走るカラオケ

島原鉄道 夏 キハ4500 1980年8月 AdobeRGB 16bit take1b

  島原鉄道 撮影地不明  1982年






さあ走る三密、クラスター列車のお出ましです。

この当時だってコロナより余程死亡率が高いインフルエンザとかは普通に存在してたんだし。

生物学的免疫よりも心の免疫の方が余程時間が掛かるんだろうな。


コロナが無くても経済的に疲弊していた島原鉄道は、まだ大きく普及する前のカラオケ+ビヤホールに目を付けた。

普通の車両を臨時に仕立てるカラオケ列車は他にも在ったかも知れないが、

専用車両を造ってしまう所に並みならぬ経営判断が伺える。

夕方から夜にかけて飲めや歌えやの単行列車が有明海の海辺を往復したらしい。

しかし風太郎が同鉄道で一番好きだった湘南顔のキハ4500の成れの果てと思えば悲しくもあった。


無論乗っていない。そんな無駄金は無いというより、当時「カラオケ」はいい親父がスナックの止まり木で演歌を唸るものであって、

若いモンが唄うようなものでは無かったのだ。 カラオケボックスで育った世代には信じ難いだろうが。

会社に入っても演歌以外は唄ってはいけないという不文律があると聞いていたから「津軽海峡冬景色」とか唄っていた。

いずれにしても遠い昔の日々。 島原鉄道カラオケ列車は短命に終わったと聞く。






HPはこちら  

「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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