絵コンテで、カット割り。

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  いすみ鉄道 西畑  2019年







ひょんな事から映画撮影におけるカット割りの台本ともいえる「絵コンテ」を手にする機会があって。

たかが絵コンテでは無く、結構な絵心が無ければこういうものは描けないよなあという感想と共に、

あらかじめイメージされた「絵」に合わせて映像を作り繋いでゆく、映画製作のプロセスを垣間見るものでもあり。








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  小湊鉄道 里見  2013年






以前個展会場で 「あなたの写真は映画のカット割りのように見える。 意識しているのか?」 と問われた事もあれば、

ブログの写真も撮影地に立った最初の時点で全体の絵コンテが出来てるでしょ、と言われることもある。

それが褒め言葉なのか否なのかはともかくとして。







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  札沼線 豊ヶ岡  2017年  






昔からこの世界には 「組写真」 という表現手法がある。

所詮一瞬の時間と画角という空間の切り取りでしかない写真が持つある種の限界に、

複数の時間と空間という補足を与えてイメージの拡がりを作るというのも、実は「絵コンテ・カット割り」 の一種とも思える。

その 「組写真」 もそこにどんなスケールの世界観を内包させるかは、作者の漠としたイマジネーションの在りようだから複雑だ。







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  わたらせ渓谷鉄道 上神梅  2016年
 






秒を数えて走り続ける列車、刻々と変化する大自然、駅に車内にそれぞれの時間を生きる人々。

全ての鉄道の写真はその刹那の邂逅を捉えたドキュメンタリーなんだと思う。

正直なところ絵コンテもカット割りも意識していると言えばしているけれど、

ほぼ全てが虚構として用意できる映画と違って、ドキュメンタリーフォトは被写体あっての出たとこ勝負だから、

計算づくにも限りがあるものだ。








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  予土線 土佐昭和  2016年   







あるワンカットが全てを語り尽くすような写真に対する憧れはあれど、

脈絡がありやなしやの一枚一枚を撮り続ける写真がいつしか互いに結びついて、

少しづつ何らかの世界観を宿してゆくならそれも悪くない。


おぼろげな絵コンテを描きつつ、こりゃあダメだと描き直しを繰り返しつつ、予定調和を超えたハプニングに一喜一憂。

少なくとも二度とは戻らない瞬間との出会いに心躍る旅はまだ続きそうである。








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  島原鉄道 大三東  2016年





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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2019/07/31 19:30 ] 日々雑感 | TB(0) | CM(6)