夕張物語 その4    幸福の黄色いハンカチ想いでひろば②

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今回夕張に来た目的は、実は「自分の写真を見る」事にあって。


昨夏の写真展の後、夕張市の関係者からオファーがあって、案内ハガキの写真をリニューアルする

「ハンカチひろば」のキービジュアルにしたいとの事。

確かに夕張で撮った写真だし、当時の写真は何よりその土地に撮らせてもらったと思っているから、

ささやかでも地元のお役に立てるなら異論のあろうはずもない。ましてや夕張なら。

しかし映画を紹介する場所でしょ、あの写真は映画とは何の脈絡も無いのですがと疑問を呈したら、

そこには映画のストーリーを超えた想いがあるようで。







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勇作と光枝の物語は終わらず、その幸せ探しは今も続くならば。

人の数だけ違う形の幸せが、実はごく身近なところにもあるはず。

この夕張の地で幸せが足りぬと嘆くより、今一度すぐ隣にあるかも知れぬONLY ONEの幸せについて考える場にしたいのだと。

市民から募集したそれぞれの幸せの瞬間を捉えた膨大な写真群と、炭鉱全盛期の夕張の記憶を伝える写真を重ね合わせた空間に、

夕張が若くて元気だった頃の一瞬を掲げたい、と聞いてようやくその意図を理解する。


2.5m×1.8mまで大伸ばしすると聞いて仰天するし、気持ち後ピンがいよいよバレるじゃないか、

35mm原版をD800で複写したデータをもってしてもピクセル補完必至、

シャドウからハイライトまでトーンを出すのが難しいぞ、写真展のハガキは無闇にカチカチだったしと心配は尽きぬところで、

念入りに調整した画像データを送ったものの、現物を見るまで気が気ではなかったのだが。








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トーンがうまく出た凄くいいプリントになっていると思う。


しかし想定外だったのはリニューアルオープン後、地元夕張関係者のSNSで、

この写真のキャプションに表示した撮影地点について疑義が沸き上がった事。

風太郎はこの写真は朝の登校風景であり、夕張線との接続駅だった「清水沢」と固く思い込んでいて、

昨夏の写真展もそうだが「清水沢」と堂々と表記していたのだが、「これが清水沢なら背後に跨線橋があるはず」。

さらにはスハニ6の窓下にある「清水沢⇔南大夕張」のサボはその矢印方向と駅の所在方向が一致していた、

到着直後の列車の先頭に立つ機関車は南大夕張側に付いている、つまりこれは明らかに南大夕張行列車である、

と詳細な画像解析まで入ればもう地元の情報力には敵いません。


訂正いたします。この写真は終点「南大夕張」でした。女子高生は「下校中」だったんですね。

それは改めてネガの並びを確認すれば一目瞭然で、33年前とはいえ、げに思い込みとは恐ろしいもの。

あまりみっともないので修正を依頼しなければ。







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それはともかく。

「幸せの瞬間」の一枚一枚は皆温かい。撮影者と被写体との幸せな関係性があってこそ生まれる写真は、

その人以外の誰にも撮れない、その人だけの傑作なのだ。

一枚だけデカイのが恐縮な位だが、この土地に今も生きる人、初めて訪れる人、

それぞれの心の奥の幸せを呼び覚ます場所になっているのなら、そして夕張再生へ祈りも感じていただけるなら、

ささやかながら関わりを持てた者として嬉しい。








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HPはこちら  
「風太郎の1980年田舎列車の旅」

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[ 2017/06/19 19:48 ] 最近の旅 北海道 | TB(0) | CM(12)

風太郎 様


とてもとても嬉しいです
飾られたお写真 大きなものですね
青春時代の風太郎様がこのスペースにいるかのように思えます
展示されたお写真は私が以前拝見させて頂きコメントさせて頂いたお写真です
よく覚えています
一瞬にして理解出来ました
大事なものは大事にすることですね
こうして夕張市への貢献が出来て大好きな高倉建さんとの繋がりも大きくなりましたね
青春時代のご自分に感謝ですよね
[ 2017/06/19 20:28 ] [ 編集 ]

一枚の写真。

風太郎さま

委細は兎も角、
一枚の写真が良い仕事をしましたね!
人たらしの秀吉以上の、写真の人たらし風太郎ここにあり!!
[ 2017/06/19 20:55 ] [ 編集 ]

