最後の炭鉱客車

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   三菱石炭鉱業鉄道線   スハニ6   1984年




かつて北海道各地に存在した炭鉱鉄道は、石炭産業の衰退と共に急速に姿を消したが、

昭和30年代の古い写真に残る「炭鉱客車」は興味が尽きない。

明治期の木造客車を始めとして、鉄道省払下げだの各地の鉄道転戦組だの、出所不明の怪しい客車ばかり。

そしてこれまた怪しい古典蒸気あたりが、ありったけのゲテモノ客車を長く連ねて走るような写真は、

何度見ても飽きることがない。戦後の復興が後回しにされた北海道の僻地の混乱や貧しさと共に、それでも

復興を縁の下で支えた産炭地の旺盛なエネルギーを感じさせる「炭鉱客車の時代」は、風太郎の永遠の憧れである。



客扱いをする最後の炭鉱鉄道は夕張の三菱石炭鉱業で、風太郎はギリギリ間に合ったというところだが、

ここにも怪しい客車が残っていた。極め付きは3軸ボギーもいかめしい「スハニ6」で、

元鉄道省の明治45年製木造客車を譲り受け、美唄鉄道から流れてきたもの。

途中で鋼体化改造されている他、いろんな所がいじられているので、どこまでがオリジナルか分からない。



風太郎としては上の写真の座席背もたれあたりは明治のままではないかと思っているが、

ご覧の通りの「垂直な板」で背中合わせの人の動きまで判るから、アメニティ性など爪の先程も考慮されていない。

座席の幅も現代の車両と比べると随分狭く、下の写真で判る通り女性2人がやっと座れる程度でしかない。

壁も含めて極めてチープな造りであり、鉄道のお客さんは人間より貨物・石炭だった時代の空気が伝わってくる。

窓と座席の位置関係が微妙にズレているが、かつて木造客車の狭い窓が並んでいたのを、鋼体化の際大窓に改造

した名残りかと思う。このあたりもこの客車の「流転」を物語る。



手垢と石炭粉と塗り重ねたニス。とにかく長い長い歴史の空気が沈殿しているような空間を、

キャピキャピした女子高生が埋めているのも、「最後の炭鉱客車」のシュールな光景だった。



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スハニ6

風太郎さま

残念ながら現役時代の彼の客車にお目にかかることは
有りませんでした。
ほんと、私も何度となく北海道の炭鉱鉄道線の写真を見るたびに
あと少し早く生まれていたらな・・・と思いましたね。
[ 2012/01/04 21:55 ] [ 編集 ]

スハニ6  

狂電関人 さま

この客車の来歴や貴重さを知ることになったのは、
ずっと後に模型をかじる様になってからですね。

もっともっとシャッターを切っておけばと思うのですが
贅沢な悩みなのでしょうね。
[ 2012/01/04 23:52 ] [ 編集 ]

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