風太郎の「D」な日々  大岡裁きだ

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目からウロコの「落合復帰情報」が出てから1週間余り。その間飛び交うリーク報道の嵐。

世紀の愚行「優勝監督落合解任」から2年、ちょろいチームに成り果てたドラゴンズを救うのはもはや落合復帰

しかあり得ないと考える風太郎にとって、身も細る日々であった。


GM       落合博満
ヘッドコーチ   森繁和
監督兼選手    谷繁元信


遂に決まったようだ。何故に「落合監督」でない、と当初怒りを覚えたのだが、詳細が分かるにつれ、これは

中日新聞の古狸、白井オーナーの稀代の大岡裁きでは、と思えて来た。

落合が総監督(GMはそういう立場と理解する)、彼が指導者として信認する谷繁を監督、盟友森繁和をヘッド

に据え、現場の落合体制を確立。反落合色の強い名古屋財界、タニマチ衆向けにはあくまで谷繁を「顔」とする

事で黙らせる。返す刀で2年前の暴挙を仕組んだ無能な反落合一味をバッサリ一掃して反乱の芽を潰すとは、

快哉を叫ばずにはいられない。ここまでマスコミを騒がせた上に、谷繁監督の「勝負所マスク」、「代打オレ」

等、見せ場も充分となれば来年のナゴヤドームは大入り間違いなしで営業的にも◎。


白井オーナー、御年85歳だそうだがよくここまで仕組んだもの。 good job!


谷繁は古田の失敗例もあり不安が無くはないが、落合がそうだったように投手の事は森ヘッドに一任、シーズン

を通した戦略、試合を離れた迷い事は落合に任せ、目の前の試合指揮とプレーに専念すれば無理はないと思う。

名将落合の下、ここは控えめに帝王学を身に付けよ。


ああ絶望の1年は無駄では無かった。ドラゴンズの明日が見えて来たぞ、嬉しいなあ。


しかしこの1週間の情報戦ときたら。

要は中日新聞内部の落合派・反落合派の内紛なのだが、当然ながら中日新聞がダンマリを決め込む中、両陣営に

よるまるで逆方向の情報リーク合戦に振り回された各新聞社はたまらんだろうなあと。

中日新聞もやられて来ただろうからお手の物かも知れないが、マスコミの世界の食えない内幕も見た気がする。


落合は類い稀な戦略思考で、勝率1厘差で優勝する1年間のストーリーボードを組み立てろ。森は「投手王国再建」

はもちろんの事、(既に行ってるらしいが)キューバあたりから(安くて)物凄い助っ人を連れて来い。

谷繁はブレイク真近な若手を今度こそホンモノに。もちろんアンタの後継者もだ。白井オーナー自ら「貧乏球団」

と言っちゃったが、貧乏球団がどう巨大戦力を倒すのか、その様を日本中に見せてくれ。


「解任」への抗議のため2年間封印していた「ナゴヤドーム」にも行かない訳にはいくまい。


ああ来春が待ち遠しくてたまらん。

 


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[ 2013/10/09 22:27 ] 風太郎の「D」な日々 | TB(0) | CM(8)

おめでとう!!!山井!!!!

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「風太郎のDな日々」はそれこそ鉄道も写真も無関係なドラゴンズ愛のカテゴリーなので、時間を浪費したくない

