等は見当たらぬ。恐る恐るスイッチを入れれば特段の異常もなく。

それでも心配だからニコンのSSに持ち込んで点検してもらったらこれも異常なしと。

「レンズが付いていたらマウントがイッた可能性があるが、ボディだけならその位平気ですよぉ。」と事もなげに語るSSのおっちゃんの顔をまじまじと見てしまった。


雨の日も風の日も走る鉄道を被写体とする以上、全天候型カメラマンでありたいと風太郎は思っているし、暑い日寒い日、夜討ち朝駆け上等である。

もちろん相棒たるカメラにも付き合ってもらわなきゃ、という事でカメラにも常に過酷な環境を与えている。

雨中の撮影でカメラに付いた水滴がボチャボチャ滴り落ちるを見れば、これって「水没」と同じじゃね、と思うけれど止めない。

ペンタや軍艦部に積雪10mm位になっても動じぬ。北海道のようなパウダースノーならまだ良いが、

会津新潟辺りの湿った雪はカメラの熱もあってだんだんシャーベット状に溶け出す。でもここで踏み止まってこそだ。


ここ数年で体験した最寒記録は音威子府での-29℃。当時使っていたペンタの645は絞り機構が凍結したのか露出はバラバラ、

最後はキュンと鳴いて巻き上げも停まり、暖かいところで「蘇生」させるまで動かなかった。そういう寒さである。

ニコンのデジタルに替えてからだと釧路川沿いの夜明けの-23℃か。

この寒さになると呼気に含まれる水分が一瞬で霜になってカメラに凍りつく。D700時代だが証拠写真。

バッテリー位はレリーズ直前までポケットで温めたが、これがほんとの「フリーズ状態」だ。

カメラのダウンジャケットのような防寒グッズも見かけるが、あれは三脚にどっかり据えたまま動かず撮り続けるようなスタイルでない限り

邪魔にしかならないように思えて不採用。カメラを甘やかしちゃいかん。


まあでもこのようなカメラの扱いは限界ギリギリというか、相当ヤバイ線だと思うから良い子は決してマネをしないように。








DSCF0394b.jpg










というような所業を6年も続けてD700と800は一度も故障が無いばかりか、どんな環境でも完璧に動作した。

先の落下事故でも実証された通り、素朴な頑丈さは信じていいと思う。

これは本当に有難い事で、共に歴戦を潜り抜けた戦友というか、カメラへの愛着というのはそういうところから生まれるものかと。

風太郎のカメラ選択の基準は、お値段を別にすればスペック云々よりまず「壊れない事」だ。

カタログを見ても躯体構造とか防水防塵シールドとか、そちらの方ばかり見てしまう。

その他のメーカーは使った事もないので知らんけど6年前の乾坤一擲のデジタル化の際、

プリミティブなメカ構造の安定に対する真面目さというか、そういうレガシーを受け継いでいるのはやっぱりニコンじゃないかと思った訳で。


カタログに麗々しく書き連ねられるスペックと比べ、耐久性はなかなか書きようがないから損である。

でもそういう所に地味に拘った商品の良さを分かる人間は分かるぞと思うし、

ある意味トヨタ日産以上に強烈なニッポンブランドであるニコンさんは不屈の精神で蘇って欲しいと思うのだ。







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[ 2017/06/02 22:43 ] 写真道具 | TB(0) | CM(8)

F2で遊ぶ      実弾発射

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家に籠っていじり回し、ニヤニヤしているだけでは本当にカメラ亡者のジジイになってしまう。

