写真展メイキング⑤    陰翳

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プリント作業を進めていて改めて思うのは、昔の鉄道には陰翳があったよなあという事。

客車内が薄暗いのは床下の時代物の発電機や蓄電池が心許なく、明るい照明を灯せないくせに妙に天井が高いからだろうし、

古い駅舎の暗さも同様で、ムラのランドマークと天井が高くて広い待合室を気張る割には貧弱な灯具に頼っていたから。

その基本照明の暗さを補っていたのが「外光」で、冬より夏の過ごし易さを重視した日本家屋の伝統に倣った大きな窓は、

多くの光を取り入れるのだった。客車の広い窓も然り。


光は翳を連れて来る。

斜め上方からシャープにカットされた太陽光はレンブラントライトに近いライティングを作って、

駅の、客車の、隅に潜んだ翳の中に被写体を浮かび上がらせるのだった。

谷崎潤一郎を引き合いに出すまでも無く、陰翳を愛でるは我々のDNAの奥底に刷り込まれた美意識なのかも知れず、

遠い過去のものとなった鉄道の記憶を、その中から呼び覚ますようだ。

写真事始め時代の風太郎はご多聞に漏れずカラー撮影から始まったのだが、

意を決して途中からモノクロ主体に切り替えたのは、ポジフィルムの狭過ぎるラチチュードやカチカチの調子にあっては、

当時の鉄道が纏う光と翳の密やかな絡み合いを表現するのは不可能と悟ったからに違いなかった。


一方で翳という奴はことプリントとなるとなかなか手強い相手でもある。

ベタッと真っ黒に潰した写真の強さにも憧れるが、谷崎の言う「暗がりに浮かぶ漆器」のような繊細なシャドゥの表情も奥深く。

ともすれば眠い写真になるリスクと隣り合わせで、ごく微妙な「寸止め」にのめり込めば紙がいくらあっても足りぬが、

陰翳と対話しつつ、これを礼賛するのも写真道楽の深遠な愉しみかと再認識もする。

今まで何となくスルーしてきてしまったものに対する反省あり、新しい気付きあり、

写真を構えて人に見せるというのはある種のプレッシャーには違いないのだが、写真人生の節目としてあるべきかなあと改めて。






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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2016/07/07 21:18 ] 写真展 | TB(0) | CM(4)