テセウスの気動車

鹿島鉄道 桃浦キハ7151 1981年11月日 16bitAdobeRGB原版 take1b4

   鹿島鉄道 桃浦  1981年







「戦功誉れ高いテセウスの船は全体に及ぶ老朽部品を全て交換し蘇った。 しかしここでひとつの疑問が生じる。 これは果たしてテセウスの船なのか?」

先日までやっていたTBS日曜劇場の 「テセウスの船」 は結構楽しませてもらったが、

アリストテレスまで眉間に皴を寄せて論じたらしい古典的パラドックスとストーリーをうまく絡ませたなー、と感心しきり。


写真は霞ケ浦のほとりを行く「キハ715」。 元夕張鉄道の「キハ254」 である。

前面こそありがちな湘南顔だが、側面にずらりと並んだ小窓はキハ05辺りの影響があるのか異彩を放っていた。

竣工は1956年というから液体式気動車の嚆矢で、しかも国鉄でさえ躊躇した「厳寒期の北海道に液体式」を敢行した歴史的車両でもある。

当時の炭鉱鉄道の財力と先進性を窺わせるが、閉山廃線の波に飲まれ1976年に関東鉄道(後の鹿島鉄道)に譲渡される。

茨城交通然り、炭鉱鉄道からの流れ者は皆茨城県に集結したのである。


暫くはそのまま走っていたようだが、炭鉱全盛期の旅客輸送を一手に引き受けた車両は酷使に疲弊していたのだろう、

関東鉄道は1978年に全面補修に着手する。

それも半端なものではなく、外板全体の張り替えと乗務員扉の新設等々、元のままは屋根と下回りだけという徹底ぶりだ。

車両の骨格という制約はあったのかもしれないが、どうせ張り替えなら全面的にデザイン変更も出来たはずなのに、

何とも律儀な事に関東鉄道はほぼ元のキハ254そのままに復元した。 特徴的な側面小窓もそのままだ。


もうお分かりだろう。 「ここでひとつの疑問が生じる。 これは夕張鉄道キハ254なのか?」 。

台車はキハ07と同じ古めかしい菱形台車なのだが、まさか戦前の気動車のそれと交換したという事はあるまいからオリジナルだ。

機関は定期的な部品交換はあったのだろうが矍鑠としたもの、台枠にははっきり「夕張鉄道」の刻印があったという証言もある。

さてこの「テセウスの気動車」パラドックスをあなたはどう解くや。


どう解くにせよパラドックスを成立させたのは、20年使い古された車両を大手術で蘇らせた当時の関東鉄道の泥臭い「ぽっぽや」ぶりだろう。

さすがは東の気動車王国とも讃えられようが、昔の鉄道は皆、補修に補修を重ねて老いた車両を見捨てなかった。

昔の鉄道の味わいとは、無数の人の手の折り重なりが鉄の肌に沁み込んだ、その温もりなのだ。


「テセウスの気動車」はその後15年間にわたり霞ケ浦のほとりを走り続け、その役目を終えた。






HPはこちら  

「風太郎の1980年田舎列車の旅」

Copyright © 2020 風太郎のPな日々 All rights reserved


「ブログ村」に参加しました。ご訪問の際はポチしていただけると励みになります!
 ↓
にほんブログ村 鉄道ブログ ローカル線へ
にほんブログ村
スポンサーサイト