ヤンゴン環状線の駅員 2019年8月
注釈を付けなければ分からないだろうが、これは駅員さんである。
上着はミャンマー国鉄の制服なのだが下は伝統の腰巻=ロンジーで、まあ一般人と見分けは難しい。
鉄道員と言えば軍隊や警察に準じて公務員中の公務員という位置付けであるし、
東南アジアの鉄道でもきっちり上下の制服で固めている国はいくらでもある訳で、
何というかミャンマー鉄道のユルさが伝わって来る。
しかし制服文化は官僚文化にも通じるもので、きっちりすればするほど上から目線の傲慢さに繋がるのも事実。
その点においてミャンマーの鉄道員は実に親切である。
怪しい英語同士のやり取りだったりするが、面倒臭がる事もなく時に事務所まで招き入れて、ちゃんと分かるまで教えてくれる。
じゃあ記念に一枚、と頼んだら一発で穏やかな表情を決めてくれた。
かつて日本のローカル線の小駅にひっそり座っていた、老委託駅員の照れた笑顔を思い出す。

「DD」「DF」の意味は日本と同じ。次に来る数字は出力を表す。
「12」は1200PSでDE10位に相当する。 そう思えば親しみも湧くでしょ。
もっとも本線上のDLはほぼ全部電気式とか。
日本から渡ったDD51も在籍しているようだが、複雑な液体変速機が手に負えず放置状態らしく。 残念。

托鉢を小休止の小僧さん。
物心も付かないような小さな子供もいて驚くが、敬虔な仏教信仰国のミャンマーでは一生に一度は出家するのがならわしだとも聞く。
2~3ヶ月程度の超短期、「なんちゃって出家」でも可、という事だから禊を済ませるようなところもあるのかもしれない。
でも同年代の子供に比べて遥かに大人びて見えるのは、やはり纏った僧衣の力なのだろうか。

時折スコールがやって来てトタン屋根を打つ。
キハ40の冷房装置は全て取り外されているのがよく分かる。
蒸し暑いさなか、エアコン大好きはミャンマー人も同じなのだが、建築限界に引っかかるともメンテ不能だからとも。


ほぼ丸一日滞在したヤンゴンを後にして、国内線のターボプロップ機で今回の本命、マンダレイに向かう。
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