虚ろな夏   30年目の蒲原鉄道     その2

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    蒲原鉄道跡  土倉付近     2015年        






土倉集落の外れには小さなガーターが架かっていた。

旺盛な夏草はその橋台を暴力的に食べていく。


ガーターが跨ぐ小径は国道290号線。

その拡幅計画が蒲原鉄道の命運を決したとされる。


今は周囲の地形自体が大きく変えられていて、同じアングルはままならなかった。








蒲原鉄道 秋の土倉鉄橋1 1981年9月 16bitAdobe take1b2

   蒲原鉄道  土倉    1981年






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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2016/06/16 19:41 ] 昔の旅 蒲原鉄道 | TB(0) | CM(6)

風太郎様

二枚目のお写真
下方左手に見えるガーダー橋
その橋台の現在の姿が一枚目ですよね
植物の中かに存在を微かに示しています
蒲原鉄道だけではなく 一枚目にある民家 全ての家屋もなくなってしまったということになりますよね
二枚目に見える森林
一枚目に見える植物とはまるで異なります
無残に侵食された景観
せめて全てを壊すことさえままならないのでしょうか・・・
放置したままではあまりに悲しいです
この地で暮らしていた方々も悲しい思いをされていることでしょう
今 日本で騒がれている 空き家問題まで思い起こし疑問で一杯です



[ 2016/06/16 20:31 ] [ 編集 ]

時代の墓標


りらさま

コンクリートで造られた橋台などは取り壊しも経費がかかり、放置が合理的という事なのでしょう。
無残と言えば無残ですが、時代の墓標にも見えます。
全てが無に帰すよりは、墓標位はあった方が残された者は救われるところがあります。
[ 2016/06/16 21:05 ] [ 編集 ]

新鮮。

風太郎さま

土倉にこんなアングルがあったとは・・・。
民家フェチの電関人としては大の不覚です。。。。。。
[ 2016/06/16 22:17 ] [ 編集 ]

古民家の脇を


狂電関人さま

宮下洋一の模型みたいでしょ。
蒲原の沿線は風雪に磨かれましたという感じの古民家が周囲の風景に自然と溶け込んでいて、
鉄道との絡みも絶妙でありました。
290号のアスファルトだけが浮き上がっていて目障りなので変な構図になりましたが。
[ 2016/06/16 22:44 ] [ 編集 ]

夢現な鉄道

これはなかなか不思議な写真世界です。
30年程前の世界と、現在の世界とが混然一体になってしまいます。
廃線跡が開通前の様子に見えてきたりして、時間軸が朦朧としてきます。
普通、時間軸を明確にするものですが、逆の表現もあるということですね。
前回このシリーズが始まった際に、ホームページの蒲原をもう一度じっくり拝見したのですが、
そもそも、この鉄道自体が夢現な鉄道だったのかもしれません。
それに、鉄道が在ろうが無かろうが、その土地に見ているものは同じだということなのでしょう。
[ 2016/06/17 01:32 ] [ 編集 ]

うたかたの


こあらまさま

廃線跡巡りに並々ならぬ情熱をお持ちの方もいるようですが、風太郎はあまり興味が無く、
特に蒲原となれば見るに忍びないところもあって、訪問したのはこの30年間で1回きりです。
行ってみれば蒲原の廃線跡というのはなかなか不思議なところです。
ただ鉄道だけが風景から抜け落ちて、それ以外は当時の空気がそのまま沈殿しているような、とでも例えましょうか。
いやそれは普通の人が見ればやっぱりただの廃線跡であって、
そうは映らないとしたらやっぱり記憶の奥底に深く刻まれたものが呼び覚まされるような、
ごく個人的な感覚なのかも知れません。

時間軸が、と仰られるのは成程と思いました。
本当は此処に蒲原鉄道そのものが実在しておらず、
見たものはうたかたの幻だったと理解する方がむしろしっくりする不思議な感覚があります。
[ 2016/06/17 23:08 ] [ 編集 ]

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