朝の「メルヘン列車」

磐越西線  冬 尾登1 nx take2b3

    磐越西線  荻野      1981年






磐越西線223列車は会津若松~野沢間を走る早朝の区間列車で、

野沢着8時1分は明らかに同駅最寄りの県立西会津高校の専用通学列車と言えた。

当時から決して大きくは無かった同校だったので客車2両で充分だったのだろう。

大柄なDD51と2両きりの客車の取り合わせはどこか模型チックで、誰が呼んだか「メルヘン列車」の名が付いた。


荻野からあてもなく線路沿いを歩いて偶然見つけた場所は、朝の光が美しく。

此処は多分今、「温泉俯瞰」として上からシャッターの雨が降っている場所にほど近いのではと思う。


客車2両分の通学需要の為に引かれた一本のスジは、収益効率云々以前に公益のためにある鉄道の証しだろうし、

それは今振り返れば列車の外見以上にメルヘンチックな時代の象徴に思えてしまうのだ。







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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2015/11/28 22:08 ] 昔の旅 東北の国鉄・JR | TB(0) | CM(12)

この場所

背景に荻野のはずれの道路橋が見えてますから、どの辺りか見当がつきました。
温泉俯瞰は野沢行きではなく、若松行きを撮る場所なので、この場所から阿賀川沿いに大きく
カーブを切って、築堤に出た場所(釜の脇橋梁の手前)を展望することになります。

恐らくこの場所の真上付近が「温泉俯瞰の奥」として最近ブームになりつつあるのだと
思います。

しかしいい光線ですね。画面左奥から光線が入る構図は私が最も好きなものです。

[ 2015/11/29 18:51 ] [ 編集 ]

撮影地との出会い


マイオさま

温泉俯瞰がこれより先は知っております。お立ち台が真上とは知りませんでした。
そういう位置関係なんですね。有難うございます。
先日磐西に行った際、この撮影場所を確かめようと思ったのですが見落としてしまいました。
木々も伸びたりして様相は変わっているのかも知れませんが、冬晴れの朝の素敵なライティングは変わらないのだろうと思います。
徒歩オンリーで行動半径も限られれば撮影地情報も乏しい中、撮影地との出会いは結構エキサイティングな体験でした。
[ 2015/11/29 20:32 ] [ 編集 ]

会津若松の運用、

蒸機時代は夕刻の237レ、
気動車時代の現在でも只見線色のキハが野沢までやって来ますね。
冬日ならではの逆光線が凸□□の背後から差し込んできて、
SGの煙が棚引いていい雰囲気です。
今も蒸機牽引の客レが見られる同線ですが、50系とは言え、普通に客レが走っていた頃が妙に懐かしく感じられます。
[ 2015/11/29 21:05 ] [ 編集 ]

光のなかを


32Countさま

仰る通り現在の磐越西線も「223D」がほぼ同時刻で走っており、
223列車の魂は受け継がれているとも言えましょうが、
新津までの長距離ランナーの「D」は凡そ目的が異なる列車とも言えましょう。
一度でいいからこの通学列車の車中の人になってみたかったものです。

写真技術知識において汗顔の至りだった事始め時代、奇跡的に成功した逆光写真は、
その後逆光・半逆光に拘るきっかけを与えてくれた思い出深い一枚です。
[ 2015/11/29 22:45 ] [ 編集 ]

荻野

風太郎さん

こんばんは

荻野駅から近かったこの立ち位置、乗り鉄で撮影へ行っていた時代に223列車を撮るのに自分も何度かお世話になりました(笑)
自分は223列車ですと晩年の50系4両の新津行きだった時代しか知りませんが、喜多方~野沢までの学生さんが降りると後は津川辺りまで空気輸送だった記憶があります。
平行道路からお手軽に見下ろせたこの場所も、今では樹の成長で道路からでは線路が見えなくなってしまいました。
[ 2015/11/30 00:00 ] [ 編集 ]

荻野の朝

風太郎さま

上ったばかりの斜めの陽に長く伸びる影。

暖かそうにSGの蒸気を溢しながらやってくる短い列車。

もう一度撮りたくなる情景です。

[ 2015/11/30 21:16 ] [ 編集 ]

