道東漂行譚  その13       落石 WILD&SOUL ③

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    落石     2016年2月







線路際には大きなスピーカーが設置されており、シカの線路侵入を防止するためか、

野犬の群れが唸り吠える声(かなり不気味)が、列車接近に合わせて大音量で流される。

シカが発する群れの仲間への警戒の叫びは、女性の悲鳴そっくりだ。

そして静寂が戻れば、寄せては返す潮の音が風に乗って微かに聞こえて来る。

それらが落石の、魂にじわりと沁み込むような音の風景。








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朝が来てまた夜が来る、空と海の狭間に敷かれたレールは大きな弧を描いて東の果てへと続く。

100年の間此処に在る鉄道は、いつしかこの漂漠の大地とひとつになったようだ。


やがて夜の闇が支配すれば、満天の星座に手が届きそうだ。










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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2016/03/29 20:22 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(6)

:風太郎様

自然の中に溶け込んだ鉄道
お互いが協調するかのように感じます
私はエゾシカを実際には生涯見ることは叶わないでしょう
しかしながら 風太郎様のお写真にて 私の脳裏また心には 永遠に残照することでしょう
有難う 私へ自然の営みのき厳しさと優しさを いつも教えて下さいます
[ 2016/03/30 00:00 ] [ 編集 ]

建物が増えた

同じ位置に立たれましたね。
それにしても背景に建物が増えました。
過疎の進行しているはずなのに、市街地は拡大すると云うバラドクスが、ここにも及ぶとは。
[ 2016/03/30 00:01 ] [ 編集 ]

最果てのレール


りらさま

人の手が入り込む事がほとんど無いこの地は、スケール豊かな大自然の営みを直に感じる事が出来ます。
何故こんな場所にレールが敷かれて、百年もの間列車が通い続けたのか。
どんな辺境にもレールを巡らせた、この国の鉄道文化というものに素朴な興味を持っていただけるなら、
この最果てを彷徨った甲斐があるというものです。
結構危険な場所でもあると思います。姫は無茶をせず写真バカの七転八倒にお任せいただくのが吉です。
[ 2016/03/30 19:51 ] [ 編集 ]

辺境の町


Wonder+Graphicsさま

同じ場所になりますか。それは奇遇ですね。
線路のカーブと海岸線のカーブが重なってSカーブのように見える画面構成のリズムに惹かれたのですが、
後ろに見えるいかにも辺境の町らしい家並みも気になっておりました。
増えてるんですか。人は増えていなくとも何世代にもわたって建てられ続けた生活の歴史なのではないでしょうか。

以前のWonder+Graphicsさんの記事にもありましたが、いろいろな因縁を秘めた土地のようですね。
それらにもっと接する時間が取れなかったのが残念です。また次回こそ。
[ 2016/03/30 19:59 ] [ 編集 ]

そこに線路があれば

こんばんは。

一連のお写真を拝見して感じた事は、このか細い鉄路も日本全国の鉄道地図に記載されていて、何処からでもこの地へ行けると言う事。これって凄い事ですよね。

乗車率が悪いからって安易に廃線にするのは勿体無いような気もしますが、
まぁ、当事者達はそうも言ってられないのでしょうね。
何か良い策はないものでしょうか・・・
[ 2016/04/01 22:48 ] [ 編集 ]

役割の終焉


いぬばしりさま

本来鉄道は大量輸送の需要があってこそ経済合理性を持つもので、
何両も編成を連ねた「列車」こそがその本領でありましょう。
(都会で長大編成ばかりを見せられ育った風太郎は、単行列車に新鮮な驚異と憧れを持った事も事実ですが。)

しかし単行が当たり前、そのささやかな車内ですら人影疎らとあっては、鉄道の役割の終焉を感じずにはいられません。
思えば昭和30年代頃の日本地図は、軽便鉄道だの温泉電車だのを含め、それこそ網の目のように鉄道路線が書き込まれていた訳で、
急速に失われた現実も見れば、その運命は早くから定まっていたとも言えます。

生活列車が消え失せれば風太郎の鉄道の写真もいよいよ幕引き、もって瞑すべしですが、
人間の寿命より長く残るはずの写真には、確かにあった鉄道の時代の息吹を焼き付けたい、というのが切なる願いであります。
[ 2016/04/02 00:03 ] [ 編集 ]

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