人は閉じるのが吉。足が痛くて外出さえ出来ないブルーな週末を覚悟していたのだが、快哉を叫びたいような事件

が起きた。暇に任せて講談調で書く。


昨夜ヤフーの「プロ野球速報」を見ていたら中日☓DeNA戦、9回裏9-0で中日リードとの事。

ウチにしては珍しいバカ勝ちじゃないの、投手は山井か、投げさせてみなきゃ分からん投手だが今日は

良さそう。と、ふとDeNAの安打数を見れば「0」になっているではないか! 大変だあと慌てて

TVを点ければ最後の打者のゴロを山井が自ら捌く映像でゲームセット。

中日ドラゴンズ山井大介投手、史上77人目のノーヒットノーラン達成の瞬間であった。


中日ファン歴40年の風太郎にとって殊更に感慨深いのは、この山井という投手、中日ファンのみならず、

日本中の世論を二分した6年前の大事件の当事者だからだ。


2007年11月1日、中日☓日本ハムの日本シリーズ第5戦。中日が3勝1敗と王手をかけ、有利ながら、

この試合を落とせば敵地札幌での決戦となり、行方は分からない。何より中日の日本一は1954年以来、

半世紀空いており、どうしても落とせない試合だった。

背水の陣の日本ハムは札幌決戦に引きずりこまんと、あのダルビッシュを押し立て必勝の構え。対する中日の

先発は山井。はっきり言えば「当てにならん」存在で、ダルとの投げ合いとは明らかに格落ちであり、開始前

からヤバイ感が充満していた。


案の定、ダルの球威は凄まじく中日打線は手も足も出ず。しかし山井も調子が良く凡打の山を築かせる。やがて

中日が平田の犠飛でやっとこさ先制し均衡を破る。僅か1点のリードながら山井の調子は衰えず7回を終えて安打

はおろか一人の走者も出していない。おいおいと俄かにざわめきが広がる。「完全試合」そのものは長い球史の中

で何度か達成されているが、日本シリーズの、しかも優勝が掛かった試合での達成は前代未聞である。


山井という投手、もともと力はあった。150㎞近い速球とえげつない曲がり方をするスライダーは調子さえよけ

れば「打てる気せえへん」と言う程の切れ味だった。年に一度だけ、神様が降臨したような快投を演じるという不

思議な習性もあったが、いかんせん好不調の波が激しく、ケガにも泣かされた。


ドラフト6位入団、常に無名だったこの雑草投手にとって、野球人生最大のチャンスが巡って来たように思われた。

8回表の日本ハムの攻撃もあっけなく3人で終わる。あと3人。スコアは1-0と全く分からない試合なのだが、

53年振りの日本一というより、球史に残る瞬間を目撃せんとするエクスタシーに本拠地ナゴヤドームは揺れた。


その時、テレビの前の風太郎も茫然となるような光景を目の当たりにする。ベンチを出た落合監督が主審に投手交

代を告げる。「ピッチャー岩瀬」。前代未聞とはこの事だ。確かに岩瀬は鉄壁のクローザーとして君臨していた

が、完全試合目前の投手を交代させるなどあり得ない。どよめきも収まらぬ中、しかし岩瀬はいつもの仕事をし

た。三者凡退。中日ドラゴンズ半世紀に及ぶ日本一の悲願はここに達成された。


騒動はその直後から始まる。晴れがましい日本一監督であるはずの落合は、猛烈な批判に晒された。もともとマス

コミ嫌いの監督だったので格好の攻撃材料にされた感がある。中日ファンでもない馬鹿な評論家は「ファンの夢を

壊した」として口を極めて非難した。「チームの勝利」を「個人の記録」より冷徹に優先させたとして、リーダー

とはいかにあるべきかという冷静な議論も広がった。落合は自身の采配について多くを語る事を好まず、「途中で

指の豆をつぶした山井が自ら降板を申し出た(これは事実らしい)」という情報が遅れて出たことも混乱を増長させた。

山井自身は「自ら降板させてもらった。ここはとても無理だと思った。悔いはない。」というコメントのみを残した。


一寸先は闇の勝負の世界の事、何が正しかったかは風太郎も分からない。ただ、はっきりしていることは落合は決

して保身に走らなかった事だ。なぜならあのまま山井を続投させ、例え負けても誰が監督を責めようか。そして替

えた岩瀬が打たれたとしたら・・・。落合はどんなリスクをも辞さぬ本当の勝負師だったと思う。


そして忘れてならないのは「岩瀬」である。完全試合目前の投手を下ろして登板する投手。点差はわずか1点。

「抑えて当たり前」はクローザーの宿命だが、マウンドで足も震える様な場面である事は誰にでも分かる。

「あの時だけは行きたくなかった。」という岩瀬の悲壮なコメントも胸に迫る。

それでも岩瀬は沈着冷静に一人のランナーも出さず、「二人で完全試合」というこれまた前代未聞な記録を残した。

心ある中日ファンは、ひっそりと目立たない「岩瀬の1イニング」を決して忘れないだろう。

山井、落合、岩瀬。3人の男達の魂を宿した一戦だった。


山井を巡る運命の糸はまだ続く。それから4年後の2011年秋。


中日はやはり日本シリーズでソフトバンクと激突する。その年の中日はシリーズ前から不穏な空気が流れていた。

反落合派の球団首脳が落合排斥を画策、優勝争いの最中に突如解任を発表。「優勝監督を解任」の事態を恐れる様

な姑息な手段に選手も反発、かえって結束した中日はその後破竹の連勝でシーズン優勝する。しかし相手となった

ソフトバンクは和田、杉内、ホールトンを擁し、最強の名を欲しいままにしており、評論家の予想で中日勝利を推

したのは一割もいなかったと思う。戦前からこれほど一方的な評価だったシリーズも前代未聞ではないか。

しかし中日は負けなかった。3勝3敗。決着は最終戦にもつれ込む。もちろん勝っても負けても8年間に及んだ

落合博満監督の公式戦最終試合である。


運命のマウンドを託されたのは果たせるかな、山井である。この年の山井もやはり「当てにならん投手」だった。

しかしこれまでの6戦で、中日は最強ソフトバンクを相手に投手を使い果たし、刀折れ矢も尽きた感があった。

仕方がないので「不本意ながら」送り出された投手というのが実情だったかもしれない。しかし4年前の記憶も

生々しい「あの山井」である。同じ日本シリーズ最終戦、そして何より因縁の落合監督の最後の試合。あまりにも

出来過ぎた舞台ではないか。年に1回だけあるはずの「神投球」はまだ出ていない。山井と落合の奇跡が起きるの

は今夜である事を、全ての中日ファンは夢見て興奮を抑えきれなかったと思う。


しかし山井は打たれた。奇跡は起きなかった。


そして昨日である。ただのノーヒットノーランとは異なる感慨があることをご理解いただけると思う。

35歳、既に野球選手としてのピークを過ぎ、通算成績33勝31敗。平凡と言えば平凡なこの投手は、

典型的な「記録より記憶を残す選手」だと思う。


山井投手には心からおめでとうと言いたい。



最後まで読んでいただいた方は恐縮です。この通り心は熱く、体は安静にしております。




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[ 2013/06/29 21:22 ] 風太郎の「D」な日々 | TB(0) | CM(6)

