但馬・丹後をゆく  その5     鉄の墓標

tajima201708_17794餘部鉄橋1 take1b

   兵庫県 香美町 餘部   2017年8月






鉄橋本体はもとより、プレートガーターに大書された「山陰本線 余部橋りょう」に威厳があったなあと思い起こさせる。

分厚く塗り重ねられたペンキとそれをも侵食する錆のモニュメントは、こうして真近に見れば生々しく。

それは大自然と人間達の100年にわたる鬩ぎあいの墓標でもある。







tajima201708_17790餘部鉄橋2 take1b






一部のみ残された鉄橋は「空の駅」として観光地化され、脇にエレベーターまで設置する工事が進行中。

鉄橋の完成から50年も駅が無く、高さ40mの強風下の鉄橋を徒歩で渡り、更にトンネルをいくつも越えて鎧駅まで歩いた時代、

駅設置の悲願が叶えば、地元の小学生まで急坂に基礎石を運び上げて工事を手伝ったという逸話が、まるでおとぎ話のような。






tajima201708_17789餘部鉄橋3 take1b






鉄橋下の集落を歩く。

微かなデジャビュを感じて撮った写真は、後に見比べればまさに30年近く前のその場所である。

第一パンの何でも屋は閉じられてから何年の月日を重ねたのだろう。

生々流転の「鉄橋の村」である。







tajima201708_17788餘部鉄橋下1b


山陰本線 餘部の町1 1990年7月 16bitAdobeRGB原版take1b

     1990年





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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2017/09/01 20:03 ] 最近の旅 西日本 | TB(0) | CM(6)