摂津鉄道

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  「レイアウトモデリング」  -摂津鉄道の建設- より



「摂津鉄道」「蔵本村」と聞いてピンと来る人は、それだけでトシが分かるという所か。

坂本衛氏の制作による鉄道模型レイアウト「摂津鉄道」は1960年代に発表され、その後機芸出版社

の「レイアウトモデリング」に一括収録されて多くの人が知る所となった。


風太郎はもともと「模型」からこの世界に関わるようになったので、今から40年近く前の中坊時代に

これを見て感動しまくり、記事の一字一句を暗記する程読み込んだため、「レイアウトモデリング」

は背中の糊が外れて表紙背表紙も失われ、本文のみの哀れな姿ながら、いまだ本棚に収まっている。


「摂津鉄道」の素晴らしさは、まず丸く線路を敷き、真ん中を家や田畑で適当に埋める、といったプラ

レール的な発想だった当時の鉄道模型レイアウトの常識を、根本から覆した事にある。

最初に自然の形があって、そこに人が住み暮らしが営まれ、やがて鉄道が敷かれ、時と共に年輪を重ね

るという、鉄道風景が形作られるプロセスを、1/80の凝縮された世界に再現する事を初めて試みた作品

だと思う。



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またありがちな鉄橋トンネルの連続でなく、ごく平凡な農村風景にテーマを置いたことも画期的だった。

刈田のなかに佇む晩秋の村落、緩やかな地形の変化に逆らわない線路、「用の美」も感じさせる古い建

造物。それらが連続して一体化する、ある種の世界観まで感じたもの。当時としてはあまりに精緻に過ぎ

る工作だったため、六畳一間を潰す程の最終形には容易に辿り着けず、部分的に分割して制作を進める

手法も斬新だった。


中坊の風太郎にとっては「大人のみが関われる世界」に映ったし、自分もいつかは、という大人への憧れ

が詰まったような作品だったと思う。その後の写真転向で模型と距離を置くようになり、「摂津鉄道は

結局完成しなかった」という事実を知ったのも近年だが、あまりにも壮大なスケールを持つこの作品に

完成の二文字は必然ではないと思うし、むしろ完成が無いから永遠なのだと言ったら褒め過ぎだろうか。


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長々と語ったきっかけは、40年近い時を経てその「実物」を見た興奮が冷めやらないからである。

新橋駅近くの「旧新橋停車場」で7月まで開催の企画展で、摂津鉄道の一部、「蔵本村」「蔵本駅」の実物

が展示されている。会場は撮影禁止なので写真をお見せできないのが残念だが、照明を落とした会場内で

家々や駅舎、客車内に明かりを灯した「実物」を目の当たりにして感慨深いものがあった。


特筆されるのは「蔵本村」で、レールさえ敷かれていない90cm四方程度の小品なのだが、改めて全景を観

察すると、南向きの緩やかな斜面に田畑を拓き、それらに通じる農道が等高線をトレースするように伸び、

母屋や納屋を極力田畑に影を落とさないよう配置する、気の遠くなる歳月をかけた「人の手の風景」を、

模型化に必要なデフォルメも加えつつ、ここまで的確に再現した模型を他に知らない。もちろん最新の作品、

例えば宮下洋一氏の「地鉄電車」などと比べれば、その細密度や素材の違いから来るリアリティの差はある

のだが、それはゼロ戦とF15の性能の優劣を比較するようなものだろう。


既に歴史の一部となった作品の価値は、それが後世に残した遺産の総量をもって語られるべきだ。

そういう意味で「摂津鉄道」の思想が後の鉄道模型の世界に残したものは計り知れないと思う。


作者の坂本衛氏は御年80歳近く、金無く教養無くと関西人らしい自虐ネタで笑かしつつも、いまだ矍鑠と

制作を続けられているようだ。氏の「手作り主義」も凄まじい徹底ぶりで、これも伝説化している「鉄パイ

プをを輪切りにして動輪を作った」実物も展示されている。踏面とフランジを径の異なるパイプから切り出

し、真鍮板に糸ノコを入れて作ったスポークを見るだけでも行った価値があるというもの。


入場無料だし、まだ会期は長いので一見する事をお勧めする。


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  企画展パンフレットより  「蔵本村」セクション


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HPはこちら
「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2013/05/19 17:01 ] 日々雑感 | TB(0) | CM(12)