復活の日を

南阿蘇鉄道 立野~ 198年月日 16bitAdobeRGB原版take1b

    南阿蘇鉄道  立野     1988年







この鉄道を訪ねたのは一回きり、大した写真も残っていないが、立野の鉄橋の威容は印象に残っている。

その高さもさることながら、太古から人の手が入っていないのではと思える原始林に吸い込まれる列車は、日本有数の鉄道風景だろう。


熊本震災で南阿蘇鉄道も全面不通が続く。災害は弱いもの程より厳しいものになる現実。

経営基盤が脆弱な第三セクターにとってそのダメージは計り知れないが、復活の日が来ると信じたい。







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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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風太郎の「D」な日々   ビシエドありがとう!


昨日の悲劇を忘れさせてくれるような一打!

いまや「無双」状態のビシエドが逆転グランドスラムを放り込んでくれました!

早速映像をUPしてくれる同好の士にも感謝。

この外人、怪力ばかりが言われるが、軸がブレない実に理にかなったスイングをするんだよなあ。

かつての最強助っ人、タイロン・ウッズがそうだった。

ヒザが柔らかいからこの手の外人が必ずやられる「外角落ちる球」にも対応できるし、ウッズ以上かも。

いやあ、暗黒時代に光が差して来たぜえ。




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風太郎様

立野鉄橋・・・調べてみました
鋼鉄製の橋脚(トレッスル式橋脚)を持ち長さ138.8m、高さ34m
トレッスルとは「架台」、あるいは「うま」のことで、これに橋桁を乗せた構造を持つ桁橋である
長大なスパンがとれないため、多数の橋脚を必要とするので河川や海上に建設するのには不向きだが
陸上橋とすればトータルとしての使用部材量が少なくて済むことが特徴とされる 

お写真 拝見した瞬間思ったこと・・・
この鉄橋をどのようにして作ったかです
どれだけ 多くの方の労力があったことでしょう
怪我は勿論のこと 命さえも・・・と考えています
その鉄橋をひたすら走る列車
鉄道員の方の心労も大変なものでしょう
撮影者もこの光景を撮影されるため どれだけのご努力をされたことでしょう
こうしていながらにして 拝見出来ることを有難く感じています
[ 2016/04/24 22:23 ] [ 編集 ]

遺産


りらさま

説明が不足していたようです。この鉄道にはたくさんの橋梁が架かっており、この写真は第一白川橋梁といって「立野鉄橋」とは別物です。
ただ険しい渓谷沿いにあって、どうやって架けたのか不思議という点では同じですね。
水面からの高さは60m以上あり、橋脚はありません。両岸から少しづつ鉄材を伸ばして中央で連結させたのでしょうが、
昭和の初めの事ですからそれこそ命懸けの難工事だったろうと思います。
この先にある「阿蘇谷」の肥沃な里までどうしても鉄道を通すべく、巨額の費用と膨大なエネルギーが投じられたのだろうと思います。

遠い昔のようですが、それでも90年しか経っていません。
今回の地震ならずとも廃線の危機に晒されている事はご多聞に漏れず、そのようにして残された遺産を簡単になきものにして良いのか考えさせられます。
時代の移ろいは常に新しいものを求めますが、過去から積み上げられた国民の財産を、次の時代に上手に生かせないものでしょうか。
[ 2016/04/24 22:46 ] [ 編集 ]

第一白川橋梁

風太郎さま

珍しいアングルで撮ってますねぇ。
しかも露出がめちゃ厳しそう・・・。
南阿蘇地区の被害状況からもこの鉄道の行く末が心配です。
[ 2016/04/25 18:13 ] [ 編集 ]

土木技術者の魂


狂電関人さま

定番アングルでも撮っていますが、同じ写真ばかりじゃと。
暗雲が垂れ込め、雨まで降ってくる夕方で露出はお察しの通り地獄でした。

この位置から見るとこの鉄橋、ハの字形をしているのがよく分かりますね。
橋脚無しのアーチ橋としては当時日本最長だったそうですから未知の要素も多く、
往年の土木技術者の魂も感じるようです。
[ 2016/04/25 21:07 ] [ 編集 ]

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