F2で遊ぶ      実弾発射

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家に籠っていじり回し、ニヤニヤしているだけでは本当にカメラ亡者のジジイになってしまう。

実戦派を旗印にする風太郎は当然フイルムを装填して実弾発射してみなければ。

やっぱり似合うのはモノクローム、それに似合うのは昭和の風景という事で、昨秋の足尾に同伴させていた。

大分お高くなったトライX36枚一本勝負で。レンズは全てAisニッコール28mmF2.8。

せっかくだからトリミングなしの完全フルフレームを自分に課してみた。






 全て足尾にて  2016年11月撮影





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   古来の庚申信仰に神社の鳥居が加わり神は救い給う


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   沈殿槽は時折ゴボゴボと音を立てる







正直に言おう。メッチャ使い辛えっというのが本音。

風太郎は普段絞り優先AEを基本にしているので、マニュアルにあっても絞りは固定、SSで露出調整するのだが、

シャッターダイヤルは右手で動かすものだし(この当時の大概のカメラはそうだが)、それがやたら高い位置にあるから

いちいちレリーズボタンや巻き上げから手を離し、左手だけで不安定にカメラを支えながら動かさなければならないのが非常に苦しいのだ。

こんなはずじゃあと思ってハタと膝を打つのは、以前使っていたOM1はシャッターダイヤルがマウント部にあるのが最大の特徴だった事。

つまり左手で絞り・SSの両方を変えられた訳で、レリーズ・巻き上げを担当する右手と完全分業が可能で実に合理的だったのだ。

浮気してゴメンOM1、やっぱりキミは正しかったと再認識するところだが、F2の使い手はそれこそゴマンといるはずだからどこかに秘技はあるのだろう。

俄か使いの風太郎がどうこうは100年早いと言われそうだ。どちらかと言えばSSを固定して絞りを動かすのが「作法」なのだろうか。


それはともかく。

フルフレームで撮るというのは後のゴマカシが利かない分緊張感がある。ファインダーの隅々まで確かめて被写体と静かに対話するような。

もちろん現像代も含めワンカット40円位というとんでもないコストだから、そういう点での緊張感もあるが。








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   断熱材代わりの古新聞の日付は1986年


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   鉱山の中級社員の社宅


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   クロームメッキの蛇口だけが妙に朽ちない


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   板壁の紅葉


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   湧水です。ご自由にどうぞ。






やっぱりこの当時のカメラは妙に優しい昨今のそれと違い俺に合わせろ的な頑固者で、使い手に目を瞑ってもOKというような修練を要求するものでもあるのだろう。

デジタルとどちらがいいかと言えば、情緒的な評価は別としてアナログで撮るメリットはどこにあるのだろうというのが本音ではあるけれど、

ダラダラ撮り散らすのではなく、被写体ときちんと向かい合って一枚一枚を大切に撮るという原点にたまに戻る事も新鮮な体験である。

カシャンとレリーズ、グワシャッと巻き上げる感触は懐かしい。

濃厚な「昭和」がひっそり閉じ込められた路地の隅で、しばし「あの頃」に帰る時間。







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    「生活協同組合売店」跡


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    役目を終えた沈殿槽



  



HPはこちら  
「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2017/04/06 20:11 ] 写真道具 | TB(0) | CM(6)

ニコンF2

こんばんは。

ブラックボディのフォトミックAですね!格好イイ!!
私も購入したときには、もうF3が出ていたので中古での購入でした。
友達には、今更F2? 何てよく言われてましたが(笑)

いちおうF2使いだった私は、仰るとおり基本SS固定の絞りで調節しておりましたよ。
まぁ、走り物をメインで撮影していたので、そうしていたと言うのもありますが。

それにしても実戦投入とは、恐れ入りました。何か現代版「たまゆら」を感じました。
私もたまには銀塩で、被写体に対峙しようかな・・・
それでは今度機会が御座いましたら、F2見せてくださいませ。

[ 2017/04/06 23:18 ] [ 編集 ]

カメラとの出会い


いぬばしりさま

うわっいぬばしりさんも「現役」時代に持ってたんですか。
御年を考えれば中古でも結構な買い物だったのでは。
いよいよ満を持して自分の一眼レフを買おうと思ったのが1980年春。
ちょうどF2からF3に変わる時だったんですね。
既にF2の値段に恐れ入っていましたから、F3の新製品祭りなど何処の世界の話かと冷めていたのを思い出します。
簡単に買い替えの利かないカメラであるが故に、その出会いもまた何かの運命なのかなと今は思えます。
OM1も記事に書いた通り独創性がもたらした使い易さがあったカメラですし、だから撮れた写真もあったろうと。

ズームでスカスカ構図を決められる普段と違って、決まった画角、後はフットワークで勝負というあたりが
「たまゆら」追体験だったかも知れません。
[ 2017/04/07 00:16 ] [ 編集 ]

ニコンF2 !!