風太郎の「D」な日々   明けましておめでとうございます

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風太郎のドラゴンズ仲間のうちでは、シーズン最初の東京ドームの試合で

新年の挨拶を交わすのが恒例になっている。

そうなりゃ、行かない訳にもいくまい。


若手の伸び悩み、浅尾の離脱、もとよりバクチの新外国人とヤバイ感が充満

する今年のドラゴンズ。開幕しても強いんだか弱いんだか。

案の定の開幕4連勝、余裕ブチかますあの金満球団を粉砕すべくエース吉見

を押し立てるものの・・・。


結果は、まの字にけの字。コテンパンにやられましたな。(`Д´) ムキー!

セリーグに明日はあるのか。奇跡の救世主よ現れ給へ。



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[ 2013/04/06 13:51 ] 風太郎の「D」な日々 | TB(0) | CM(0)

風太郎の「D」な日々  王手! 王手! 王手!

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世の中全体はどうなのか知らないが、少なくとも中日ファンは熱狂の渦中にある今週。

風太郎は何故か夜間拘束される事が多く、球場はおろかテレビの前さえ座れない日々が続いた。

「見たいだろ、ウリウリ。」とイジメまで受ける始末だ。

しかーし。

何とか平常心を保っているのは、風太郎のポケットには今夜のチケットがちゃあんと入っているからだ。

惨憺たる下馬評のなか、巨人の左右のエースを粉砕してあれよの連勝。頃は良し。

風太郎の積年の同志と共にいざゆかん。敵は東京ドームだ。


47歳山本昌と20歳宮国、親子対決にオヤジが投げ勝ってリードを奪うも由伸に一発食って同点。

いやーな空気が漂う。疲労困憊のリリーフ陣を温存したい中日は脇役陣で繋がざるを得ず、薄氷を踏む思いで

凌ぎに凌ぐ。


延長10回、堂上兄の決勝タイムリーが出た直後には、スタンドにへたり込んだ風太郎です。

よくまあ勝ちを拾った・・・。しかし、しかし、まさかの3連勝、王手だっ!


今週はもう疲れたから明日はちゃっちゃと決めちゃいましょ (*^-゚)vィェィ♪



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[ 2012/10/19 23:53 ] 風太郎の「D」な日々 | TB(1) | CM(4)

風太郎の「D」な日々  神宮球場 砂かぶり

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  2011年8月31日


北海道紀行は一休みして、突然だが「神宮球場」に行く。もちろん中日×ヤクルト戦である。

同行したのは風太郎の中学時代の友人で昔からのヤクルトファンであり、当時から風太郎の因縁の

ライバルだったのだが、年に1回一緒に野球を見る、但しあくまで中立的なポジションでという事で、

ここバックネット裏、砂かぶりでの観戦が恒例になっている。


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ネット裏というと滅多に座れないと思うだろうが、「スターシート」という年間契約席が金券屋で

売られており、中日戦の年間契約席などガラガラだから好きな所に座れるという寸法である。

お値段は2500円とまあ、この席からすれば破格値だろう。

早々にプレーヤーとしての素質の無さを自覚して「見る側」に回った風太郎に対し、友人は大学の

準硬式野球部で投手を務めた程の本格派なので、いろいろ技術解説が聞けて楽しい。


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スタンド後方には満月が昇る。

「あの月に向かって打て!」とコーチが言えば、「アレでホームランのコツが分かりました」と応える選手もいる。

東京音頭の「ヨイヨイ!」の調子で打てという「指導」もあったらしい。野球って面白いね。


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   ブランコ、一発かましたれや!


今夜のユニフォームは復刻判で、1974年、巨人のV10を阻止し20年振りの優勝を果たした時のモノ。

風太郎は中学1年生。この時一生このチームを応援すると心に決めたのだ。いや懐かしい。


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   ドラゴンズの逆転を祝う花火。かもしれない。

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   「一球速報」の入力?

ネット裏には007のスコアラーの他に、せっせとパソコンに入力している変わった人も。

ヤフーなどでやっている「一球速報」の入力じゃないかな。一球ごとに球種・コース・球速等入力しなくちゃ

いけないから大変だ。


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  9回表荒木の一発で勝ち越すも。


接戦の末、土壇場で荒木のホームランが出て勝ちを確信するも、その裏岩瀬が打たれて結局引き分け。嗚呼。

巨人の背中がまた遠のく。さすがの風太郎も弱気の虫が。なんとかしてくれよお。



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[ 2012/09/01 09:14 ] 風太郎の「D」な日々 | TB(0) | CM(4)