風太郎さま
これは、凄いですね。正に時空を超えて、繋がった感があります。
やはり、地元の人達の情報力には敵いません。うちも観光協会ガイドの地元年配の方等にかなりお世話になっています。
[ 2017/06/19 21:20 ] [ 編集 ]

幸せの在りか


りらさま

有難うございます。
やっぱり写真撮りとしては出来れば多くの人に見てもらいたいものですし、
単なる映画の紹介で終わらせぬという、夕張の人の想いに寄り添えたならこれ程嬉しい事はありません。
記憶がもう薄くなっているのですが、夕張に滞在したのはほんの数時間だったようです。
偶然に恵まれて撮った写真はとても他人に見せるものでは無いと30年近く封印されていたのですが、
その後また偶然の重なりでこういうご縁が出来るとは、これもまた幸せの在りかなのでしょう。

[ 2017/06/19 21:24 ] [ 編集 ]

時空を超えて


狂電関人さま

当時の三菱石炭は混合の旅客列車が一日わずか3往復、朝の1往復が終われば次の列車は夕方で。
どうやら夕方近くに夕張線で清水沢に到着、清水沢駅でパパッと撮った後、
南大夕張行きに下校の高校生と共に乗車したようです。
終点でこの写真を撮った後、しばらくセキが並ぶ構内を撮ったあたりで日も暮れたらしく。
怪我の功名ではありますが、ネガの並びをしみじみ見ているうちに「その日」の記憶が蘇って来ました。
写真は本当に時空を超えてもう一度旅をさせてくれるようですね。
[ 2017/06/19 21:35 ] [ 編集 ]

故郷への想い


hmdさま

かつて12万の人口を抱えた夕張は12万人分の故郷でもあります。
今も夕張に生きる人、そして夕張は離れたけれど心は今も此処に在るという人、
地元のSNSを覗けば故郷への想いに心打たれます。
もちろん地元の方の写真にはこれ以上の傑作も多々あるのでしょうし、
あまり人目に晒されるのはちょっと気恥ずかしい気もするのですが。
(実は写っている色白美人は誰か、という密かな話題もあるようです)
うん、これがオレ達の夕張だったと認めてもらえるなら嬉しいですね。
[ 2017/06/19 21:46 ] [ 編集 ]

おめでとうございます

遅れ馳せながら、お写真の栄えある掲示を祝します。これは、コンテスト入選とは違った意味で、人々の心を揺さぶった結果ですね。撮影する者にとっての最高の栄誉といえるのでは。
40年のときを経れば、撮影場所は多少の誤差があるものです。ましてや、旅する撮影者では致し方ありません。また、それを当時を知る方々が正確な情報で訂正して頂けるのも、素晴らしいお話です。
財政破綻後のその後の夕張は、ご存知でしょうが、海堂尊の連作で仮名で登場しますね。海堂尊ですから、医療面に重点を置いた作品ですが。
[ 2017/06/20 09:17 ] [ 編集 ]

夕張のチャレンジ


マイオさま

有難うございます。
数日で終わりになってしまう写真展に対しこれは少なくとも数年はそのままでしょうから、
その間何かを語り続けるものがあるなら嬉しいですね。写真もそれが撮られた故郷に帰ったというか。

海堂尊の小説は読んだことがありませんが、夕張市民病院をモデルにした医療小説があるようですね。
医療は大事なインフラではありますが、その全てを一地域が背負うべきかという疑問はあります。
また炭鉱長屋が壊され新しい団地に住民が集約されたのは、
ノスタルジーを別にすれば行政のコンパクト化を実現するための必然でもあったでしょう。
「地方再生」を中央政界のお飾りではなく、ひとつの革命として実行しているのが夕張です。
疲弊し衰退する地方という、この国の難問への答えを夕張のチャレンジに見せてもらいたいと思うのです。
[ 2017/06/20 21:12 ] [ 編集 ]