実戦派を旗印にする風太郎は当然フイルムを装填して実弾発射してみなければ。

やっぱり似合うのはモノクローム、それに似合うのは昭和の風景という事で、昨秋の足尾に同伴させていた。

大分お高くなったトライX36枚一本勝負で。レンズは全てAisニッコール28mmF2.8。

せっかくだからトリミングなしの完全フルフレームを自分に課してみた。






 全て足尾にて  2016年11月撮影





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   古来の庚申信仰に神社の鳥居が加わり神は救い給う


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   沈殿槽は時折ゴボゴボと音を立てる







正直に言おう。メッチャ使い辛えっというのが本音。

風太郎は普段絞り優先AEを基本にしているので、マニュアルにあっても絞りは固定、SSで露出調整するのだが、

シャッターダイヤルは右手で動かすものだし(この当時の大概のカメラはそうだが)、それがやたら高い位置にあるから

いちいちレリーズボタンや巻き上げから手を離し、左手だけで不安定にカメラを支えながら動かさなければならないのが非常に苦しいのだ。

こんなはずじゃあと思ってハタと膝を打つのは、以前使っていたOM1はシャッターダイヤルがマウント部にあるのが最大の特徴だった事。

つまり左手で絞り・SSの両方を変えられた訳で、レリーズ・巻き上げを担当する右手と完全分業が可能で実に合理的だったのだ。

浮気してゴメンOM1、やっぱりキミは正しかったと再認識するところだが、F2の使い手はそれこそゴマンといるはずだからどこかに秘技はあるのだろう。

俄か使いの風太郎がどうこうは100年早いと言われそうだ。どちらかと言えばSSを固定して絞りを動かすのが「作法」なのだろうか。


それはともかく。

フルフレームで撮るというのは後のゴマカシが利かない分緊張感がある。ファインダーの隅々まで確かめて被写体と静かに対話するような。

もちろん現像代も含めワンカット40円位というとんでもないコストだから、そういう点での緊張感もあるが。








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   断熱材代わりの古新聞の日付は1986年


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   鉱山の中級社員の社宅


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   クロームメッキの蛇口だけが妙に朽ちない


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   板壁の紅葉


ashio2016年11月13~14日通洞 _12208take1b

   湧水です。ご自由にどうぞ。






やっぱりこの当時のカメラは妙に優しい昨今のそれと違い俺に合わせろ的な頑固者で、使い手に目を瞑ってもOKというような修練を要求するものでもあるのだろう。

デジタルとどちらがいいかと言えば、情緒的な評価は別としてアナログで撮るメリットはどこにあるのだろうというのが本音ではあるけれど、

ダラダラ撮り散らすのではなく、被写体ときちんと向かい合って一枚一枚を大切に撮るという原点にたまに戻る事も新鮮な体験である。

カシャンとレリーズ、グワシャッと巻き上げる感触は懐かしい。

濃厚な「昭和」がひっそり閉じ込められた路地の隅で、しばし「あの頃」に帰る時間。







ashio2016111314通洞_12206take1b
 
    「生活協同組合売店」跡


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    役目を終えた沈殿槽



  



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[ 2017/04/06 20:11 ] 写真道具 | TB(0) | CM(6)

F2で遊ぶ      積年の仇

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北海道編はまだまだ続くので、しばし休題。




先日のニコンサロンの個展の来場者。

珍しくハタチ位の若い男の子が声を掛けて来て、「カメラは何で撮ったんですかあ。」

それは聞いちゃいけない事をと思いつつ、小声で「OM1。オリンパスの。」

(ちなみに心の広いニコンサロンさんは使用機材については一切不問。聞かぬが吉というご配慮もあるのだろう。)


「へええ、OM1。みんなマニュアルで大変そうですねえ。」

「まあ別に昔は皆そうだったから・・・・」 と言いかけて兄ちゃんが首から下げたカメラを見れば・・・・・。




おいっ「バルナックライカ」かい!




カメラの趣味性というのはおよそ合理性というものに背を向けた、偏屈ジジイのように食えないところがあるものだが。

それにしても兄ちゃん、そのクラシックカメラで一体何撮ってんだろ。逆に聞きたいよって。


本題である。

ニコンF2フォトミックA。本当は本当はコレで撮りたかったのだ。1970年代の名機。

風太郎が写真を撮り始めた頃は「F3」に主役は移っていたのだが、妙にスマートに洗練されたそれと違い、

質実剛健というか、機能最優先、機械の都合に人間が合わせろ的なゴリゴリ具合がたまらん。

しかし高かった。元が高い上に割引率が他メーカーより1割は低かったと思うから、レンズ一式も含めとても手が出なかった。


積年の怨念に近いものが籠ったこのカメラも、昨今は投げ売り対象になっているのは周知の通り。これは仇を取らねばなるまい。

本当に程度のいいものは数少なくなっているのだろうが、いくつか吟味した結果、かなりイケてるんじゃないかというのをゲットする。

シャッター精度とか目で見て分からないところは不安があったのでニコンのSSで調べてもらったら、

正常ですとの結果と共に、「大事にして下さいね。」とのお言葉。露出計の精度も試し撮りして見たら実用上は問題なさそうだ。





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カメラがやたらマッチョで重たいのは昨今珍しくも無いが、それと比較すれば小さいボディなのにズシリと来る金属の密度感はこの時代のカメラならではだろう。

