北の細道   その17      帰る場所

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    知恵文   2017年2月






もう30年も昔だけれど初夏の雄信内駅を訪ねた際、待合室に置かれたノートを手に取った事がある。

その当時から「秘境駅巡り」はあったらしく旅行者のヨタ話が殆どの中にあって、珍しく地元出身の女性の書き込みがあった。

今は旭川の会社に勤めて故郷を離れたが地元の成人式に出るために帰郷したという。

果たして自分は大人になりきれているのか、此処に戻るたびにひと回り大きくなっていたいという呟きと共に、

私は雄信内が好き、此処の良さは離れてみると分かります、と閉じられているのが心に沁みた。


何故ならその当時でさえ、駅周辺はゴーストタウンさながらだったからだ。







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   雄信内駅


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   雄信内 







国道40号線を北上すればまるで西部劇に出て来る荒野の町のように時折現れる集落はあるものの、

それを外れれば荒涼とした廃墟の風景が広がっている。

一億の民の多くが第一次産業に依拠して暮らしていた時代、そして大陸や樺太からの引き揚げなど取り敢えずも食べるための土地が必要だった時代に

此処に暮らしの礎を定めたのは国家的な入植政策の過ちばかりではなく、時代が求めた止むに止まれぬ必然というものもあったように思う。

しかしその後急に過ぎた産業構造の変化は、驚く程の早さでそのささやかな暮らしの記憶を歴史の彼方へと送ってしまったようだ。

都会のように再開発など考えられぬままそこに遺棄された生活の痕跡。それは「風葬」の言葉を連想させる。








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   佐久


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   雄信内


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   雄信内






北へと伸びる鉄路の脇には、バイパスの名を借りた高規格道路が将来の高速道路化を目指して建設が進む。

そこを走る高速バスは忘れ去られたような集落に停まる事は無い。


お盆にはまた此処に帰る、その頃には雪も消え暖かくなっているでしょうと、ハタチの女性がノートに書き込んでから30年の月日が流れた。

彼女は再びこの北の細道を踏んで、あの待合室へと帰って来るのだろうか。




( 北の細道  おわり )







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   北星   






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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2017/04/20 22:03 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(4)