30年目の「津軽」  その14    ラストショット

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  津軽鉄道  津軽飯詰   2013年1月



飯詰の中里側、暮れなずむ雪原に遠ざかるテールランプを撮る。

これが2泊3日、30年振りの津軽の旅のラストショット。


この時間まで津軽平野の真ん中に居て、今日中に東京まで帰れるのだから隔世の感がある。

五能線のほぼ完全ウヤをはじめ散々な旅のようだったが、、こうして並べて見れば結構シャッターは

押したな、と。津軽鉄道でまあまあ走る列車を撮れたのは良しとしなければ。


しかしこの鉄道の変貌振りも想像以上だった。

かつてストーブ列車は沿線の通勤通学ラッシュを担う正真正銘の生活列車で、東京ではお目にかかれ

ないリーゼント頭の高校生がヨソ者にガンを飛ばしつつ、近くの女子生徒には色目を使う様は面白か

ったし、車内に大書された「禁煙」の表示は彼らに対するものであったろう。

駅では石炭ストーブが燃え続け、それを囲む大勢の乗客の津軽弁の嵐はまるで外国に来たような印象

を与えたもの。田舎ではあっても旺盛な生活のカオスはこの小鉄道に充満していたし、風太郎をして

車両云々よりもそれこそが不思議な磁力として通い続けさせた理由だったと思う。


時は流れストーブ列車は完全に観光客のものとなった。別料金の車内で津軽美人の「アテンダント」

がスルメを焼き、訛りだけ残した分かり易い津軽弁(本物は会話不能)を喋ろうと、それはディズニー

ランドのアトラクションとなんら変わるところは無い。駅に人影は薄くなり、冷え冷えとした無人駅

の空気に触れるにつけ、押し止めようの無い時代の流れを感じずにはいられない。

懐かしい場所を訪ねて昔の思い出を、というセンチメンタルな旅の期待はかなり甘かったようだ。


今回、五能線がほぼ完全にボウズという事態を受け、その仇を取らなきゃ引っ込みがつかん、という

想いも強く来年リベンジの線もあるが、そんな現実とどう向かい合うのか、自分なりの答えも出さな

くては、という気もする。



「さらば読者よ。命あらばまた他日。元気でいこう。絶望するな。では、失敬。」

 太宰治「津軽」より  結びの一節




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津軽鉄道  ストーブ列車   1984年


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津軽鉄道   金木   1984年





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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2013/02/11 14:10 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(4)