虚ろな夏   30年目の蒲原鉄道     その3

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    蒲原鉄道  大蒲原駅ホーム跡     2015年







線路敷は道路に転用された。遠く越後平野の彼方に続くのは変わらないけれども。

ホーム跡は生い茂る夏草に覆われて、それと知る者でなければ分らないに違いない。

かつて此処に立った人々のなかに、鉄道の記憶はどう形を留めているのだろう。








修正A3プリント用 蒲原鉄道 初冬のの大蒲原2 1984年 Adobe16bit 原版 take1b

    蒲原鉄道  大蒲原     1984年







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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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163km上等。



doara2.jpg



163km大谷翔平を打てるのか、貧打ドラゴンズ。

ヒョロヒョロ技巧派は打てないが、何故か本格派は打てる(事もある)打線だから期待しよう。

本日14時よりプレーボール、NHK総合全国放送で恥を晒すなよ、1、2、3でフルスイングだ!



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[ 2016/06/18 16:23 ] 昔の旅 蒲原鉄道 | TB(0) | CM(4)

風太郎様

二枚目
罅割れたホーム
遠方に見える列車
左手 おぶさったお子さんは風太郎様のカメラに目を向けているようです
その目が印象的です
それと共に お二人の履物です
右手の女性は長靴です それもかなり頑丈に出来ていますね 左手の女性の履物がよく分かりませんがこの時代は流行っていたのでしょうね

一枚目
お写真 拝見させて頂き 過去ここにホームがあった場所
それを撮影することの意義を私なりに少しは理解出来たように思えます

追伸
北井一夫さんの流れ雲旅
今日会社帰りに購入することが出来ました
今 手元にあります
明日 ゆっくり拝見したく思います

デジカメ時代になっても北井作品だけは やはりフィルムがふさわしい つげ義春  帯に書いてありました
[ 2016/06/18 23:08 ] [ 編集 ]

鉄道なきあと


りらさま

りらさんの世代はなかなか想像がつかないかもしれませんが、地方の鉄道を窮地に追いやったのは、
隅々にまで普及した「車」とそのインフラである道路整備です。
蒲原鉄道も道路整備の犠牲となった鉄道のひとつでしょう。
鉄道は車に比べれば不便なものだったかも知れません。
でも鉄道は60年も走り続けましたし、この土地はそれほど暮らし辛い場所だったでしょうか。

鉄道が失われた後、立派な道路になりさらに便利になったはずが、
どんどん衰退の一途を辿っているようなのは、大きな皮肉にも感じます。
先人から受け継いだ社会資産を、安易に無きものにして良いのでしょうか。
喪失の風景はそれを静かに訴えているようにも見えます。



[ 2016/06/19 01:12 ] [ 編集 ]

大蒲原

風太郎さま

このシリーズの、カリッカリなコントラスト写真が
まさに白日夢を演出するようです。
ここも、後ろの林が無いとかつてのそれと同定しづらいですね。
冬鳥越えのEDには一度会いに行きたいなぁ。
[ 2016/06/19 10:05 ] [ 編集 ]

大蒲原に立つ


狂電関人さま

ハイコントラストで空虚な非現実感を出してみたのをご理解いただけるのは流石です。
あれだけ多くのシャッターを切り、分からないはずはないと思っていた大蒲原、
あれえとしばし立ち尽くしてしまうは、蒲原の中でも最もショッキングに変わった場所かも知れません。
冬鳥越EDは・・・後でボチボチ出て来ますよ。
[ 2016/06/19 12:43 ] [ 編集 ]

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