
土門拳が遺した有名な言葉に「鬼が手伝った写真」というのがある。
長年助手を務めていた人の懐古譚を最近読んで面白かったのが「鬼が手伝った現場」の話で、
奈良の聖林寺十一面観音立像がその現場。撮影用のフラッシュバルブをモノクロ用の透明なもので用意してしまい、
窮余の策として青いマジックを塗りたくって着色、ダメモトで撮ったところ、その中途半端な着色や塗りムラが不思議な
カラーバランスの崩れを呼んで、かえって神々しいばかりの写真に仕上がったとの事。
「いい写真とは写したのではなくて写ったのである。計算を踏みはずした時だけそういういい写真が出来る。ぼくはそれを鬼が手伝った写真と言っている。」
( 土門拳 「死ぬことと生きること」 より )
最後の花を散らすような桜雨の夜、小湊鉄道里見駅。
ここでのタブレット交換を撮らせてもらう。傘を小脇に抱え、真っ暗な手許の中でのレンズ交換。
写真では明るく見えるが、此処の夜は本当に暗く、細々とした蛍光灯の明かりが灯るのみ。
AFは暗過ぎて全くあてにならないから、MF撮りが原則である。
しかしこれは文字通り地獄のピント合わせが必要で、暗さに加え、開放近くの絞りからくる極薄の被写界深度との戦い。
駅員氏の肩に前照灯のラインライトが走る一瞬にフォーカス&レリーズするか、停車後外に漏れる室内灯の明かりが頼り。
ここでの写真はいつも「勝負」の実感がある。

桜の枝も入れたかったので、レンズはいつもより広めの画角で明るいプラナー50mmF1.4。
MFの手応えは確かだが開放がメロメロになるタマだから、一段絞って使うことにする。
いよいよ到着時刻が迫る。
ホームの端に立った駅員氏に撮影の許可をもらい、準備は万端である。
ところが進入してくるキハの前照灯が見える頃、異変に気付く。絞り優先AEのSSが上がらないのだ。
絞り値はf2と表示されるのに1/30ときては被写体ブレはもとより手ブレの危険も大である。
パニックを起こしつつ撮らぬ訳にもいかぬ。咄嗟に絞りを開放にし、感度を一段上げる。
それでもSSは1/90にしか上がらないが、ままよ、である。
タブレット交換はいつも通りに粛々と。そぼ降る桜雨の中、腕時計の発車時刻を確かめる合図灯の明かりが夜目にぼんやり浮かぶ。
ピント合わせはF1.4の割には妙に暗く思える ファインダーのお蔭でいよいよ地獄である。
全てが終わった後、何事かとボディに付いたレンズを見れば、それは「マイクロニッコール55mmF3.5」だった。
理屈はこうだ。
暗がりの中でレンズを間違えたのは単純すぎるミスだが、土壇場まで気付かなかったのはカメラのからくりである。
ニコンのデジイチに古ニッコールを付けて楽しまれているむきはご存知だろうが、非CPU連動のレンズを装着した場合、
実絞り値とファインダー表示の絞り値を一致させるにはあらかじめカメラに登録した使用レンズの情報を呼び出さねばならない。
プラナーと思い込んでいるのだから呼び出した情報は「50mmF1.4」、実際に付いているのは55mmF3.5なのだが、
カメラはすっかり勘違いして一段絞りならf2をファインダー表示する。しかし実際にはf5.6まで絞られているのだ。
AE機構についてはそういった勘違いに惑わされず、あくまでf5.6として動作するから必然的にSSは遅くなる訳。
このミスは以前にもやった事があるので一瞬で氷解したが、こんな切羽詰まった状況でやっちまうとは。
バカバカバカ、と自分の頭を叩かずにはいられない。
結果的にこの時撮った写真は、いい写真かどうかはともかく、この場所で撮ったうちでは結構お気に入りの一枚になった。
ピントが決まっているのは奇跡に近いが、これははからずも使う事になった「f3.5」の深い深度と無関係ではなかろうし、
理屈はよく分からないが「マイクロ」は不思議とピントの山が掴みやすいのだ。
もともとハイコントラストが特徴なので僅かな明かりを夜の闇と分離して強調してくれたし、
絞り開放でありながらシャキッとしたシャープネスは、この古レンズの実力を再認識させる。
自身が「写真の鬼」と呼ばれた土門拳が最後に鬼をあてにするとは面白いが、それはまさに鬼気迫るような被写体との対峙が、
鬼の手伝い=人智を超えた偶然をも引き出すのだろう。
巨匠の境地には遠く及ばぬ不埒な風太郎が乗じてはおこがましい限りではあるが、
はばかりながら小声で言わせてもらえば、「鬼が手伝った」と思える一枚。
ちなみに記録された撮影データは「50mm 1/90 f1.4」なのはご愛嬌。
小湊鉄道 里見 2015年4月
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