34年目の島原鉄道    堂崎

shimabara_9375b.jpg

   島原鉄道 堂崎駅跡   2016年5月






1991年に起きた雲仙普賢岳の噴火による大火砕流は海辺を通る島原鉄道の線路まで飲み込み、

一時は再起不能とも思われた同鉄道は、その後の手厚い災害復興支援と6年に及ぶ復旧工事によって蘇る。

しかし2008年、利用客減少を理由に復旧区間を含む南島原以遠、全線の45%が廃止となる。

まるで都市部の鉄道のような白亜のコンクリート高架橋ばかりが眩く残るばかりである。

官民を超えた公共輸送機関としての島原鉄道のグランドデザインとは一体何だったのだろう。


有明海に面した小さな漁師町の堂崎には、ごく簡素な上屋とホーム跡が朽ちるに任されて在った。

むせるような草いきれや微かな潮の香りだけは変わらないけれど。







shimabara_9374b.jpg







今から34年前の夏。

ここには無人ながら大きな木造駅舎が建っていた。

光溢れるような午後、向日葵は灼熱の太陽に向かい、日陰の涼を求めた待合室は蝉しぐれに満ちているのだった。

お盆時である。大きな荷物を抱えた母子は里帰りだったのだろうと思う。

世は移ろい人は年を重ねていくけれど、故郷は今も変わらず迎えてくれる場所なのだろうか。









島原鉄道 堂崎駅4 1982年8月 16bitAdobeRGB 原版 take1b


島原鉄道 堂崎駅2 1982年8月 16bitAdobeRGB 原版 take1b


修正A3 島原鉄道 堂崎駅1 1982年8月 16bitAdobeRGB 原版 take2b

   島原鉄道 堂崎   1982年






HPはこちら  
「風太郎の1980年田舎列車の旅」

Copyright © 2014 風太郎のPな日々 All rights reserved


「ブログ村」に参加しました。ご訪問の際はポチしていただけると励みになります!
 ↓
にほんブログ村 鉄道ブログ ローカル線へ
にほんブログ村
スポンサーサイト
[ 2016/10/14 20:01 ] 最近の旅 西日本 | TB(0) | CM(6)

風太郎様

島原鉄道 堂崎駅 1982年
一枚目
向日葵が咲くホームを駆ける少女の後ろ姿に喜びが溢れているかのようです
列車の背後右手洗濯物が見えます
その家を迂回するかのような線路 とても印象深いです

二枚目
お子さん 二人のあどけなさが目を惹きます

三枚目
鉄枠に座った少女 夏の日の思い出一杯で多少疲れているかのようですね
背景の美しさに魅了されます

[ 2016/10/14 21:03 ] [ 編集 ]

時は流れ


りらさま

乗客が集ってこその鉄道です。
大勢の乗客をそこに憩わせる機能を持たない単なる上屋に建て替えられた時点で、
島原鉄道の命運は尽きていたのでしょう。
34年後の同じ場所にあれば、もはや立ち尽くすのみです。
時の流れのなかで、得たものと失ったものについて静かに考えたいと思います。


[ 2016/10/14 23:09 ] [ 編集 ]

キハ2600、5500

風太郎さま

赤いひげ付きの冷房車であるこの両運転台のクルマ、
国鉄線への乗り入れ用で、島鉄線内を行き来するクルマとは
段違いな車両でしたね。マル急マークが誇らしげで・・・中にはエアサス履いたのもいて。
そんなクルマで遠くへ出かけるのも、里帰りするのも沿線住民の贅沢だったかも。
あの大火砕流さえなければ、島鉄の今はどうだったのかと考えさせられます。
[ 2016/10/15 11:57 ] [ 編集 ]

ヒゲ


狂電関人さま

横着にも(既に余裕が無かった?)国鉄気動車色のまま走っていた10系気動車が幅を利かせていた中にあって、
島鉄らしさを主張するヒゲでしたね。
火砕流が無ければ・・・ひょっとしたら部分廃止はもっと早かったかもしれません。
しかし復旧区間の工事に6年と巨額の投資を掛けた後、完成から10年後に廃止というのも不思議な話。
ローカル線とはグランドデザインなき地域交通政策が生んだ鬼っ子なのでしょうか。
[ 2016/10/15 14:11 ] [ 編集 ]

閃光少女

我々は使命を果たしたと思う
しかし始まったものは終わる
決して振り返ってはならない
任務を全うせよ
我々が死んだら電源を入れて
君の再生装置で甦らせてくれ
さらばだ!

堂崎駅跡がこのように言っているようにも思えます

でも、私は風太郎さんのおかげで、
かつての堂崎駅と、そこに生きる人々を見ることができました

それに、今の堂崎駅も緑に囲まれ美しく感じます

焼きついてよ、一瞬の光で!
またとないいのちを使い切ってゆくから
私は今しか知らない
堂崎駅の"今"に閃きたい
これが最期だとしても光っていたい
そんな微かな囁きが風にのって消えていくような一瞬を感じました

刹那的やけど、どこか温かい二つの時間の写真
ある詩の一説を思い出し、ほんまに大好きです
おおきに♡
sana(^-^)/
[ 2016/10/16 00:00 ] [ 編集 ]

残された山河に


sanaさま

大正時代に出来た堂崎駅の歴史は86年で閉じられましたが、この山海に暮らす民の歴史は数百年かそれ以上でしょう。
鉄道もまた人生と同じく刹那の瞬きのようなものなのかもしれません。
鉄道のみに目を向けていると全てが終わってしまったと嘆き節になってしまうのですが、お言葉沁み入りました。
この土地の歴史は鉄道が敷かれる遥か以前から、そして今も現在進行で続いているんですよね。
この廃墟が美しいと仰ります。残された美しい山河に新たな幸せのかたちが生まれてくる事を願わずにはいられません。

[ 2016/10/16 09:40 ] [ 編集 ]

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://futaro1980.blog.fc2.com/tb.php/1205-bf12677f