北の鉄路に

名寄本線 中興部 夕暮れの駅員1 1988年10月 16bitAdobeRGB原版take1b

   名寄本線  中興部     1988年









まだ10月というのに待合室にはストーブが燃え盛っている。

冷たい秋雨の降る日。それは初雪の日でもあったようだ。

北の鉄路の半分が剥がされようとする今、此処に生きた者達の息遣いを伝えたいと思う。









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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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風太郎様

待合室のストーブは橙色だったのでしょうね
ホームにはまた異なる色が無数にありますね
それを私は一つ一つ幼い頃 落ち葉を拾って歩いたように拾っています
律儀な姿勢に敬意を表したいですね
右手に持つのはカンテラでしょうか・・・・間違っていたらお手数ですが教えて下さい
[ 2016/11/22 21:22 ] [ 編集 ]

合理化って、一体なに?

本当に、本当に、「分割民営化」「合理化」って何だったのでしょうね。
かつては細々だったかもしれないが、赤字を垂れ流していたかのしれないが、多くの人が職場を持ち、それで生活できていたのに…
企業って、儲けを追求するためのもの、かもしれないけれども、人々に生活の糧を与えることがより大切だったのではないだろうか。
「合理化」という不合理な名の下に人々の選別が行われ、格差が大きくできてしまった。
挙げ句の果てに、そりゃあ考えればすぐに分かったことだが、真綿で首を絞めるように、いや違った、真綿で首を絞められるように、鉄道そのものが衰退してしまった。
JR北海道の赤字なんて、JR東や東海の一人儲けに比べれば微々たるものなのにね。
「JR改革」とやらから来年で30年、一体何なんだったのだろう?
[ 2016/11/22 21:59 ] [ 編集 ]

化けの皮

風太郎さま

北海道社の発表、愕然とする内容でした。
北の大地に封じ込まれた国鉄の負の財産。
北方領土を返せだの言っている間に北の大地が雲散霧消してしまいそうな事態。
末端血管が壊死してしまうような事態が・・・嗚呼。
[ 2016/11/22 22:19 ] [ 編集 ]

イマジネーション


りらさま

いろいろ写真を読んでいただいて有難うございます。
ごく薄いピントなので画面の中に形を持った情報はごく少ないのですが、
むしろ僅かな情報だからこそ訴えるもの、想像させるものがあるのかもしれませんね。
ストーブの灯は写っていませんが、冷え冷えとした北国の夕刻の色がそれをイメージさせるのでしょうか。
駅を守る人が居てこそのイマジネーションでもあります。

カンテラですね。暗くなると赤旗では見えないので青を灯したカンテラが発車の合図です。
[ 2016/11/22 23:06 ] [ 編集 ]

人が暮らせる国に


大木 茂さま

遠くミャンマーから海を越えたコメント有難うございます。

田中角栄の母親の希望は、彼に越後線の駅員になってもらう事だったとか。「それが一番固いから」との事。
鉄道が日本の隅々まで雇用を創出していた事は疑いなく、それは永続性のある公共事業だったのでしょう。
国土は新幹線や高速道路によって守られるのではなく、そこに根を下ろした生活者によって守られると気付いてからでは遅いのです。

数千億円の「経営安定化基金」の金利で食いつなぐなど、株式会社のやる事ではありません。
つまりJR北海道のスタートは経営のイロハを知る人間なら誰でもわかるマヤカシの塊だったのです。
本州JRの巨大財閥化とのアンバランスも然り。子供でも分かるマヤカシです。
些細なマヤカシは鬼の首を取ったように吊し上げるマスコミも、この巨大なマヤカシに切り込まないとはそのレベルを疑いたくなります。

敢えて鉄道をとは言いません。せめて日本の隅々まで人が暮らせる国にしなければ。「美しい国」が泣きます。

[ 2016/11/22 23:39 ] [ 編集 ]

戯画


狂電関人さま

稚内、網走、根室、今でも多くの人が暮らす都市から鉄道を剥がして、公共輸送は飛行機にバスでしょうか?
遥かに採算性に機敏なそれらは、都市の衰退を見るやあっという間に消えますからね。
ローカル線はバス化すればノープロブレムとの地元説得でしたが、その優等生たるバスさえ消える現実を見れば自明の理でしょう。
北海道が原野に還らんとする現実は黙して語らず、北方領土に夢中とはとんだ戯画ですね。


