写真展   「 旅のたまゆら  1981-1988 」      その時代③

修正A3 津軽鉄道 金木築堤 混合列車1 55mmF28_9187原版take1b

   展示作品より    津軽鉄道 金木   1982年







団塊世代における高校進学者がピークを迎えた1960年代半ばが地方ローカル線の最盛期だったとされる。

1962年生まれの風太郎としては当時の活況は知る由もないが、今は原野に還った北海道の奥地の仮乗降場でさえ、

学ランやセーラー服の大群がホームを埋めた写真には、何か別の国の風景を見ているような錯覚さえ覚える。


鉄道は時代を映し、写真は時代の記憶を刻む。


当時は第一次産業が経済的基盤として彼らの家庭の大家族を支えていたのは言うまでもないが、

田畑を継ぐ長男を別にすればその他の兄弟姉妹は生活基盤を他の土地に求めざるを得ず、

折からの高度成長に沸く都会の第二次・第三次産業の担い手として労働力の大移動が起きたのは戦後史の一大ムーブメントであろう。

自家用車の普及による鉄道離れも良く言われるが、地方ローカル線がその後急速に衰退していった最たる要因は、

この大移動がもたらした地方の過疎と高齢化に他ならない。


1980年代は地方における過疎と高齢化が、交通体系を維持できないまでに深刻化したことをいよいよ認識せざるを得なかった時代である。

とはいえ少なくとも現在と比べればローカル線に乗客の影は濃く、子供が結構目立った。

核家族は都会では当たり前だったが、地方においてはまだ伝統的な三世代同居がごく一般的だったのである。

もちろん第一次産業の衰退は農村の労働環境や暮らしのかたちも変える。

子供の両親は車で勤めに出かけ、留守を守る祖父母は孫の手を引きローカル線の乗客となった。

しかし土着の鉄道と共に育った子供たちは、その後多くは故郷へ戻らなかったようだ。

世代のバトンタッチは途切れ、老人となった彼らの両親だけが現代のローカル線の風景として残された。


全国津々浦々に延ばされた鉄路を巡る風景は、この国の地方の移ろいと、今まさにある現実を凝縮して映し出す鏡である。

でもそれは後になって気付くことであって、過去も多くは知らず、未来などそれ以上に分からず、

残された写真はただ無心に切られたシャッターの累積でしかない。

しかしその何処かに「時代」が刻まれているなら、それは何かの意味を持ち得たかと。


「鏡」は果たして次の時代を、どんな風景として映し出すのだろうか。


写真は津軽鉄道の混合列車。

これは下り列車だが特産のリンゴの収穫期でもあるから、帰りの上り列車はそれを満載したリンゴ列車になった事だろう。

津軽鉄道は極めて運転ヘッドが密だったから、国鉄から貨車を借りまくった出荷最盛期にあっても

特別な貨物ダイヤを入れる余裕がなく、客貨混合で津軽平野をゆるゆると渡っていた。

1984年2月の国鉄小口貨物の取扱廃止に伴い五所川原からの輸送手段が失われ、このリンゴ列車も消滅することになる。

地場の第一次産業と鉄道が密に手を取り合っていた時代。今となっては夢を見ているような鉄道風景である。





写真展  「  旅のたまゆら  1981-1988  」    モノクロ 約70点 

◯ 開催期間  2016年8月16日(火)~8月29日(月)  (21・22日は休館日)

◯ 開場時間   10時30分~18時30分  (最終日 15時まで)

◯ 場所     新宿ニコンサロン   新宿区西新宿1-6-1  新宿エルタワー28階   (新宿駅西口より徒歩5分)  



※ 初日・最終日と土日(休館日注意)は在廊します。その他の日は適宜。 




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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2016/08/11 12:08 ] 写真展 | TB(0) | CM(6)

風太郎様

詳細に当時の事を書かれた記事 拝読させて頂きました
鉄道と日本社会との綿密な関連性 感慨深く拝読させて頂きました
車内の大量の林檎が思い浮かぶがごとくです
それはさぞや瑞々しいことでしたでしょうね
風太郎様がその頃 林檎を丸かじりする姿 想像してしまいました
[ 2016/08/11 19:19 ] [ 編集 ]