夕張は国鉄最後の現役蒸機列車D51241牽引6788ㇾを看取った地です・・・。

風太郎さま。大変ご無沙汰しております。
あの風太郎さまの写真展でお会いして感動した一人でもあります。もしかしたら風太郎さまの作品の虜になった一人かもしれません。写真+文章による表現の豊かさは、現地・現場への誘いは、もしかしたら独走状態かもしれません。そんな気がします。
僕にとって夕張は鉄道趣味の終わりであり、始まりの第一歩を踏み出した地でもあります。D51241牽引の最終蒸機牽引列車6788ㇾを看取った聖地です。時代はクソガキの18歳の鉄ちゃんでした。
風太郎さまの写真展の案内ハガキは、てっきり清水沢かと思っておりました。今にして、よく考えてみれば女学生が下車し、機関車が画面右側に位置するのであれば、島式ホームの南大夕張のホームであるという事は容易に想像できたはずです。迂闊でした。
それにしてもあの、絵面はデキ過ぎています。素晴らしい条件で姉妹と思われる美人女学生の配置は絶妙です。偶然か狙ったかはわかりませんが?実は僕も大昔のレールガイに大夕張を掲載しておりますが、ダルマストーブとスハニ6の三軸ボギー客車のお話しか書けませんでした。
炭鉱地帯の生き生きとした通学風景こそが大夕張鉄道の真骨頂といえるわけです。美辞麗句は抜きにして、僕にとって、やられた感のある鉄道情景です。今後の風太郎さまの、ご活躍とブログ楽しみにしております。 
[ 2017/06/20 23:18 ] [ 編集 ]

こんにちは

そうなんですね、素晴らしい これはぜひとも見に行かねば

ゆうばりは 何年前に行ったのかな 
まだゆうばりが「バリバリゆうばり」とCMでさかんに流れていたころ
遊園地そっちのけで炭鉱資料や鉄道資料巡りを小さい長男と共にしたっきり
その後 おとなになった長男は一人で何度かゆうばりに足を運んでいますが 私はもう10年以上前のこと
足を向けようと思うには いままでの自分の足元の生活がまるでよどみの様でした

現在の夕張は 北海道のこれからの姿でありモデルであり
廃れたはずのマチは 決して素敵な未来ではないけれども先駆者のように進んでいこうとしている
なにより 私たちの住む北海道には夕張があったのだと 強い誇りをもって歩むために
ここ全体が大事な記憶なんだと思います
お写真見たら泣きそうになるかもしれないですね(笑)  

[ 2017/06/20 23:53 ] [ 編集 ]

いつの日か


高野陽一さま

ご無沙汰しております。
ブログも拝見しておりますが、特に海外取材の行動力には感嘆します。
高野さんのエネルギッシュな行動力にはとても及ばず、年齢はともかくとして現役蒸気を撮る事も無く見送ってしまったのは痛恨の極みです。
そうですね、夕張は現役蒸気終焉の地ですものね。いろいろな思い出が詰まっている事でしょう。

色白美人! 地元SNSによれば通っていた高校は特定でき、住所も絞り込めるとの噂・・・。親戚の子に似ているという情報もあるようですが。
この一年後の爆発事故という悲劇もあった土地ですし、プライバシーに関わる事ですから無理な詮索はしないものの、地元の情報力は侮れません。
いつの日かご本人がこの写真の前に立つ事があったらいいなあと、これはちょっとロマンです。多分気に入ってくれると思うのですが・・・。
[ 2017/06/21 00:21 ] [ 編集 ]

夕張再生


Jamさま

有難うございます。ご実家からもそれ程遠くない距離、是非ご覧頂けたら嬉しいです。
実はこの件は音威子府の例の高校の元校長先生のお口添えがあったのと、
夕張市の若い担当者がなんと同校の卒業生だったという不思議な人の繋がりで実現したものです。
北海道は広いようで狭い!でもそういうご縁の連なりで世の中は出来上がっているのでしょう。

若い市長曰く、将来夕張の人口が半分になっても、そのまた半分位の人が夕張に住み続けて良かったと思ってもらえるなら、
それは勝ちなんじゃないかと。
バラ色の未来を夢想しても仕方ありませんが、地に足が付いた施策を積み重ねる事で、
その土地らしい幸せのかたちが生まれるのではと思うのです。
まだ若いから20年後も見届けられるというリーダーの許で、地方再生の壮大な実験を見るようです。
[ 2017/06/21 00:43 ] [ 編集 ]

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