梅雨空に

磐越西線 徳沢2 1988年6月4日 sRGB 16bit 原版 take1b

   磐越西線  徳沢    1988年







そぼ降る雨に駅を囲む緑はまた濃くなってゆく。

夏への扉。







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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2017/07/07 20:20 ] 昔の旅 東北の国鉄・JR | TB(0) | CM(6)

風太郎様

1988年撮影ですね
この時代カラーフィルムは高価だったのでしょうね
駅舎を拝見するとまるで山小屋かのようですね
女子学生かと思われる後ろ姿・・・印象深いですね
ホームの上に植物の緑がある・・・
何気なく見えるそれが大事に思えます
湿気感が漂ってきますね
[ 2017/07/07 20:55 ] [ 編集 ]

フイルムの時代


りらさま

昔のカラーフイルムはこういう天気ではほとんど色が出なかったのですが、
これは新しい「フジクローム」で撮っていて、結構鮮やかに色を出してくれました。
銘柄毎に発色が違う、フイルムの改良に各メーカーが血道を上げていた時代です。
デジタル時代のひとには想像も出来ないでしょうね。
ホームに素朴な待合室があって、そこに人々が行き交う事。
フイルムはそれが当たり前に過ぎた時代と共に在りました。
[ 2017/07/07 21:38 ] [ 編集 ]

待合小屋

風太郎さま

撮ってます、撮ってます。
このホームの待合小屋。
もっとも、電関人のは雪景ですが・・・。
傘を差す女性のバックショットが効いてますねぇ。
88年ですかぁ、娘一歳の時で完全休鉄中でしたぁ。。。
[ 2017/07/07 22:26 ] [ 編集 ]

磐越西線標準形


狂電関人さま

この小屋は磐越西線標準形というべきもので、他にも上野尻や野沢にもほぼ同じものがありました。
同線は駅本屋からホームの移動に跨線橋よりも構内踏切の駅が多く、早めにホームで待つ必要があったからかと。
何より乗降が多かったからそんなサービス施設も置かれたのでしょうね。
素朴な木肌が暖かくいかにも駅を感じる建物でしたが、立派な跨線橋が出来て消えるは皮肉なものです。

1歳だったお嬢さんも嫁ぐとは、トシを取る訳です。お互いに。

[ 2017/07/07 23:32 ] [ 編集 ]

第二の駅舎

風太郎さま
こう言う感じのしっとりとした国鉄木造ホーム待合所も沢山ありましたが、
今や首都圏のJRでは、ほどんど見かけないですね。
八高線の寄居駅には、原型のまま、残っているのを見ておりますが。
第二の駅舎とも言えますが、本屋よりも注目されず、
ひっそりと無くなっていく寂しさも感じます。
[ 2017/07/08 15:19 ] [ 編集 ]

全盛期の香り


hmdさま

ホーム上の待合小屋は様々な理由で駅本屋から離れたホームで待たなければいけない場合に作られたサービス施設ですから、
比較的大きい駅にありましたね。寄居駅は3社が入っていて貨物用のヤードも含め構内が広かったですからね。
橋上駅舎化されたそうですがそれでも残ってるんですか。一度見てみたいですね。
乗降がほとんど無いなら当然不要な施設で、何か鉄道全盛期の香りを感じます。

[ 2017/07/08 19:01 ] [ 編集 ]

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