虚ろな夏   30年目の蒲原鉄道     その1

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    蒲原鉄道 高松駅跡    2015年 






蒲原鉄道の主要部分といえた村松加茂線の廃止は1985年。

それから30年の月日が流れた事になる。

残りの村松~五泉間は1999年まで存続したのだが、

県道と併行し市街地をただ一直線に伸びるだけの同区間は写材としての魅力に乏しく、

風太郎の中で「蒲原鉄道」の時計の針は30年前で停まっている。


いかに土建屋王国新潟といえども、その痕跡を全て消し去る事は出来なかったらしい。


カネは無くも時間だけはあり余っていた学生時代を「人生の夏休み」とはよく言ったものだが、

そこにひとつの鉄道が息づく日々を光溢れる夏休みと遊んだならば、その記憶は今、虚ろに白んで此処に在る。


農道に形を変えても、二本の轍は変わらぬカーブを描く。

此処に鉄道ありき、と。








蒲原鉄道 高松駅ススキ2 1982年10月3日 16bitAdobeRGB原版 take1b

    蒲原鉄道 高松    1982年








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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2016/06/14 20:14 ] 昔の旅 蒲原鉄道 | TB(0) | CM(6)

ついに

風太郎さま

ヴェールを脱ぎましたな。

先日も村松の街中を二度も通ったばかり。
あの若松屋旅館がバリッバリの現役で驚かされました。
[ 2016/06/14 20:29 ] [ 編集 ]

喪失感


狂電関人さま

廃線跡なんていうネタは、さすがにどう捌いたらいいのか戸惑いまして。
蒲原の沿線そのものは驚く程変わってないんですよね。
そこから鉄道だけが消えているというのは、全てが変わった以上に空洞を覗く様な喪失感があるかもしれません。
まあ、テストショットです。筆の進みの徒然にしっくり来たら本気撮りしに行くかも。
ご感想をお待ちしております。

若松屋、場所の記憶すら怪しくなっているので探しもしませんでしたが、残ってるんですか。それは懐かしい。
[ 2016/06/14 21:18 ] [ 編集 ]

風太郎様

一枚目拝見して二枚目を拝見してまた一枚目を拝見すると・・・・
線路と駅舎がなくなっているだけではありません 
勿論列車はあろうはずもありません
それだけの異なりだけではありません
ススキらしき植物が殆どなくなっています
左手隅にある 人が耕したと思われる畑らしきものも見当たりません
それは この列車と駅と線路と寄り添うようにあったはずの集落 
人々もいなくなったことを示しているかのように思えます
二枚のお写真 拝見して 涙が毀れそうです
この地を知らない私
何故でしょう
また 風太郎様は私を泣かしましたね
[ 2016/06/14 22:52 ] [ 編集 ]

待ってました

やりましたね。
ぼくも同じようなことを始めたのですが、
どう切り取るか、どう展開するか、何の意味があるのか、なかなか難しく悩んでいます。
今後の展開、何が出て来るか、同業者として興味深く見ています。期待しています。
[ 2016/06/14 22:57 ] [ 編集 ]

山河は変わらずとも


りらさま

下の昔の写真は完全逆光、フレアがキツ過ぎてこう切り取るしかなかったのですが、
上の現在写真は周囲の環境も分かるよう、広めの画角で撮ってみました。
右側のススキの生えた小山がホームのコンクリート部分で、ススキの下には今もホームが眠っています。
小さな駅でしたが思いのほか利用者で賑わう駅でした。田んぼや畑だったところはすっかり荒れ地になっているようですね。
山河は変わらずとも、人の営みというのは儚く脆いものなのかもしれません。
風太郎も涙が毀れたとは言いませんが、しばし無言で佇んでしまいました。
[ 2016/06/14 23:39 ] [ 編集 ]

感覚に溺れてますが。


大木 茂さま

正確な新旧対比とかは、何分にも感覚的というか緻密でない性格の上に、面倒臭いところもあってちゃんとやっていません。
やっぱり蒲原となると風太郎のセンチメンタルも頂点に達するので、むしろ抽象的なイメージに耽溺してしまいます。
国鉄と地方私鉄の違いでしょうか、沿線は想像以上に変わっていないというのが第一印象なのですが、
細かい所に目が行くたびにやはり長過ぎた時間を感じますね。

列車の時間が近づけば自然と駅に集まっていた人達は何処に消えたのでしょう。
ただそれだけが消えたように見える風景は、それ故に「喪失」が胸に刺さるようです。
あたふた2時間程度で走り撮りしたような写真なので大したことはありませんが、
ここからどうイマジネーションが膨らむか、「次」があるのか、ちょっと試してみたいと思っているのです。

[ 2016/06/15 00:01 ] [ 編集 ]

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