林檎


りらさま

林檎を丸かじりとはいかにも1980年代アイドルっぽいですねえ(笑)
あまり旅先での食べ物に興味が無い上にカネも無かったですから余計なものは食べなかったです。
新鮮で安かったのだろうと思いますが。
[ 2016/08/11 21:04 ] [ 編集 ]

こんな光景があったのですね

風太郎さま

ぼくなぞは、蒸機がなくなってしまい、もうこれは終わりだなと思っていたのですが、こうやって1980年代の時代を象徴する希有な写真を見せられるとまだまだあったのだなあ、と改めて再認識させられました。
ボギーの客車2両と、2軸貨車の6両の微妙なシルエットの濃度の違い、Web Siteでも分かるのですが、実際のプリントではもっとドスンと響いてくるのでしょうな。雲の調子といえ、プリントの出来上がり全体を大きな画面で見てみたくなります。

Web Siteでの表現は、それぞれのモニターなどのデバイスに依存していますし、書籍などの印刷も作者の十分な満足がいくものにはなかなかなりません。
それに比べるとOne Offのプリントは言い訳も通らずの一発勝負、今ではかなりの細かな調整ができますから、これぞ究極の表現法に違いありません。
それだけに悩ましく、ああでもないこうでもないで…答えのない答えを求めて…200枚+にもなってしまうのでしょうね。
何とも贅沢な話ですが、こちらの楽しみは倍増します、見応えがあることに間違いありません。

いつものWeb Siteの写真にも感心しているのですが、大きな「オリジナルプリント?」はまた全くの別物となることでしょう。

あと数日、感動プリントの幕が開くことを楽しみにしています。

[ 2016/08/11 22:21 ] [ 編集 ]

悪あがきというか


大木 茂さま

いやいやいや、プレッシャーが掛かりますねえ。お見せしたプリントはほんの一部故、
なんじゃこりゃあにならなければ良いのですが。
ネガの情報量を限界まで引き出すというのは実に困難ですが、少しでもそれに近づけば仰る通り説得力が違うものになりますね。

今回の写真、実は未だプリントに迷ってるんです。
だいたいモニター画面通りの仕上がりになっていると思うのですが、悩んでいるのは大木さんならお見通しでしょうが、雲です。
もっと焼きこんで印象を強くするのも常道と思うのですが、撮った時の自然な見た目はこんな感じ、
無理に空を落として雲を強調するのはあざといような感じがしまして。でも捨て難いところもあって逡巡しております。
まだ間に合います(キリッ)。率直なところをお聞かせいただければ参考にいたします。

まあ会場の照明効果もあるし貼ってみなきゃ分からんよなあと、「設営後の焼き直し」の悪あがきというか、緊急スタンバイも考えているのですが。
如何なもんでしょうかねえ。
[ 2016/08/11 23:44 ] [ 編集 ]

りんご列車。

風太郎さま

大木さんとのやり取りを興味深く拝読いたしました。
津軽の里の秋から冬に向かう空を流れゆく雲。
電関人にとっては、津軽富士とともに此処のこの時季の景観です。
結果すぐ傍で撮っていた電関人は迷うことなく28㎜をエイ、ヤーと空に向けて
空露出で撮ったのを今でもよく覚えてます。
そんな個人間の表現方法の違いを興味深く今回の貴兄の個展を楽しみたいと思ってます。
[ 2016/08/12 10:37 ] [ 編集 ]

奇跡に感謝


狂電関人さま

津軽鉄道は風景が単調なせいかあまり印象にバラエティがなく、記憶がごっちゃになっております。
いずれにしても困った時のココでしたね。
今思えば何とも秋らしい写真日和に恵まれたものと思います。
変に下から煽ったりしなくとも車輪まで抜ける、気持ちのいいヌケ方。
いにしえの鉄道では珍しくも無かったのでしょうが、絶滅寸前の鉄道原風景が此処に残っていた奇跡に感謝。
[ 2016/08/12 20:19 ] [ 編集 ]

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