画角の気配

蒲原鉄道 大蒲原駅ベンチの老婆2 198年 月 日 16bitAdobeRGB原版take1b

   蒲原鉄道 大蒲原   1984年





故真島満秀氏の急逝直前の書簡というのを読んでいたら。

「28mm~90mmの画角がつくる視界、それがかもし出す四季、人の気配、人の有様を新しい概念にして、心情に素直に鉄道を見る方法もなかなかの目線、一計と感じています。」

真島さんといえば超望遠レンズによる圧縮、単純化された絵作りの権化のように感じていたから意外な言葉の様に感じるけれど、

実際シリーズ物としては遺作となった「街と人 東京駅前ストーリー」は28mmのエルマリートを付けたライカ撮りだったそうだから、

氏が最後に帰りたかったのは此処だったかと感慨がある。

カメラに残された生涯のラストショットとされる1枚も神田の夜のガード下を広角で捉えたものだった。


入門書の解説ではないが28~90mmというのは人間が漫然とモノを見る視界から何かに関心を引いた時の少し狭い視界そのものであり、

いわば写真の作為を感じさせない、ごく自然な「見たままの」画角といえる。

私達のごく身近なところで息づいている人々やモノたちが醸し出す気配は、そんな人間サイズの視点のなかに宿ると言われれば素直に頷けるところがある。

しかし残念ながら昨今の鉄道は省力化に対応した標識類の乱立やら、パッチワークのように貼り込まれたポスター類やら、

絵的に見れば余計なものが多くなり過ぎた。

それらを画角の外に追いやるにはいきおい望遠系の切り取りが主体になってしまうのも忸怩たる想いではある。

不肖風太郎も最後には人間サイズの画角に帰りたいと思う。



写真はお祭りのポスターも貼られた大蒲原の夏。

朝市帰りなのか担ぎ屋のおばあさんはうたた寝してしまったようだ。

レンズはズイコー28mmF3.5。

ムラのランドマークをいまだ主張するような高い天井まで取り込んだ画角は、

草いきれに淀んだ真夏の空気や往時の賑わいの気配をも伝えて在るだろうか。







HPはこちら  
「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2017/02/17 20:11 ] 写真道具 | TB(0) | CM(8)

なるほど・・・

風太郎さま

もともと写真から入った電関人としては
つい読み入ってしまいました。

血気盛んだった電関人も少し余裕こくようになれて、
最近、標準から広角の画角に戻ってこれた感が・・・。
折角購入した伝家のズイコー2倍テレコンの出番が無いのです。。。
[ 2017/02/17 20:48 ] [ 編集 ]

気難しい画角


狂電関人さま

18の春に写真を何も分からぬまま買ったレンズは鉄道写真としては定番の50と135mm。
28mmに手を出すのはもう少し後になりますが、初めての北海道行きを控え、
「広い場所をより広く写すもの」と勘違いしたのが運の尽き。
「狭い場所を広く写してこそ」と悟るまでにもう暫く時間が掛かるのでした。
ある意味気難しかった画角、結局心に響く写真は大概28mmが捉えたと後で気付くのです。
[ 2017/02/17 21:30 ] [ 編集 ]

素人ながら

風太郎様
旅カメラに28mmスナップコンデジをずっと使っておりますが、なかなかシビアな面もありますね。
何も考えないで撮っていると、気の散った写真のオンパレードになりますし・・・(汗)
余計なものが写りすぎるきらいもありますが、撮影時の雰囲気はよく捉えると感じ、
旅途中の撮影であれば、あえてこれで良いとも思っています。
[ 2017/02/17 21:34 ] [ 編集 ]

臨場感

「写真は50mmに始まり50mmに終わる。」と云われますが、私的には、もう少し広角寄りにあると思います。
やはり、望遠や超広角は写真表現としての画角であり、人目線の自然な画角は、そこら辺りにあるのでしょう。
色々な物がごちゃごちゃと写し込まれた写真が好きな者としては、24mm、28mm、35mmと云ったところです。
この写真でも色々なものに目が引かれます。床や天井の質感、穴の開いた扉、村祭りのポスター、蛍光灯・・・。
置かれた荷物の中には何が入っているのでしょうか。まるでこの待合室に居るかのように雰囲気を楽しめます。
あの真島さんの遺作となってしまった神田のショットも、とても好きな作品です。
[ 2017/02/17 21:43 ] [ 編集 ]

28mm一本撮り


hmdさま

広角っぽい写真が多いなとは思っていましたが28mm一本撮りでしたか。
でも大らかなその画角は旅するhmdさんの解き放たれた心も写しているようで気持ち良く響きますよ。
実は28mm一本だけ付けたコンデジで旅に出るのは風太郎の積年の夢なのです。
そんなのいつでも出来そうですが、誤魔化しの利かない写真への心構えを問われるような気がしてつい尻込みしてしまうのです。
[ 2017/02/17 22:13 ] [ 編集 ]

風太郎 様


不肖風太郎も最後には人間サイズの画角に帰りたいと思う。嬉しいですね
28mm~90mm・・・私のレンズだと14mm~45mmになります
私が一番使用が多いレンズです
15・25・45・・・・私の写真の殆どがこの画角です

お写真 駅舎の中のベンチで気持ち良さそうにうたたねしている人・・・こんな駅舎に行って私も同じように気分よくうたたねしてみたいと思いました
[ 2017/02/17 22:13 ] [ 編集 ]

画角が語るもの


こあらまさま

私も50mmは少し狭いなあと思います。しっくり来るのは28mmですねえ。
難しいのは写真の主役は何かという事を常に意識しなければいけない事で、
何を主役に置くかで写真家の意思やシャッター以前の思想まで問われるような気がします。

ベンチのばあちゃんが主役は間違いないのですが、
良く見ていただいたように駅の建物やポスター、荷物から夏の日差しまで広角レンズは捉えてくれます。
そういったモノたちはひょっとしたら、このばあちゃんの人生そのものを語ってくれているのかもしれません。
「人間サイズ」の画角は何か深い所で心を動かすように思うのです。


[ 2017/02/17 22:27 ] [ 編集 ]

自然であるが故に


りらさま

自然な画角のみで勝負されているのは天晴れです。
下手っぴ程超ナントカを持ち出して誤魔化すものです。風太郎も含め。
でも自然な画角というのは自然であるが故に軽く見送られてしまうものでもあります。
何に感動して撮るのか。その感動がちゃんと自分以外に伝わる撮り方をしているのか。
ガツンと響いて目が止る写真はそこから生まれます。なかなかにイバラの道でもありますぞ。
[ 2017/02/17 22:41 ] [ 編集 ]

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