秋冷の来てをり 只見線  その5    三更集落

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   福島県 金山町 三更集落 (廃村)    2017年9月







朝夕を除けば運行が極めて疎らというかほとんど走らないは現代ローカル線の抗えぬ現実であり。

しかしせっかく与えられた時間に線路際を離れてみるのも味わいだろうとは、あながち負け惜しみでもあるまい。

早戸温泉から只見川を挟んだ対岸にひっそり佇む廃村の跡、「三更集落」を訪ねてみる。







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三更集落の歴史は遠く江戸時代まで遡るという。

川辺の傾斜地で田畑に乏しくどんな方法で糧を得ていたのか定かで無いが、只見川からの幸もあったのだろうか。

最後は10戸あったとされる集落は300年の歴史を重ね、昭和30年代まで続いた。

只見線は開通したが早戸駅は橋も無い対岸であり、さらに冬季は通じる道路すら閉鎖されるため完全に孤立する集落でもあった。

各戸で一艘ずつ持っていたという手漕ぎの和船が唯一の外界との繋がりという、信じられないような生活がその頃実在していたのである。

通学の小学生でさえ、朝霧のなか艪を操って只見川を渡ったという。集落の目の前の峡谷は誰が名付けたか「霧幻峡」。

そのささやかな安寧にあった生活が突如破られたのは、裏山に掘られた硫黄採掘坑道の大崩壊。昭和39年の事である。

以前から危険が指摘されていたため人的な被害は無かったが、もはや此処は住めない土地となり、全戸が下流側に移転、

三更集落はその痕跡を現在に留めるばかりである。





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人の息するところに神仏あり。

苔むして今に残るは神社とお堂、ムラの入口のお地蔵様、そして一戸だけ残された家が全てである。

山と川、大自然の只中にあって、つましく逞しく、此処に生まれ此処に死んだ300年分の息遣いに耳を澄ます。





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廃村の割に全てが自然に還らないのは、移転したかつての住民が保全を続けているため。

当時の渡し舟を復活させ、手慣れた艪さばきで早戸温泉の観光客相手の村おこしに取り組んでいるという。






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[ 2017/10/14 20:30 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(4)