秋澄みし わたらせ遡行    その5     足尾①

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   中才集落  元古物商の家    2016年11月 






沿線が彩り豊かな季節であるほど、「末端部」のモノトーンに沈んだ風景が際立つ。

ぽっかりと口を空けた時代の迷宮のような。







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    中才集落
 






此処の歴史はまだ終わってはいない。今も現在進行の生がそこにある。

全てを忘れ去られる事に抗うように。







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    中才集落


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    向原集落







鉱山住宅の間に建つレンガ造りの防火壁。

都会並みの密集木造住宅に火が回れば一夜にして100戸以上の集落が全滅した過去もあるようだから、

そこに必然はあったに違いないのだが。

でもそれは、支配するものとされるもの、ふたつの世界を隔てる壁のようにも見えてしまうのだ。







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    中才集落







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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2016/12/10 19:26 ] 最近の旅 関東 | TB(0) | CM(8)

風太郎様

洗濯物が干されている家があります
塀の上の猫は飼い猫のようにも思えます
現在もこの地で生活されている方々がいるのですよね
足尾鉱山のことはある程度以前調べてみました
そこには 忘れてはならない公害問題があります
お写真 拝見させて頂き それを想わざるをえませんでした


[ 2016/12/10 21:56 ] [ 編集 ]

風太郎様
中才鉱住ですか・・・駅に近い割に、ディープな世界に直ぐに入れるのが、この路線沿線の特徴と言えますが、
これだけの情緒と強烈な場末感のある中才でも、まだメジャーな方ですから、やはり足尾は恐ろしいですね。
確かに、支配と被支配、生命をも侵す鉱毒物と抗う人の生命の対比を感じます。
[ 2016/12/10 22:08 ] [ 編集 ]

歴史の底に


りらさま

鉱業所もその機能のほとんどを失い、「足尾の公害」は既に遠い歴史になりつつあると思うのですが、
かつてその歴史を作った人々が暮らす家々だけは残り、いまだそこに生活があるのは驚きます。
トイレは屋外に建つ共同、お風呂も共同浴場です。
およそ現代の暮らしとは思えぬ程のつましさの中、それでも此処に生きる理由は何故なのか。
歴史の底に沈殿した何かに心揺さぶられるような場所です。
[ 2016/12/10 22:29 ] [ 編集 ]

空模様

曇りの日だからこそ、かすかな生を映し出すことができたのでしょうか
鮮やかでなくとも目に止まりました
[ 2016/12/10 22:38 ] [ 編集 ]

旅するべきは


hmdさま

綿密な取材活動をなさっているhmdさんなら足尾の現在を巡る事情もいろいろお知りなのかと思いますが、
予備知識も無くそこに立てば、ただ黙してしまう重さがある場所ですね。
本山の方にはもっと大きな集落があり、最盛期の賑わいを伝える写真も見かけました。
楽しい事も沢山あったと、思い出と共に住み続ける人もいるようですね。
不条理はあれどそこにも命の輝きはあったのでしょう。
およそ「観光」の光が当たらないもの、歴史のうねりに埋没しつつあるものに出会ってこその旅です。
[ 2016/12/10 22:55 ] [ 編集 ]

光の扱い


凛佐さま

2日かけて沿線を撮ったのですが、初日は晴れ、翌日は曇りの予報で。
秋の光が透き通るような快晴の日は紅葉狙い、雲に覆われた日は此処かと。
曇りの日は影も無く色に鮮やかさもありませんがどこか静寂を感じさせますし、被写体の内面に迫れるような気がするのです。
天気は意のままになりませんが、光の扱いは写真の大事な要素ですから被写体に相応しいそれを選びたいと。
[ 2016/12/10 23:09 ] [ 編集 ]

足尾ドキュメンタリー

風太郎さま

らしい切り口の足尾点景、先輩の真骨頂ですね!
マクロではなくミクロの視点でモノをつぶさに観察する視点、
今も学ばせていただいてますョ。
[ 2016/12/11 10:02 ] [ 編集 ]

断片


狂電関人さま

大きな世界観にも繋がるような、ある「断片」の発見はエキサイティングな体験でもありますね。
それは「断片」に冷徹で精緻なリアリティがあってこそ、というところもあります。
写真にしか出来ないアプローチに拘ってみたいですね。
[ 2016/12/11 11:26 ] [ 編集 ]

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