奥会津 稲穂の香り  その6      日中線記念館

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   日中線記念館 (旧日中線熱塩駅跡)     2015年9月






旧日中線の終着、熱塩駅は「日中線記念館」として保存されている。

若い女子なら「可愛い!」との評があるかもしれないし、最近のチープな観光駅舎にありそうな感じでもあるが、

約80年前、開通当時からここに建つ駅舎である。

こんな田舎にいわゆる国鉄標準駅舎では無く、よくこれほど瀟洒なデザインの駅舎を建てたものと素直に驚くべきだろう。







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保存にあたり建築の先生が詳細に調査したところ、この建物は旧来の尺貫法では無く、

メートルを基準単位とする、いわゆるメーターモジュールで設計されている事が判明したらしい。

本格的な洋館建築であり、昭和初期のそれ、特に駅舎としては極めて貴重なものとの事。

設計はともかく実際に槌を振るったのは地元の大工だったろうし、さぞや戸惑った事だろう。




しかし負けずに戸惑うのは、かつてここに本当に列車が通っていた当時の廃墟ぶりを知る者である。







日中線 熱塩駅のホーム8 1984年2月 日 16bitAdobeRGB原版 take1b

   日中線  熱塩      1984年


日中線 夏の熱塩1 1979年8月日 16bitAdobeRGB原版take1b

   1979年


日中線 熱塩 老婆と孫1 1981年9月日 16bitAdobeRGB原版 take1b

   1981年


日中線 熱塩 冬 ストップ標識 198年月  AdobeRGB 16bit 原版 take1b

   1984年





1日3往復はやる気の無さに溢れた設定で、打ち捨てられたような駅舎は廃墟そのものだった。

無人駅に似合わぬ瀟洒な面影が残る大規模な建物だけに、むしろ余計に得体の知れない「お化け屋敷」感があった。

出札口はベニヤ板で塞がれ、トイレなど物の怪が潜んでいそうで絶対入る気がしなかった。

でもどこか惹かれる駅だった。1979年以来、7~8回の訪問。よくまあ繰り返し行ったもの。


線路で撮っているなどと不粋を言うなかれ。

朝の列車が行ったら夕方まで列車が来ない構内は、レールに腰を下ろした地元の子供達の遊び場だった。

廃墟のようでも現代のローカル線より余程利用客の影は濃かったように思う。

暗くなると温かみのある白熱電球がホームに灯り、それは今を生きている大切な故郷の駅である事を主張するように見えた。

雪に塗れてそれを追った身からすれば、こうして眺めるレールの無い風景は、どこか不思議な夢の中のようにも思えるけれど。


下の写真は待合室だが、当時を知る人は目を疑うのでは。

やはり板で塞がれ、内部を見る事さえままならなかった場所である。

見よこの端正な造りを。高い天井と共に、ティータイムでも始めたくなるような洋館の応接間さえ連想させる。

雪国にも関わらずフルオープンな玄関はちょっと奇異に感じていたのだが、こんな奥の間があったのだ。







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ホーム上まで伸びた大屋根を支える柱から伸びた「片づえ」は優雅なカーブを描く。

この駅が出来た昭和13年といえば、この国が既に泥沼の戦争の時代に突入していた頃。

そんな世相にあって、田舎の片隅に意匠を凝らした駅舎を構想した建築家はその名さえ伝わっていないが、

数十年後に誰もが驚くなら、それは時空を超えたロマンチストの勝利とされるべきだろう。

開業当時、この駅には駅長以下8人もの駅員が居たという。

温泉客やら最寄りの古刹の参拝客やら、出札口からは往時のざわめきが聞えるようだ。







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今宵は熱塩温泉に泊まる。

「ごらんなさい。今朝はそこの山まで雪が来ましたよ。」

で始まるのは、廣田尚敬氏が「山渓カラーガイド 日本の鉄道」でしたためた「湯が塩辛い」熱塩温泉の名文。

やっぱり日中線といえば熱塩温泉だ。






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宿は「叶屋旅館」。ここでなきゃいかんのだ。

どうしても拘ったのは、風太郎17歳の夏、初めての一人旅で泊まったのがここだから。

高校生の分際で温泉旅館とは生意気なものだが、本当は寝袋持参で熱塩駅で駅寝するつもりが、

闇に包まれるにつれあまりの不気味さに恐れをなし、藁をも掴むように逃げ込んだというのが真相。

出てきた女将に「なるべく安く。」と正直に頼んだら、「5000円。」とのお値段を今でも覚えている。

2食付だから当時としても相当な激安価格で、余程哀れに見えたに違いない。

最初で最後というか、温泉旅館に泊まるような贅沢はその後ついぞ無かったが、

ちょっと舐めてみた湯船のお湯は確かに塩辛く、人生初めてといえる旅の実感が湧き上がったもの。

何はともあれ、風太郎の昔の旅はここから始まったのだ。


代替わりしたのか若い女将に昔の話をしてこの旅館も変わったのかと聞いたら、

増築はしましたが今日お泊りの部屋は昔からありますし、お風呂も変わりませんよ、との事。

太古の海水が閉じ込められたという湯は、変わらぬ塩辛さ。

36年前の自分はここで何を考え何をしたかったのか、物想いに耽るうち、熱い湯は体の芯まで沁み通ってゆく。





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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2015/09/30 20:10 ] 最近の旅 東北 | TB(0) | CM(6)