どマイナーなポイントながら


まりも207さま

ここで撮った写真はほとんど見ない気がしますし、多分撮ったのはオレだけと思っていましたが、
他に撮った人がいるとは驚くやら少し残念やら。
でもきれいな光線の時間帯を堪能できるポイントと思いますから、放っておかれないのも当然かもしれませんね。
今は撮れないとは残念至極です。

旧客が無くなった後の磐西は足が遠のいていたので、4両編成の223列車があったとは知りませんでした。
その頃は既に「専用通学列車」の位置付けは消えていたのでしょうね。
[ 2015/11/30 21:17 ] [ 編集 ]

ビギナーズラック


狂電関人さま

2月頃、上野から「ばんだい」で一夜を過ごし、若松からの普通列車を荻野に降りるとそこで朝を迎えます。
放射冷却に凍えながらもこの季節には珍しい快晴の夜明けでした。
この一本前の上り客レは朝焼けをバックに上がるスチームと共に撮り、次の下りはこの列車だったような。
初めての磐西で訳も分からず、写真のウデも怪しい中で、
ビギナーズラックが微笑んだようなふたつのカットが写真にのめり込むきっかけだったような気がします。
[ 2015/11/30 21:40 ] [ 編集 ]

こんにちは。
他のサイトに掲載のありましたリンクより参りました。
素敵なお写真ですね。
光と影、客車の色合いも深く暗いですが、こんなに綺麗に撮れるものかと唸ってしまいました。
磐越西線にもステンレスの気動車が走り、時代の変化を感じますが、一度はお写真のような客車に乗って旅してみたかったと感じています。
野沢までの短距離であっても、地域の大切な足、この列車を頼りにしている人が大勢いたのでしょうね。
雪景色を見に行きたくなりました。
他のお写真も楽しませてください。
今後とも、宜しくお願い致します。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/?pc
[ 2016/01/04 15:02 ] [ 編集 ]

雪化粧


風旅記さま

客車は昔の「ぶどう色」ですね。
蒸気機関車の煤煙汚れが目立たぬ色という事のようですが、地味ではありますが変に存在を主張し過ぎず、
素朴に自然に溶け込む素敵な色だったと思います。

写真はシャドウの部分が見た目とは異なる、色温度の影響を受けた独特な発色になっていますね。
デジタルでもWBを「太陽光」にすれば似たような発色になりますが、銀塩写真の自然さにに追いつくにはかなり調整が必要です。
各地で雪不足の声も聞かれますが、それでもいずれは美しい雪化粧が見られるでしょう。是非旅立ってください。
[ 2016/01/04 22:31 ] [ 編集 ]

ローカル漂う旧客レ 

こんばんわ。まず初めまして。まりも207様のブログリンクより参りました。
模型界ではすぐに再現可能なDD51+旧客2連ですね。(笑)僕もこういった普通客レで、旅はもとより通勤通学もしたかったです。
50系置き換え後は新津まで延長運転したそうですが、野沢以降は相変わらず空気輸送で、専ら地元の通学列車としての役割を担っていたのですね。
僕は旧客はおろか、50系とも全く無縁の身で、その視点からすると普通客レには憧れてしまいます。
今や磐越西線は旧客や50系、DD51も去り、スマートな気動車や「SLばん物」が走るローカル線へと転身しまし、時代の流れを感じずにはいられませんね。
今後も時間があるときのコメント失礼いたします。<(_ _)>
[ 2016/03/13 21:41 ] [ 編集 ]

時代は巡る


爽さま

初めまして。コメント有難うございます。
この世界もどんどん世代交代が進んでいるようですね(笑)
ローカル線とはいえ、通学輸送に大きな役割があった最後の時代だったのかも知れません。

既に無くなったものをどうこう言われても知らんわいと、
現役蒸気に間に合わなかった世代としては半ば意地でこういうものを撮っていました。

貨物列車がお好きなんですね。時代は巡る、今あるものをみっちり記録していけば後に価値が出て来ると思いますよ。
今後ともよろしくお願いいたします。

[ 2016/03/13 23:52 ] [ 編集 ]

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