野辺の祈り

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   津軽鉄道 深郷田   1980年






津軽半島の歴史は地元の言葉で「けがず」と呼ばれる飢饉の系譜でもある。

豊臣家滅亡から昭和初期までの330年間に60回の凶作、中には3年連続もあったと聞けばその酸鼻を極めた飢えの歴史は想像に余りある。

明治期に入り日本鉄道が現在の東北本線を開通させればこれで東北から餓死が無くなるとされ、

結局飢饉というのは気候風土はもとより輸送インフラの未整備が生み出すものでもあるけれど、

ひとつの解決はまた別の問題、「貨幣経済下の格差」を拡大させるものでもあり。

昭和9年10年と連続した凶作と農村の困窮は2.26事件の背景のひとつでもあったろうし、そんな歴史のうねりにも繋がっている。


津軽の地の底に流れる、死の匂い。

篤い地蔵信仰は此処に斃れた幾多の魂を癒すものでもあれば、当たり前に平穏な日々が続く事への祈りでもあったろう。


津軽鉄道沿線にも素朴な野辺の祠が目立った。

この年の津軽地方も寒い夏が続いた後、9月に入っても稲に実りが僅かしか結ばれていないのが分かった。

ちょうど開業50周年を迎えていた津軽鉄道は様々な記念行事を予定していたものの、地元の意気消沈を慮って自粛していると聞いた。





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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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