年輪

鹿児島交通 キハ100 正面 1980年8月 AdobeRGB 16bit take2b

  鹿児島交通 キハ100  1982年







年輪を刻んだ気動車はギヤチェンジを繰り返しながら陽も傾いたさつまいも畑を行く。

荒れた道床と時代物の菱形台車の組み合わせは凄まじい振動を呼んで、走行中の写真撮影は不可能だった。

僅かな停車時間、老運転士の頬に刻まれた年輪も浮かび上がった。








鹿児島交通運転士1 55mmF28_15873原版take1b








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「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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風太郎さま 魅せますねぇ 夕焼けロンちゃんが南薩って仰っていた鹿児島交通ですね。
自分も行ったけど罐の廃車体をサラッと撮って本線に戻りましたよ。逆サイドに行けば大隅線も貨物はc11でしたし、大隅高山で瀬戸口さとみ(早乙女 愛)や鹿児島実業の定岡(中日戦で初勝利)がまだ高校生でしたし、そうか訪問したのはs49/8だったので2ヶ月後はドラのV2の年だ。
それにしても、ここまで味のある画は撮れませんでした。 お見事です。
しかしヤスアキジャンプに三連敗とは トホホです。
[ 2019/07/21 21:56 ] [ 編集 ]

南国のコントラスト


KOPPEL-2さま

場所は南九州、まあ現役が走ってたら行きませんわなあ。
加世田の廃車体撮っただけでも立派なものですよ。

「キハ07」を戦後になって新造するという経営判断はいかにと思いますが、
その有終まで走り続けたのはやはり職人の技があったのだろうと思いますね。
冬は寒いところ夏は暑いところと思っていたので、九州は迷わず夏に行きましたがその猛暑はさすがに参りました。
写真は古いスキャナーでシャドゥが潰れているのが難ありですが、まあ南国の強烈なコントラストと思ってください。
鹿児島交通ももう一度と思っているうちに水害でそのまま廃線になってしまいました。


1974年のドラフトでその年の甲子園優勝投手の土屋正勝を獲得、優勝の余韻も冷めぬまま大いに期待したのですが・・・。
「背番号16」はどうもそれ以来鬼門ですなあ。



[ 2019/07/21 22:29 ] [ 編集 ]

久々のご登場ですね

かなり久々のキハ07もといキハ100のご登場ですね。
この運転士さんのお写真にはビリビリきますね~
いかにもレールバスだぜいというお顔アップもさることながら。
私も古江線(のち大隅線)には行きましたが、薩摩半島側にはまったく寄らず。
まだまだありそうですね。鹿児島交通のお写真。

1974年の優勝には感激しましたが、残念だったのは1973年までのエース稲葉光男が振るわなくなったこと。
とうとう阪急にトレードされちゃいましたよね。「小冠者・稲葉」と東中に形容されていて、彼がいたから中日ファンになったのに・・・もっとも、1974年の勝ち頭・松本幸行も放出しちゃったし。
[ 2019/07/22 21:27 ] [ 編集 ]

南薩落日


マイオさま

地方私鉄とはいえ鹿児島の名門、岩崎コンツェルンの一員として結構ドライな経営をしていたようですね。
赤字鉄道に余計なコストは一切掛けない、運転士は後進の育成さえ止めていたのか驚く程の老人ばかりでした。
運転士というより機関士といった方が似合いそうな佇まいは、まさに南薩鉄道の蒸気機関車からという人達だったのだろうと思います。
朽ち果ててゆくローカル線の末期を見るようで胸が痛んだものです。

「稲葉」は後楽園球場に見に行ったロッテとの日本シリーズで打たれましたねえ。
「松本幸行」は二枚看板の星野仙一のキャラ立ち過ぎとはうらはらで、
最多勝まで取ったのにプロフィールには「酒豪」としか書かれない謎の投手でしたね。
[ 2019/07/23 00:26 ] [ 編集 ]

風太郎様

1枚目
走行中の写真撮影は不可能・・・その理由拝読させて頂きました・・・・凄まじい振動・・・想像が及ばず申し訳ありませんが・・・
鹿児島交通 キハ100 ・・・撮影時において既に老兵だったのですね・・・
それはお写真でもよく理解に及びます

2枚目
長い間キハ100と共に働いてきたのでしょうね

鹿児島交通のお写真・・・以前アップされた左右の草で覆われるがごとくの線路を行くお写真
記事には脱水症状で意識朦朧として撮影した・・・と書いてあったと思います
あのお写真とても好きで今でもよく覚えています
[ 2019/07/23 15:09 ] [ 編集 ]