[ 2016/11/22 23:53 ] [ 編集 ]

こんにちは

北の鉄道員には北の厳しい環境の中鉄路を守るという誇りがあって・・・
まあ 時にそうじゃないニュースも入ってきたりしましたが 
誇りをもって いたんですよね 今だってそうだと思うんですが・・・・なんだかお写真を拝見していて 胸に迫るものがありました

多くの方がそれぞれのご意見をもっていろんな立場でこの北の鉄路の状況について教えてくださいます
中には「たいへん大事な厳しい指摘やご意見」ではなく「まるで何でも知ってるもののような態度で馬鹿にした言葉をもって来る」者もいます
それらにはもう慣れましたが、
私らは 北海道のど田舎に住む権利だってあるし そこに住む子どもはきしゃを使って通学して教育を受ける権利だってあるし
鉄道を使って旅をする、健康で文化的な生活を営む権利だってある
・・・とある作家さんのことばのうけうりですが 
いま 私はその言葉を何度も何度も繰り返しつぶやき それを口にすることは愚かなのかな、何が本当なのかな 何をしたらいいのかなと
思いめぐらせ 模索の日々です
[ 2016/11/23 22:51 ] [ 編集 ]

新しい国のかたちを


Jamさま

鉄道員の動作にはある種の「型」があって、それが誰であろうと共通のルールを順守してこそ安全が確保出来るという、
鉄道運行の実情に即したものであったに違いありません。
わざわざ白手袋をはめ、直立不動でホームに立ち、一杯に手を伸ばして合図する、その所作は多分若い頃に叩き込まれたものなのでしょう。
でも怖い先輩が見ているならともかく、一人きりの駅でそれを忠実に繰り返すを見れば、いろいろな感慨も湧いてきます。
誇りはもちろんですが、この国の民の愚直なまでの誠実さをそこに見るような。

狭い国土に世界の国家でも有数の1億の民を抱える事が出来たのは、とりもなおさずその津々浦々まで人が暮らしたからです。
焦土からの復興はグローバリゼーションから生まれたのではなく、誠実な1億の民の勤勉な労働と豊かな内需があったから。
そして北と南、山と海、様々な土地での暮らしの中からこの国の多様で豊かな文化は育まれたのです。

偏狭な効率論だけが正論と自分に酔う連中の馬鹿さ加減もたいがいですが、都市対農村の如く愚かな二極対立思考の蔓延も嘆かわしいですね。
しかし悲観ばかりでは何も生まれません。歴史の反省という賢さもこの国の民はは持ち合わせているはず。
公共交通さえ失われいよいよ衰退し荒廃する地方の現実は、先送りにしてきた新しい国のかたちへの真剣な議論を胎動させるものと期待したいです。
失われる鉄道がそのさきがけとなるならばもって瞑すべしと、今夜も酔っております。
[ 2016/11/24 00:15 ] [ 編集 ]

自戒の念を込めて

苦しい経営が続く北海道旅客鉄道会社ですが、今年は特に天災によって痛めつけられてしまいました
ここまで来るといくら公共交通機関だからと言っても、一民間企業の範疇を越えているのは明白だと思います
公共交通機関は赤字で当たり前という考えを改めて、安定収入のためにはどうすれば良いのか
今後の日本の事、北海道の事、国民皆で考える良い機会だと思います
自分を含めて今まで無関心過ぎたのかも知れません
北の大地の鉄路の半分をただ廃止にして問題を先送りにする事の無い様に自戒の念を込めて
[ 2016/11/27 17:54 ] [ 編集 ]

踏み込まねば


まりも207さま

国鉄分割の際、JR北海道が民間企業として成立するのか信じられない想いでしたが、
経営安定化基金のようなカラクリは後に知った事で、その不明は私も恥じなければなりません。
北海道の鉄道を半分にしたところで抜本的な解決にはならないと思いますから、その矛盾の厚みに息苦しいばかりですね。
30年前にも多くのレールが剥がされましたが、今回はそれ以上のインパクトがあるのではないでしょうか。
会社間で極端な明暗を作った分割民営化とは何だったのか、都会と地方をどう共存させる国家のグランドデザインを描くのか、
そこまで踏み込まねば何も解決しないと思います。
[ 2016/11/27 19:18 ] [ 編集 ]

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