旅のたまゆら   序の三十一

鹿児島交通 干河5 198208 take1b

    鹿児島交通  干河     1982年








キミがこの駅の主という事は知っちゃあいるんだ。

やっと辿り着いた駅でひと息つきたいだけ。

だからちょっとだけ、ね。










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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2015/11/19 21:21 ] 旅のたまゆら | TB(0) | CM(8)

モノクロームの記憶

この「旅のたまゆら」シリーズは、いつも大変興味深く拝見させてもらっています。
粒状感のあるモノクローム画が、過ぎ去った記憶の片鱗のように輝いています。まさに玉響です。
いくら撮り散らかしたからって、数枚はあっても、凡人にはそうそう粒を揃えることはできないものです。
それに、「たまゆら」なんて言葉をよく思いつかれましたね。こちらにも感心しています。
これからも、このシリーズ、楽しみにしています。
偶には、Fシリーズでも出してきて、モノクロなんて考えますが、いつも考えるだけで終わっています。

2015/11/20 koa5464
[ 2015/11/20 01:39 ] [ 編集 ]

鹿交

風太郎さま

周囲の植生といい、ストラクチャーの朽ち方といい
なんとも東南アジアの異国の鉄道を想起してしまいます。

寝て一挙に通過してしまった後悔の山。
[ 2015/11/20 14:13 ] [ 編集 ]

たまゆら


こあらまさま

クルマという便利なものを手に入れた今は、機動力がある分ガツガツ欲張りすぎ「貧乏暇なし」状態ですが、
日に数本の列車を降りたら徒歩圏内で撮るより仕方が無かったこの頃、今よりずっと余裕があったような気がしますね。
飽きる程あった時間、鉄道車両以外にカメラを向ける事も多かったのですが、仲間内では「一体何を撮ってるの」という反応でしたし、
銀塩時代の面倒なプリントもする気にならず、いつしかネガの片隅に眠るばかりの写真多数でした。
「旅のたまゆら」はある意味、ゴミ箱から救出した写真ばかりというところです。
でもそれが心の琴線に触れるまでに必要な時間というものもあったのかも知れません。

この頃は鉄道の写真はむしろ二次的な目的で、本当はただ旅がしたかっただけなのかもと思えます。
都会育ちでいろいろな意味で幼かった自分にとって、この国の片隅に根を下ろした様々な人生を垣間見る事は心揺れる体験でしたし、
偶然目にした「たまゆら」という古語からは、そんな風がそよぐような旅の記憶に繋がる響きを感じたのです。

若さゆえのナルシシズムの塊のようにも見える写真に何かを感じて頂けるなら嬉しい限りです。
[ 2015/11/20 21:36 ] [ 編集 ]

夏草のレール


狂電関人さま

ひたすらイモ畑が続くばかりの沿線風景でしたし、菱形台車の派手なローリングは格好の揺りかごでしたから無理もありません。
降りても猛暑はもとより、どこを見ても真夏の草木ばかりとあっては写材にも事欠き、頭はウニ状態だったような気がします。
でも茫然となる程の夏草に埋もれたレールこそ鹿児島交通でしたし、今は随分古くなった写真にもあのむせ返るような草いきれが蘇るのです。
[ 2015/11/20 21:48 ] [ 編集 ]

なるほど「たまゆら」

風太郎さんの達観、正にその通りですね。
無謀とも思えるようなことでも、その当時は本当に真剣に考えていたこと、何とかやりとげたいと考えていたことだった。
安定とか秩序とかからは外れていたかもしれないが、真面目に解決方法を考えていたと思う。
若さとは、そういう情熱を生み出し力づけてくれたものだった。
今、不良老人になり、我が人生は失敗だったかもしれないと思うのだが、いや、「楽しかった」とつぶやいている。
なにか?と問われると… 
それは、束の間の、ある一瞬の、「良かった」と思った記憶の、いくつもの積み重ねが嬉しいからだ。
[ 2015/11/21 00:35 ] [ 編集 ]

夢の続きを


大矢 真吉さま

人生を振り返って何かを総括するのはまだ早いようにも感じますし、世の迷い事に翻弄される日々は「達観」には程遠い気がします。
でも昔の写真を見返す中で、少なくともこれまであまり意識しなかった当時の自分の背中と対話する余裕が出来たのは事実です。
これで良かったのかという過去への疑問は誰にでもあるのでしょうが、間違いなく自分に必要な時間だったと30年を経て思えるならば、
それは「幸せ」という言葉で括るべきでしょう。
人生の先達とも同じ想いを分かち合えるなら心強い限りです。

一度は縁を切った世界ではありますが、デジタルという映像表現の可能性を飛躍的に拡大させる利器を手にし、
その力を借りて今一度夢の続きを追えるまで追ってみたいと思っています。
多分その目線は過去とは異なるでしょうが、それもまた枯れさせたくない新たなアドベンチャーのような気がします。
[ 2015/11/21 22:11 ] [ 編集 ]

こんばんは。はじめまして。

 どのようなカメラとレンズで撮られたのかはわかりませんが、感光素材はフィルムネガでしょうか。
 パソコン画面を拝見しながらでも、紙焼きを(プリントというのは軽くて)見ているような良い気分になりました。
[ 2015/11/22 21:41 ] [ 編集 ]

OM


haradaさま

初めまして。

30数年前の写真ですから当然銀塩、モノクロのコダックトライXで撮っています。
まあスキャンの後にかなりレタッチを入れて紙焼きっぽい雰囲気には仕上げたつもりです。


それはそうとブログ拝見しました。(ほんのさわりだけですが。)
OMシリーズに随分思い入れがおありなのですね。
この当時の写真は全てOM1Nで撮っていますよ。猫の写真は多分ズイコー135mmF3.5ではなかったかと。
何となくそんな雰囲気がありましたかね。OM1、流れ流れの旅にその軽さには助けられました。
また乱暴に扱っていたのに故障は一度もありませんでしたし、頼もしい相棒でした。

ブログを拝見して懐かしい気持ちになりました。
[ 2015/11/22 22:14 ] [ 編集 ]

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