怪しい模型のお部屋  根室拓殖の銀龍号 ( 1/87 9mmナロー )

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お屠蘇ネタはまだ続く。


1990年代以降、撮りたいものも無くなったという事で「本物の写真」は引退したものの、その後の20年に及ぶブランクにあっては、

模型の世界に救いを求めていたというか、見る事も叶わなかった昭和20~40年代の香りをそこに味わっていた。

もちろん風太郎の事であるから、ブルートレインとか国鉄制式蒸気とかメジャーな模型であろうはずもなく、

時代のアダ花のような怪し過ぎるネタに執着していたものだ。

最近でこそ老眼の進行が苦しくほとんど手がつかないばかりか、積み上がった未完成キットを溶かして墓石にするとツレに言われているが、

これもまた風太郎の結構重要なヒストリーであるので、「怪しい模型のお部屋」として時折語りたいと思う。



鉄道車両史に残るであろう珍車・奇車である。

根室から納沙布岬に向けて荒涼とした浜辺をとぼとぼと辿っていたこの車両は、長く伸びたボンネットに6気筒のガソリンエンジンを納め、

トラック然としたキャブに対して何ともアンバランスな木造小屋の如き「客室」が目を引いた。

もともと1949年に「貨物車」として誕生し、1953年に旅客用に改造されてこの奇怪な姿になったとされるが、

特筆すべきはキャブがジュラルミン製という点であろう。周知の通り航空機用の素材でその当時鉄道車両に使った事例は聞いた事が無い。

札幌の町工場が手作りしたというそれは戦後の資材難の中、残された軍用機用の資材を流用したのではないかと想像している。

木製の客室はこの当時の北海道の簡易鉄道車両に散見される「地元の大工が槌を振るって作った」可能性もある。

ジュラルミンは腐食の心配が無いから銀地そのままの無塗装で、ついでに客室部分も銀色に塗って「銀龍号」というまた大袈裟な名前が付けられた。

戦後復興が常に後回しにされた北海道の僻地にあってともかくも生活の足を確保すべく、半ば手作りした鉄道車両に宿る開拓者魂も見る気がする。






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前口上はさておき、いかがわしい車両が大好きな風太郎としては、モデルワーゲンから発売されたキットには狂喜したのだが、

中古キットを買い叩いて着手したのはもう10年位前。しかしよく吟味すれば結構致命的な欠陥もある事が分かった。

後ろに背負った客室部分は材質の違いはもとより後付けであるからキャブとは完全にセパレートされているのだが、

キットでは一体化されてしまっている。これはイカン。

キャブ後端の妻板を真鍮板から切り出してハンダ付け、裏側にもたっぷりハンダを盛った上でヤスリを使って端部のRを付ける。

これでセパレート化は無事完了。その他は素組みながら客室後端に括り付けられたバンパー代わり?の枕木も再現。

こんな土臭い車両が小奇麗な訳が無いからウェザリングもコッテリだ。






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上の写真を見て、あー下手糞、キャブと客室のセンターがズレてやんのと思った人! 「実物がそうなっている」のだ。

客室部分がセンターから大きくズレているのは当時の複数の写真で確認できるが原因は不明。

もともと建付けが悪く、長年の振動とかでズレてしまったという説が有力で、どこまでも奇怪な御姿、しかしこれがホントの「銀龍号」だ。






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展示台代わりに荒涼とした浜辺の芦原をイメージしたセクションも作る。後ろに従えるは人まで乗せた貨車。

これは湯口徹さんが撮った有名な写真へのオマージュという、メーカーの粋な計らい。「大工の源さん」とかあだ名まで付いているようだ。

窓はハメ殺しだったそうだから夏など貨車に乗るのがむしろ特等席だったかも知れぬ。

夢でもいいからこんな貨車に揺られて北辺を旅してみたいものだ。


以下余談。

もう大分昔だが風の噂に「銀龍号発掘計画」なる仰天企画を聞いたことがある。

根室拓殖鉄道は1959年に廃止、銀龍号はダルマにされた上で沿線の某小学校前のバス停に流用されたのだが、

それも客室部分が朽ち果て、最後はその小学校の校庭に埋設処分された。

埋設場所については多くの証言がありほぼ特定されている他、材質がジュラルミンである事から地中でも腐食の心配が無く、

「発掘」して客室や下回りを新造すれば往時の銀龍号が復活するという、ロマンに満ちた企画。

資金のクラウドファンディングでもあれば風太郎も一枚乗るところだが、その後を聞かないのはとん挫したのかと。

戦後間もない混乱期に生まれたキテレツ車両の香りは、今も模型で偲ぶばかりである。






HPはこちら  
「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2018/01/04 20:46 ] 怪しい模型のお部屋 | TB(0) | CM(10)