但馬・丹後をゆく  その1     城の崎にて

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山手線の電車に跳ね飛ばされて怪我をした、その後養生に、一人で但馬の城崎温泉に出掛けた。

背中の傷が脊椎カリエスになれば致命傷になりかねないが、そんな事はあるまいと医者に云われた。





志賀直哉の「城の崎にて」は文庫本にして8ページにも満たぬ、短編というよりエッセイに近い小編なのだが、

代表作のように言われるのは、すぐ隣にもある死の影や、それへの怖れ、生への執着といった死生観が、

遍く死を受け入れなくてはならない、誰の心にもさざ波を揺らすところがあるからだろうか。


風太郎がこの小説を読んだのは例によって高校の読書感想文の宿題故なのだが、超短編にラッキーと喜んだのもつかの間、

ある意味感想を書くにこれ程難しいものは無く。

遠い過去の宿題はともかく、やっぱりそれが書かれた土地にあれば何かが見つかるかと思い立って。


( 写真は全て城崎温泉 2017年8月 )







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tajima201708_17633城崎温泉庭園1 take1b

新井千枚田の夜明けの月 tango201708_18139take1b




自分はよく怪我の事を考えた。一つ間違えば、今頃は青山の土の下に仰向けになって寝ているところだったなど思う。

青い冷たい堅い顔をして、顔の傷も背中の傷もそのままで。祖父や母の死骸が傍らにある。




山手線に跳ね飛ばされたというのがどういう状況なのか詳細は綴られないが、限りなく死に近づいて偶然生かされたとする直哉自身の記憶。

城崎の温泉街を流れる大谿川のほとりにあって、虫や小動物の静謐な死や生への足掻きに自身のそれを重ね合せる。

どちらかといえば陰鬱に閉ざされた一編で、温泉のPRに使いたくとも使い辛いもどかしさが俗世間としてはありそうだが。





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最初石が当たったとは思わなかった。蠑螈の反らした尾が自然に静かに下りてきた。すると肘を張ったようにして傾斜に堪えて、

前へついていた両の前足の指が内へまくれ込むと、蠑螈は力なく前へのめって了った。尾は全く石についた。

もう動かない。蠑螈は死んで了った。自分は飛んだ事をしたと思った。




明晰で美しくリアリスティックな情景描写が志賀文学の真骨頂とされる。

生や死の生々しい手触りはそこに宿るのかもしれないし、死を身近にした彼の静かに澄んだ観察眼が、ここ城崎での日々に凝縮されたとも。

しかし彼はくどくどと説明的な文章を嫌ったし、ごく短いセンテンスでの表現に拘り、それが彼の文章との格闘でもあったという。


それは何処か写真に通じる気がする。





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直哉が城崎に三週間滞在したのは大正六年頃。

100年の昔に温泉街も様変わりと思っていたのだが、古地図と見比べれば大谿川を挟んだ二本の道筋は全く当時のままだった。

小説に描かれた施設の位置関係も見事に符合する。多分彼が歩き、細やかな命を凝視した同じ道を辿る。







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という事で、但馬・丹後方面、鉄分極薄の記事が延々と続きます。






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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2017/08/24 21:23 ] 最近の旅 西日本 | TB(0) | CM(4)