「わ鐡」を偵察   その1      時を超えて

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  わたらせ渓谷鐡道  上神梅    2014年4月



かねてより気になっていた「わたらせ渓谷鉄道」の偵察に行く。

ご存知の通り、風太郎はひとつの線区に執着する方なのだが、そこに至るまでに「偵察」を重ねて

本当に執着する程の値打ちがあるモノか、値踏みする儀式がある。


風太郎としては未だに「わ鐡」というより「足尾線」の方がしっくり来るくらいで、

実は第三セクター化されてから一度も行っておらず、国鉄時代とJR化後の印象が全てである。

特に国鉄時代は風太郎の鉄道写真の極初期、1979年の夏で、初めての泊りがけ撮影故印象が深い。

また時代の間隙というか、結果的にごく短期間だった「JR足尾線」の記録も今となっては貴重かとも思う。





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  国鉄足尾線  原向   1979年



国鉄時代は、今や蝶よ花よともてはやされているキハ20系が当たり前のようにゴロゴロ走っていて、

腕木信号にタブレット閉塞の、本格的にローカル色の濃い線区だった。

話題の上神梅駅のような渋い駅舎も当たり前だったのだが、惜しむらくは当時の写真のウデが何とも怪しく、

変な構図や不安定な露出(生意気にリバーサルなど使っている割には「露出補正」の概念が無かったと思われる)

など惨状を呈しているのだが、最新デジタルの恩恵で何とか見られる位に仕上げてみた。




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  国鉄足尾線  花輪   1979年



JRになってからは1988年に行っている。

第三セクター化の話を聞きつけて、おかしな鉄道になる前にとの駆け込みだったのは見え見えなのだが、

当時の鉄道写真に対するテンション低下はここにも表れて、やっぱり大した写真が残っていない。

JR化後わずか2年、車両や駅舎など国鉄時代のままで、JRの色が付く前に転換されてしまったと言える。




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  JR足尾線  水沼   1988年



そんな訳で、写真の対象としてどう見てもちゃんと撮り切ったとは言えないこの鉄道がナンボのものであるか、

時を超えて昔の忘れ物を取りに行くように再び訪ねてみたいと思ったのだ。

時々現れる昔の記憶のフラッシュバックにトキメキつつも、冷静に偵察する事とする。


最初に向った「上神梅駅」は、花桃や芝桜に埋もれた桃源郷のような駅だった。幸先良し。





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  わたらせ渓谷鐡道  上神梅    2014年4月






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[ 2014/05/16 20:44 ] 最近の旅 関東 | TB(0) | CM(2)