寒波

津軽鉄道 五所川原駅ホーム4 1984年1月 X970 AdobeRGB 16bit 原版take1b

   津軽鉄道 五所川原    1984年






寒波に荒れるは、待合室のストーブの油も尽きてしまうのだろう。

じっと息を潜めるように、今日の一日が過ぎて行く。







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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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風太郎様

待合室で使用する 石油ストーブで使用する灯油を運搬しているのですね
雪降るホーム 灯油を運ぶ右手の軍手
このような方々もあってこそ 日本の鉄道は成り立っていたのですよね
実は石油ストーブ使用したことがありません
煩わしいと思っていました
お写真拝見させて頂き 反省しています
[ 2017/03/13 20:43 ] [ 編集 ]

雪国の匂い


りらさま

石油ストーブは東京ではあまり見かけなくなりましたね。
何よりあの灯油が燃える独特な匂いは気になる人は気になるでしょうし。
雪国では多くが石油ストーブだったのはやはり燃料代当たりの熱量が違ったからでしょうね。
凍えた手を温める時の石油ストーブは本当に暖かかった。
あの匂いも慣れて来れば冬の旅を実感させる忘れ難いものでもあり。
[ 2017/03/13 21:16 ] [ 編集 ]

津鉄の冬

風太郎さま

寒ーーい、寒ーーい冬があるからこそ
春の訪れの嬉しさもひとしおなのでしょう。
春のように暖かで優しい津軽のひとの笑顔が好きです。

P.S.今の那珂川沿いの屋台は大半が昔からの屋台ではなく、
観光屋台というもので、中にはお寿司を出したり天ぷらを揚げたりもする偽物が
多いのできっと地元っ子は行かないという話になったのでしょう。
[ 2017/03/13 21:53 ] [ 編集 ]

東北人


狂電関人さま

四季にメリハリがあった方が人間の顔に刻まれる年輪も深くなるような気がしますね。
しかし来る日も来る日も続く雪の暮らしにあれば、よく言われる東北人の粘り強さを目の当たりにするような気がしたもの。
九州人の舌の肥えようはニセモノを許さないという事でしょうか。
10年以上前に行った時は確かにここまで大規模な店では無かったような。寿司天ぷらとはまた凄い。
[ 2017/03/13 22:20 ] [ 編集 ]

こんにちは

ママさんダンプに灯油タンクのちっちゃいのを乗せて運ぶ
なんて北国らしい光景でしょう ものすごく共感できます笑 
子どものころから当たり前にやってきた 
ポリタンクからストーブ用の灯油のカンカンに灯油を移し替える作業
うちの子たちはやったことないなあとふと思いました つい危ないからとか臭いからとか・・・過保護だなあ

待合室にいさえすれば寒さはしのげる 家に帰らず友達ともそこで長くおしゃべりもできる
暖房の有難いこと 駅舎があるのがありがたいこと 冬だからこそ思うことかもしれません
 
 
[ 2017/03/14 00:17 ] [ 編集 ]

燃えるストーブ


jamさま

ママさんダンプですか、成程。小柄な体でこれに雪を満載して運んでいるのを見れば、雪国の女性の逞しさを感じますね。
この当時の駅は無人といえど待合室には石油ストーブが燃えていたものです。駅前の家の人が時々覗きに来ていましたね。
本当は意を決してそこから出て撮影ポイントに向わなければいけないのですが、
ストーブの温もりに触れればそこから離れられなくなる逡巡も、この頃の旅のひとコマでしたねえ。
その当時だって無人駅を利用するはささやかな人数しかいなかったはずですが、
その僅かな人々の為に燃えるストーブには実際の温度以上の温もりを感じたものです。
[ 2017/03/14 22:12 ] [ 編集 ]

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