いかにも機械ですという感じのダイヤル類をガチガチといじり倒してこそ仇を取った事になるというものだ。

ミラーが戻った際にチーンとスプリング音が聞こえるのは興ざめではあるが、これは鳴り止めになっている内部のスポンジの劣化でやむを得ぬとの事、

しかし気になりだすときりがないので、ミラーボックスの外にあるというそれを修復すべく分解にチャレンジしたのだが、どうしても外れないビスがあって断念する。

調子に乗って壊さないようにしなければ。


( 続く )



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[ 2017/04/04 19:34 ] 写真道具 | TB(0) | CM(4)

画角の気配

蒲原鉄道 大蒲原駅ベンチの老婆2 198年 月 日 16bitAdobeRGB原版take1b

   蒲原鉄道 大蒲原   1984年





故真島満秀氏の急逝直前の書簡というのを読んでいたら。

「28mm~90mmの画角がつくる視界、それがかもし出す四季、人の気配、人の有様を新しい概念にして、心情に素直に鉄道を見る方法もなかなかの目線、一計と感じています。」

真島さんといえば超望遠レンズによる圧縮、単純化された絵作りの権化のように感じていたから意外な言葉の様に感じるけれど、

実際シリーズ物としては遺作となった「街と人 東京駅前ストーリー」は28mmのエルマリートを付けたライカ撮りだったそうだから、

氏が最後に帰りたかったのは此処だったかと感慨がある。

カメラに残された生涯のラストショットとされる1枚も神田の夜のガード下を広角で捉えたものだった。


入門書の解説ではないが28~90mmというのは人間が漫然とモノを見る視界から何かに関心を引いた時の少し狭い視界そのものであり、

いわば写真の作為を感じさせない、ごく自然な「見たままの」画角といえる。

私達のごく身近なところで息づいている人々やモノたちが醸し出す気配は、そんな人間サイズの視点のなかに宿ると言われれば素直に頷けるところがある。

しかし残念ながら昨今の鉄道は省力化に対応した標識類の乱立やら、パッチワークのように貼り込まれたポスター類やら、

絵的に見れば余計なものが多くなり過ぎた。

それらを画角の外に追いやるにはいきおい望遠系の切り取りが主体になってしまうのも忸怩たる想いではある。

不肖風太郎も最後には人間サイズの画角に帰りたいと思う。



写真はお祭りのポスターも貼られた大蒲原の夏。

朝市帰りなのか担ぎ屋のおばあさんはうたた寝してしまったようだ。

レンズはズイコー28mmF3.5。

ムラのランドマークをいまだ主張するような高い天井まで取り込んだ画角は、

草いきれに淀んだ真夏の空気や往時の賑わいの気配をも伝えて在るだろうか。







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[ 2017/02/17 20:11 ] 写真道具 | TB(0) | CM(8)

雪下駄到着

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アマゾンに注文していた「雪下駄」が年末ギリギリに届く。

昔だったら「ワカン」だがこれは踵が固定されていない「スノーシュー」だな。

昔は体力もあったし、どれだけ深いか分からない雪原に無謀な銃剣突撃の末に腰まで埋まったりしていたもの。

冬の北海道に行った時は後輩がワカン装備だったので先を歩かせて銀山の上とか登り、

その威力は実感していたのだが結局買いそびれており。まあ今更買うのもアレではあるが。

アルミ製でごく軽く、底には鋭いスパイク付き。確かにアイスバーンの上を歩いたら全くトラクションが無い訳だからスパイクは必要だよね。

本格的なものは数万円するらしいが、軽さと5千円しないお値段に惹かれて。

しかし軽い分大きさが小さいな、これで本当に「浮く」のかしら。昔とは体重も相当違うぞ。

値段相応のちゃっちい感じはしないでもなく、耐久性は全く未知数だな。まあ心配事は「実戦投入」の中で確かめるしかないね。


えっこんな下駄まで用意して何処で実戦なのかって?  それは内緒内緒。






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[ 2017/01/02 18:14 ] 写真道具 | TB(0) | CM(4)