手であけてください

北海道 冬の車窓2 1988年1月 原版take1b

    天北線  1988年









おいおいドアを勝手に開けちゃいかんだろ、そもそも手で開くものか?

というのが鉄道に対する基礎知識というものが欠如したまま鉄道を撮る事になった風太郎の、

 「meets ローカル線」原体験だったような気がする。相模線のキハ20だったか。

ドアの前で佇んでいると後ろの高校生が怪訝な顔で開けて見せたり。危うく降り損ねそうになったり。

鉄道車両のドアというのは案外重いものだなと思ったもの。

それは慣れ親しんだ都会の電車とは全く異質なワンダーワールドのドアを開けることでもあったろう。










HPはこちら  
「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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風太郎 様

ドアの周りの一部が額縁効果となり 景観を絵画のごとく表現されています
太陽光が眩しい 白の光景・・・美麗なる白の世界ですね

「 手であけてください 」・・・・・その張り紙の手書きの文字に何故かほっとします
[ 2017/02/19 21:06 ] [ 編集 ]

日常を離れ


りらさま

ピシャリと自動で開け閉めされる都会の電車が当たり前と思っていた身からすれば、
ガラガラ手で開けるユルさがまた、日常を離れた実感に繋がったものです。
こんな厳寒の鉄道では降りる客が居ない時は極力車内の暖房を逃がさぬよう、ドアは開かなかったのです。
[ 2017/02/19 22:52 ] [ 編集 ]

手であけてください
子供心に初めて開けた時
こんなに重たいんだ~
と記憶の片隅にあります。

都会では味わう事が出来なかった
ローカル線での日常風景
いろいろな事を思い出させてくれる
今となっては貴重な
素敵な一コマですね。
[ 2017/02/20 12:19 ] [ 編集 ]

特に・・・

風太郎さま

10系や20系列の気動車のドアは重かったです!
昔の電車は、シューというエアー音で開くタイミングがわかりましたが、
ちょっと前のボタン式のやつは慣れてないとボタンの押しどころがわからず・・・。
[ 2017/02/20 17:36 ] [ 編集 ]

押して閉めるなら、引いて開けてみ。

風太郎様
国鉄末期でも、場末の地方ローカル線に行けば、半自動乗降扉の気動車もまだありましたね。
「押して閉めれるなら、引いて開けられるだろう。」と、少年心に思っていましたが、
南国であるのにその技術的理由は未だ判らず。
戸袋窓から見える大きな戸閉棒が、勢い良くカクンと動くのを見るのも、面白かったと。

[ 2017/02/20 19:34 ] [ 編集 ]

公共輸送


happyヒロさま

降りたきゃ勝手に開けて降りろ、というところが痒い所に手か届くような「サービス」ではなく、
「公共輸送」だったのかなあと、今は思えます。
自分の力でドアを開けて自分の足で旅を作れと、教えてくれるような「重さ」だったのかもしれません。
[ 2017/02/20 21:15 ] [ 編集 ]

ディティールは


狂電関人さま

記憶力が無いのか、メカニズムそのものに関心が無い故か、
どうも開け閉めの細かいディティールは覚えていないのです。
ボタンを押して開けるというのに出会ったのはずっと後のような。
なんじゃこりゃあとボタンをしげしげ見詰めてしまいました。
[ 2017/02/20 21:19 ] [ 編集 ]

サービスとは


hmd さま

まあ南国でも冬は寒いし、北海道型の様に乗降デッキと客室が分離していないものが多かったですから、
保温対策としては同じ事情だったのでは。
多少の不便はあれど皆不満も持たず公共輸送の都合に合わせた生活をしていました。
「国鉄職員」の横柄なサービス姿勢が叩かれた時代もありましたが・・・。
公共輸送そのものが消えていく今、サービスって何なんだろうと考えてしまいます。
[ 2017/02/20 21:31 ] [ 編集 ]

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