写真展   「 旅のたまゆら  1981-1988 」      その時代①

修正A3プリント 山陰本線 デッキ1 1983年11月 16bitAdobeRGB原版 take1b

    展示作品より      山陰本線   1983年









今回の写真展は1981年から1988年にかけて撮りためた写真で構成している。

今から28~35年前という事で、年を取っても随分昔が昨日の事のようにも思えるきらいはあるものの、

世の中が大きく変化するには充分な時間かとも思う。

写真に写るのは当時の鉄道なのだけれど、特に地方においてそれがまだまだ交通インフラの主たる幹だった頃、

様々な目的で人々が集い、それによって時代の風俗を色濃く映す場所でもあったとするなら、

ある意味写真展の主役は、「それが撮られた時代」そのものなのかも知れない。


1960年代から始まり、前のめりに続いた高度成長期は、1970年代のオイルショックと共に終わりを告げ、

時代は安定成長へと移行する。件のオイルショックは70年代末には再び起きて、繁栄の脆さというものも予感させるが、

戦後長く培われたこの国のダイナミズムは大きく屈することなくそれを乗り越える。

優秀な工業製品を擁した輸出産業は80年代に至って急進期を迎え、グローバリゼーションを前提としたビジネスが対外摩擦

を引き起こすまで成長して、1985年の「プラザ合意」を始めとする国際的な金融政策の渦中にも飲み込まれる事になる。

誘導された急激な円高による輸出産業の翳りに対する処方箋は、大幅な金融緩和。

「バブル」の芽はこのあたりから密やかに成長する事になる。


市場に溢れだした膨大な資金は貨幣価値に対する錯覚を生み、主たる流入先となった株式・不動産は際限なく高騰してゆく。

実体経済から乖離した「成長」は留まる事無く、当時東京23区とアメリカ全土が交換できると言われた。

インフレーションを伴わない奇妙なカネ余りは、実は限られた人々のものでしか無かったにせよ、

狂奔と呼ぶに相応しい強欲と浪費の渦はこの国を席巻した。

1989年末の日経平均株価は史上最高値に達する。「バブル」の頂点である。



その後の「失われた◯年」は既に終わったのか、今も続くものなのか、それすらも判然としない現代である。

時代の評価というものはそれが歴史の一部になりかけた頃になって、初めて見えて来るものなのかも知れない。

写真展の舞台となる1980年代とは、バブルという巨大な渦に向けてこの国が坂を駆けあがっていく時代、

「それ以前」の、最後の時代という事になる。

地上げの果ては虚ろな空き地を生み出し、宴の跡のような残骸が横たわる。それは地方の片隅とて例外では無かった。

いや最も変わったのはそんな目に見えるものでは無いのかも知れない。

誠実な勤労や、足るを知る慎ましさ、素朴に見知らぬ隣人を信用し、大らかに受け入れる優しさ。

それまでこの国の民が尊んできたものを、虚を掴むような拝金主義、乾いた合理主義の渦が吹き飛ばしたように思えてならない。


風太郎がここで鉄道にカメラを向ける事を止めているのは、それと意識する事さえ無かったが、

抗えぬひとつの時代の終わりを鉄道という映し絵の中に垣間見たからかと、今は思う。


写真は山陰本線普通列車の最後尾デッキ。

子供達の眼前に伸びているはずのレールは、来た道であり、行く道でもある。






写真展  「  旅のたまゆら  1981-1988  」    モノクロ 約70点 

◯ 開催期間  2016年8月16日(火)~8月29日(月)  (21・22日は休館日)

◯ 開場時間   10時30分~18時30分  (最終日 15時まで)

◯ 場所     新宿ニコンサロン   新宿区西新宿1-6-1  新宿エルタワー28階   (新宿駅西口より徒歩5分)  












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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2016/08/06 19:37 ] 写真展 | TB(0) | CM(6)

:風太郎様

素朴に見知らぬ隣人を信用し、大らかに受け入れる優しさ。・・・・この一行が一際心動かれました
そんな時代を知っている風太郎様を羨ましとも感じました

お写真
三人の後ろ姿
その目線の先にあるものを真摯に見ていることを予感させてくれます
[ 2016/08/06 20:27 ] [ 編集 ]

時代を振り返る


りらさま

最近ではバカバカしい時代の象徴と揶揄される事も多いバブル時代。
りらさんの世代としてはピンと来ないかも知れませんね。
今となっては人間の愚かさというものを痛感させられる歴史でもあります。
しかし人間の社会というのはもっと複雑なもので、
こう変わってしまったとひとつの括りで捉えるのは乱暴なのかも知れませし、今も現在進行で変わりつつあるものです。
様々なものが犠牲になったこの時代を誠実に振り返り、次のあるべき世の中を作るための糧とするべきでしょう。
写真に失われた時代が写っているとするなら、ささやかながらその一助となればと願っています。
[ 2016/08/06 21:45 ] [ 編集 ]

地方の変貌。

風太郎さま

マクロでみると、本当にあの金満時代のバブルマネーによって
地方の荒廃が進んでいったように思えますね。
楽観的視点でしか撮ってきていない電関人に比べて、シニカルアイで
切り取って来られた風太郎さんの力作を通して80年代を振り返らせていただきます。
[ 2016/08/07 09:47 ] [ 編集 ]

歴史の転換点


狂電関人さま

バブルの痛手からの再興が金科玉条になった結果、結局そのしわ寄せが弱い者に被せられ、
地方の切り捨てに繋がったように思えてなりません。
歴史の転換点とは気付かぬうちにやって来ているもので、撮ってる時はそんな意識など全く無いのが常ですが、
後で気付かせてくれるのが写真の価値でもあり、鉄道という本来は社会の公器にカメラを向ける意味のような気がします。

[ 2016/08/07 11:17 ] [ 編集 ]

居心地

こんばんは。

私はバブル絶頂期に社会人になったので、その恩恵には与れませんでしたが、
当時、日本人が持っている慎ましさや誠実さが失われていくようで、
個人的には居心地の良いものではありませんでした。
あれから十数年、今の日本はどのような立ち位置に居るのでしょうかね。

お写真、親子の後姿もさることながら、床の木目に目がいってしまいました。
旧き良き「汽車の時代」ですね・・・ 写真展、楽しみにしております。
暑い日が続いておりますが、お体にはご自愛下さいませ。
[ 2016/08/07 22:20 ] [ 編集 ]

重さと温もり


いぬばしりさま

この当時の鉄道の魅力とは、大切に使い続けられた車両や駅舎だけが持つ重さや温もりだったのだろうと思います。
それはこの国を廃墟から立ち上がらせた地道な物作りや、誠実な手仕事に通じるものでもあったでしょう。
バブルの反省はあるにしても、乾いた合理主義の許にそれらを軽んじる傾向はむしろ強まっているようにも感じます。
物事の本当の価値について、私たちは改めて深く考える必要がありそうです。

写真にいにしえの鉄道の重さや温もりが写っているか。それは世代によっても捉え方が違うかも知れません。
いろいろな方と想いを分かち合えたらと思っております。


[ 2016/08/07 23:36 ] [ 編集 ]

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