確か71年9月の発売だったと思います。
その頃ぼくは、35mm版はFとニコマートの二台体制でしたが直ぐにF2とはいかなかったですね。
大学を出て、72年春に無謀にも職業写真家の宣言をしたのですが、ろくな仕事もありませんでした。
しかし、どういう風の吹き回しか73年夏に大きな仕事が入って来て、
経費精算をしたらば15万円ほど余ってしまい、そのお金で有り難くニコンF2を買うことができました。
その後、順調に仕事にもありつけてモータや二台目を買い足すことができ、
考えてみるとぼくの職業写真屋の本格的なスタートはこのカメラでしたね。
露出計以外は全くの機械仕様で、今考えれば何とも無骨な、そして愛らしいカメラで、
それはまるで蒸機のようだったかもしれません。
モータにしても、高速でも確か秒間4か5コマだったと思います。
何しろ機械式ですから、シャッタボタンを押してシャッタが切れるまでのタイムラグもかなりあったでしょう。
こんな機械で、野球の試合でバッターが打つインパクトの瞬間を撮れと要求されたもので、とんでもないことでした。
でも本当に、風太郎さんとは又違った深い思い入れのあるカメラです。

操作に関しては、いぬばしりさんのおっしゃるとおり、このカメラでは状況に応じて適当なシャッタ速度を決めておいて、
あとは絞りで微調整、でしたね。
風太郎さんはオリンパスMから入られたので、あの特異なシャッタダイアルの配置に馴染んでしまったからでしょう。
逆にぼくは、あのオリンパスの配置はダメでしたね、使ってみようと思ったことがあったのですが止めました。
なんだかそれぞれ、面白いと思います。

実戦投入もまた素晴らしい。
ぼくは今ひとつ夢を見ています…
フィルムパトローネと同じ形の中に、デジタル演算処理機能が全て納められていて、ちょうどフィルムにあたる部分にセンサがある、
そういうデジタルディバイスが出来ないものかと…
そうすれば、古いカメラたちが生き返ってくるじゃありませんか。
技術の革新はすごいものですから、決して夢ではないとは思うのですが… 残念ながら商業的にはダメかもしれませんね。

いろいろと、想い出と夢を見させてもらいました、ありがとうございます。






[ 2017/04/07 00:29 ] [ 編集 ]

Nikonテイスト

風太郎さま

おっ、使ってみたんですね。
そうそう、カチッとカリッとした調子がNikonですねぇ。
ズイコーレンズが創り出すあのしっとりした調子とは真逆くらいの差があります。
F2のダイヤル配置やマウントの回し方向などオリンパスと並行使用には未だに四苦八苦。
唯、当時のNikonの哲学はSS優先だったのかもしれませんね。
確かその直後の初期オート機のELはSS優先オートでした(?)から。
フォトミックは電関人使用のSBはAi直前の連動ピン式でしたから、
良く開放設定を失敗したりしましたっけ・・・(笑)
[ 2017/04/07 17:47 ] [ 編集 ]

折り合いの軌跡


大木 茂さま

いやホンモノの「使い手」である大木さんのご登場ではビビリまくります。
このカメラで野球取材ですか。一球ごとに連写という訳にもいかなかったんでしょうから過酷過ぎる現場ですね。
その点今のカメラマンはラクし過ぎかも。
いや時代はもっと先へ行ってしまって、スポーツ取材こそ動画から切り出しでいいじゃんとなる日もすぐそこかもしれません。
魂を込めたワンショットというのをノスタルジーにはしたくないですね。

一眼レフも大衆化し群雄割拠の時代でしたから、風太郎の初めてのカメラ選びも結構迷った記憶はあるのですが、
結局高校時代に友人を拝み倒して借りたOM1の感触が忘れられずという、あまり大した動機でも無かったような気がします。
一度馴染んでしまえばそれが一番と思えてしまうのも、この当時のカメラそれぞれに残っていた頑固さと折り合いを付けた軌跡を語るのかもしれませんね。
[ 2017/04/07 19:52 ] [ 編集 ]

あの頃のカメラ


狂電関人さま

デジタル化しコントラストを整えた時点で相当作為が入っていますから、どこまでがレンズのテイストなのかは何ともですが、
やっぱりシャキッとしたコントラストで切れ込むという感じはしますね。
ズイコーは何処か甘くてユルイ描写なのかなあと、比べてみれば思うところはあります。
風太郎も鉄道メインの頃はシャッター優先的に撮っていた気がします。その当時なら違和感は少なかったかもしれませんね。
感度に制約があった銀塩時代は手ブレ防止が大命題で、シャッター優先の思想があったのかも。
でもAEカメラも殆どが絞り優先(OM2とかペンタのMEとか)だったのは、
カメラだけ電子制御化すれば足りるという機構上の問題だったんでしょうかね。
あーいろいろ思い出してたら懐かしくなって来ました。今宵はOM1でもいじり回そうかな。

[ 2017/04/07 20:09 ] [ 編集 ]

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