ああアサヒカメラ

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「アサヒカメラ」誌が今月発売の7月号をもって休刊との事。

ニコンサロン大縮小に続く突然かつ衝撃のニュースだ。


最近毎年のように「撮り鉄特集」が組まれるのは、風太郎が言うのもなんだがちょっと苦々しくさえ思っていた。

「撮り鉄」が今や馬鹿にならない写真マーケットであることは承知しているが、写真雑誌の「保守本流」たるアサヒカメラにあっては

そういうブームに媚びて欲しくないなあという想いもあったのだ。

それでも買っちゃうんだから世話は無いし、それが売れる企画だからだよ、売れてナンボだろよという事情通の言も聞けば、

この世界も気位だけでは生き残れない状況になっていると痛感せざるを得なかった。

主たる読者の高齢化はボディブローのように効いたのだろう。 また広告出稿の減少が痛かったとも聞く。

今後は朝日新聞社系のWEB配信で写真・カメラ情報の発信は継続するとの事だが。


創刊94周年というそれこそカメラの黎明期から写真文化を牽引してきたと思えば、またひとつ時代が終わる感は否めない。

アサヒカメラの口絵を飾る写真家になる事が多くの若手の目標であったなら、その高みを失ったという事でもある。

長年にわたる人気企画の「新製品診断室」も、そういう情報をメディアが独占してきた時代は終わり、

ネットクチコミを始めとするユーザー評論家が結構信用されている時代に、その存在意義は一気に縮小したという事だろう。







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広告と言えば大手メーカーのカラー広告はともかく、有象無象の中古カメラ屋によるモノクロ広告もごっそり減ったな。

昔は楽しみだった。 米粒のような文字を老眼鏡無しで拾えたのも若さゆえだったろう。 (立ち読みで数字を頭に叩き込んで帰るというのも含め)

大体中古カメラ屋の店頭など日々変動しており、広告の品など残っている訳が無いのだが、それでも「相場観」の把握には役に立ったし。

相場と言えば「カメラ買取名人」なる相場師の顔入り大広告も懐かしい。

希望価格を申告して店主の腹にある値段と一致したら1万円などという、怪しげな「ピタリ賞」なんぞ現実にはやっていないし、

一見さんに対してはあまりに高飛車な態度に、こんな店二度と来るもんかい、と大喧嘩もしたな。

あんな商売が成立したのも「古き良き時代」だったのだろう。 その広告も消えたようだ。


高尚な写真芸術論から機材のメカニック、いかがわしさも含んだ商売まで、広範なカメラワールドを詰め込んで歴史を刻んだ雑誌だった。

コロナ騒動は直接の原因では無いにせよ、これまで何とか堰き止められていた変化の潮流を、それが一気に決壊させた気がする。

何かが生まれるためには滅びも必要なのだろうとは思う。 でも写真という心に訴えるメディアを粗雑なデジタル消費の具にはしてくれるなと願う。




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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2020/06/09 20:28 ] 日々雑感 | TB(0) | CM(0)