人夫々の原風景と原点

風太郎さまの日中線への思いを込めたような、力のこもった記事ですね。
雪の画は1984年。廃線前の最後の見納めの雪景色ですか。悲しい春はすぐそこまで来ています。
おっしゃる通り、ここも恐ろしくボロボロの駅でした。再生された記念館には目を見張ります。
駅の周りも明るくすっきりした感じになってしまい、あの頃の何か虚ろな感じがありません。
意味不明にデカい駅名標。この駅に初めて降りた時、無事帰れるかと心配になったくらいでした。
熱塩駅の画は単発ではたまに見かけますが、それほどまでには気に掛けることはありませんでした。
これだけ今昔取り纏めて臨場感をもって迫ってくると、何か熱いものがグッとこみ上げてきます。
これが、風太郎さまの「センチメンタルジャーニー」だったんですね。堪能させていただきました。
[ 2015/09/30 22:09 ] [ 編集 ]

時を重ねて


こあらまさま

だらだらと長い記事にお付き合いいただきまして有難うございます。

熱塩は昔の思い出もさることながら、修復され蘇った今を見ればまるで別物を見るような驚きがあります。
いにしえのロマンに触れるようでなかなかに味わい深いですよ。
30数年の時を隔てて二度おいしい思いをしています。
あまりに駅が廃墟過ぎてと敬遠する仲間もいましたが、
風太郎的にはまさに「KING OF ローカル線」として、心の故郷だったのかも知れません。
廃止直前、お祭りの狂騒など見たくないとひと月前に別れを告げたのですが、
これが最後と終列車のデッキから見た、雪煙に消える終端標識の灯りは、今も瞼に焼き付いております。
廃止日は1984年3月31日、その翌日が風太郎のサラリーマン人生スタートの日で、何かひとつの時代の終わりを感じたものです。

だんだん湿っぽくなりました。
何はともあれそんな別れの記憶を留めた土地があるのも、また良き哉と思える今日この頃です。
[ 2015/09/30 23:07 ] [ 編集 ]

熱塩駅

風太郎さま

さすが抜かりなくここへも足を延ばしていたのですね。
行ってみたいと思いつつも遥か遠くに住んでいた電関人には
あまりの閑散ローカル線につき、ついぞ現役時代にはたどり着けず
まさに終焉の年の夏でした。
思い起こせば、最初に購入した「旅と鉄道」誌の一特が蒸機時代の日中線記事。
それから10年そこそこで廃線になったんですね。
綺麗に硝子を入れなおされた出札口の一枚が本当に饒舌に昔を語ってくれそうです。
[ 2015/10/01 12:49 ] [ 編集 ]

会津の異界


狂電関人さま

風太郎も中学生の頃、初めて買った「鉄道ジャーナル」の巻頭グラフが熱塩駅でした。
その写真にやられまくって以来、いつかはというエネルギーの源泉だったような気がします。
会津加納の貨物扱いがあったので混合列車スタイルだったのでしょうが、
それがとうに無くなった後も気動車化されなかったのは不思議でしたし、
61系客車が夏草の中をゆらゆらやって来るのは、現実離れしたような「異界」でしたね。

[ 2015/10/01 20:01 ] [ 編集 ]

少年の心

こんばんは。

日中線記念館にも行かれたのですね。
昔のお写真との対比の妙もさることながら、
旅館のお話に遠き昔の自分に置き換えたりしました。
旅っていいですね・・・ 甘酸っぱい思い出ですかね。

あれから30年、お互いこれからも旅の空を見続けましょう!
少年の心を持って(笑)
[ 2015/10/01 22:51 ] [ 編集 ]

夢の旅路


いぬばしりさま

若さに任せたハチャメチャな旅談義は巷に溢れて、風太郎のそれなんぞは可愛いものと思いますが、
カネは無くとも時間だけは無限にあったような日々を、想いを込めた旅に費やせたことは、
人生の宝物のように思えます。
あの無限の様な時間があればまた夢を見られるような気もしますが、それはもう少し先でしょうね。
今見れる夢を追いましょうかね。しばらくは。

[ 2015/10/01 23:29 ] [ 編集 ]

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