こんにちは

ご無沙汰しております。

懐かしい情景に、思わずコメントしております。

南薩線の廃止の際に鹿児島在住で、最後の乗り納めに行ったのを思い出しました。

大田トンネルが水害で使えなくなり、始発となった日置から伊作まで、往復したと記憶していますが、
たまたま乗った列車がキハ100と同形のキハニの2連で、トルコンつきながら協調機能なしの、
ブザーによる運転手2人での運転だったこと… などなど、

2枚目の写真を拝見して、運転手さんの制服、制帽もろとも、「そうそうこれこれ… 」なぞと思い出した次第。

廃止直後に、廃線跡の紀行記事を、当時仕事で雑誌に載せたりしたのですが、
その時も、各駅を取材していて、大きな声では言えませんが、相当な「ボロ」だったのね~ とも思ったり。

日本的な情景が殆どだった沿線ですが、吹上浜あたりの砂丘地帯の情景が、非日本的な情景で印象に残っています。
[ 2019/07/23 16:03 ] [ 編集 ]

ボウウィンドウ


りらさま

キハ100は昭和28年に作られた車両で撮影時点では車齢30年位だった事になりますが、
それ以上に古く見えたものです。
もともと国鉄が戦前に作った車両の設計をそのまま流用したもの、その頃流行だった「流線形」デザインが特徴でした。
分かりにくいかもしれませんが全面が丸く、小さな窓が弓状にならんでいます。
古い洋館のボウウィンドウみたいで、古臭くも小洒落ていました。

学生時代は一度きりの九州でした。それ故思い出はより強く焼き付いている気がします。
[ 2019/07/23 20:25 ] [ 編集 ]

記憶は遠く


NOBUNOBUさま

そういうご縁があったんですね。

既に40年近い歳月が流れ、写真に写っているもの以外は記憶も薄らぐばかりですが、
協調運転のブザーの音とか、海が見えそうで見えない吹上浜辺りで砂浜を行くような線路とか、お話で蘇るところがありました。
ただ6両あったキハ100は最後まで機械式だったと思います。
それ故にギアチェンジのタイミングでブザーを押す必要があった訳で。
駅舎は、それはまあ物の怪が棲んでいそうな廃屋まがいばかりでしたね。
とにかく暑くて死にそうになり、思ったほど写真は撮れていないのが心残りなんですよ。

[ 2019/07/23 20:37 ] [ 編集 ]

何とか間に合った世代ですが、まだ、当時は中学生。
民鉄ローカル線を嗜むには、早すぎでした(国鉄で目一杯でした)。
風太郎様に教えて頂いた例の本を紐解いても、その凄さが・・・。
場末の酒場ならぬ、場末のローカル線に最後に間に合ったのは、羨ましい限りです。

元々は、日本独自ではなく、アメリカのアーバントレインの模倣らしいですね。
その後は、あの戦争になりましたが。アメリカンな鉄道デザインも、そこで途切れたかなと。
[ 2019/07/23 20:49 ] [ 編集 ]

アメリカン


hmdさま

なるほどアーバントレインですか。
言われてみれば何となくヨーロッパテイストをガサツに真似したような感じがアメリカンかなあ、とも見えます。
それをまた真似したとなればちょっと日本型離れする訳で、異彩を放った車両でしたね。
「写真紀行 私鉄ローカル線」、hmdさんの世代では別世界に見えてしまうかも知れませんが、
読めば読むほど当時の日本の片隅の空気感が伝わってくるでしょ。泣けてきます。
[ 2019/07/23 21:10 ] [ 編集 ]

芸術的

こんばんは。

ラウンドした前頭部を見事なライティングで仕留め、かつ
2枚目の初老運転手さんとの対比も相まって、凄い画です。

こういう画を脈々と撮り続けている風太郎さん、改めて脱帽です。
因みに私、この画を拝見して名鉄600Vの車両を思い出しました。
[ 2019/07/24 23:17 ] [ 編集 ]

後悔ばかりですよ


いぬばしりさま

いや後悔ばかりですよ。
運転士もいい味ですが、床から突き出たシフトレバーや古めかしい計器類、
車内のスナップだっていくらでも写材があったはず。
フイルムをケチった訳でもないでしょうがボーとしてたんですよねえ。

こぼれ話をすればこの列車、直後に踏切事故を起こしています。
四種踏切に後ろ半分がはみ出した車との激突を運転席脇のかぶりつき席で体験しちゃいました。
車は畑まで吹き飛んで大破、運転者は脱出して無事だったようで運転士と何やら話し合っていましたが双方とも薩摩弁で意味不明。
キハはブレーキホースが破損して自走不能と判断されたらしく、救援のキハに牽かれて逆戻り。
スクープなのに数カットしか事故現場を撮影していないのはもう、バカバカバカと。

[ 2019/07/25 00:05 ] [ 編集 ]

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