乗降場の秋

天北線 周麿乗降場 秋2 1988年10月 55mmF35 take1b2

   天北線  周磨   1988年






ピンネシリ・マツネシリの夫婦山が見下ろす、何の変哲も無い小駅である。

「しゅうまろ」は由緒ありげな駅名だが、アイヌ地名に忠実に当てたものに違いなかった。

地元住民の請願により作られた元仮乗降場だからその昔は大勢の乗り降りがあったのだろうが、

このささやかなホームに立つ人をついぞ見る事は無かった。


天北線はこの半年後にその歴史を閉じる事になる。

駅を囲む白樺も、最後の秋と知っていただろうか。


この駅周辺の現在の写真が載っているサイトを見つけました。右側の白樺の枝の曲がり具合はまさしく・・・。諸行無常。

http://www.panoramio.com/photo/81138213




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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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停車場

風太郎さま

学生時代には、北海道どころか本州にもそれ以外にもあちらこちらに
小さなホームだけの停車場(仮乗降場)がありましたが、時代とともに
瞬く間に消えてなくなってしまいましたね。
天北線や興浜南北線などついぞ乗車することも無く消えていったのが残念です。
[ 2016/11/01 20:49 ] [ 編集 ]

風太郎様

1988年撮影
まだ風太郎様がブログ始めるずっと以前の撮影ですね

1985年(昭和60年)8月に第2次特定地方交通線に選定され、JR北海道に承継されて2年余り後の1989年(平成元年)5月1日に廃止された・・・・調べてみました

遠方までこの駅を訊ねて行かれたのですね
この駅が廃止になることを知って撮影に行かれたのでしょうか・・・

ささやかながらも印象的なホームです
一両編成の天北線も心に残ります

秋色の中にあるこの駅 撮影しておいて下さり また大事に保存していて下さり有難う

とても感動しました 秋色の中にある小さな駅に・・・・ 
[ 2016/11/01 20:50 ] [ 編集 ]

尽きぬ後悔


狂電関人さま

仮乗降場は風雪を避けるためでしょうか、地元の人しか知らないような小径の先の森の中などにある事が多く、
車という利器を手にしていたとはいえうっかり通り過ぎてしまうものでもありました。
その点、解放感に満ちたこの駅はひときわ印象的でした。実は前年の冬にもここで写真を撮っているのですが、
朝夕、はたまた日も暮れてから、この駅の様々な表情を撮り切れなかったなあと思うのです。
どうあっても後悔が尽きぬとは人間の贅沢なところなのかもしれませんが。
[ 2016/11/01 21:03 ] [ 編集 ]

うたかたの夢


りらさま

全国のローカル線がばたばたと消えていった時代でした。天北線が風前の灯というのも当然分っていましたから、
金はあるけど時間が無い社会人、金にモノを言わせて往復飛行機、車のタイヤを軋ませての弾丸撮影でした。
今なら殺到するカメラマンで押すな押すなでしょうが、静かなものでしたよ。
天北線を見るのもこれが最後と思いましたが、静かにお別れが出来て良かったと思いました。
今はすっかり灌木に覆われた原野に還り、その場所すら分からないようです。
大勢の開拓者で賑わったはずの開設から33年、生涯というにはあまりにも短いうたかたの夢です。

[ 2016/11/01 21:14 ] [ 編集 ]

風太郎様。
一昔前の典型的な北海道らしい仮乗降場ですね。
何とも質素な造りですが、北海道開拓時代を考えてみれば、
これでも一級鉄道の駅ですから、開業時は盛大に祝われたと思います。

昔の北海道の鉄道と言えば、国鉄の印象が強いですが、開拓時代から戦後暫くまであったと言う、
国鉄の途中駅から各集落に伸びていた、名も無き農村軽便鉄道(簡易軌道線)の役割も大きかったと思います。
国鉄を中心とする物流網を補完するものですから、機関車や貨車などの立派なものはない場合もあり、
交換設備のない単線を個人所有の馬車牽きトロッコが走り、相対した時は、荷の軽い方が軌道から外れて交換していたと聞いています。
北海道の発展は、末端まで鉄道と密接に関わっていた事例と思いますが、時代はいつの間にか変わってしまいましたね。

ps 
>太古の昔は巨大な三日月湖であったことが周囲の地形から推定される。
以前から、少し不思議な場所と思っていましたが、なるほど納得です。
[ 2016/11/02 09:44 ] [ 編集 ]

開拓の夢


hmdさま

かつて道北道東あたりの泥炭地は雪解けともなれば馬の腹がつかえるほどの泥の海になったとか。
北海道の簡易軌道は結構興味があるのですが、そんな時代の貴重な交通手段として各地に存在したようですね。
記録も曖昧ですから仰るような馬力軌道も人知れず存在し消えていったものがあった事と思います。

開拓の夢を抱いて大勢の人がこの北の原野に暮らした時代から50~60年位でしょうか。
開拓時代の面影を残したこの駅が無くなってからも30年。
時代の移り変わりとはかくも足早なものなのかと溜息が出る程です。
[ 2016/11/03 10:31 ] [ 編集 ]

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[ 2016/11/03 16:44 ] [ 編集 ]

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